ある夜、過激攘夷志士とか世間で言われている人が、背中をざっくり袈裟斬りされて帰宅した。


「…どこがどう過激なのか説明して欲しいわ」

「わからないか、俺のこの溢れんばかりの過激さが!」

「わからない。溢れてるのは電波でしょ」


そんな会話をしつつぐるっと包帯を巻いて就寝。
隣の布団から「いてっ」という小さなうめき声が聞こえて起こされた深夜。
どうやら無意識に寝返りを打って、その度にうめいているようだった。


そして朝を迎える。


「おはよう小太郎、ひどいクマね」

「寝不足だ」

「知ってる」


朝食は焼き鮭に味噌汁、ほうれん草のおひたし、白米。
小太郎の背中の傷は一晩経ってようやく痛みが現れてきたらしい。


「痛い!」

「…でしょうね」


箸を動かしながら目の前で脂汗を額に滲ませる小太郎を上目で捉えた。
体勢を変えるたびに激痛が走るあたり、背中とは大きな怪我をするには実にふさわしくない場所である。


「どうにかならんか…」

「病院行けば」

「それはダメだ」


捨てられた子犬のような情けない表情を浮かべたかと思えば、次にはきっぱりと精悍な表情になる。
独特の扱いづらさはあるけれど、仕方ない。仕方ない人なのだ。

だって電波なんだから。
深呼吸して殴りたい気持ちを抑えた。


「ご飯食べたら包帯替えようか」

「…え」


なけなしの優しさを搾り出したその返事に、小太郎はなぜか顔を赤らめた。
そして目が合ってすぐに目を逸らした。

一体なんだと言うのだろうか。


「なによ」

「いや、ぬ、脱がせる気か?」

「…はぁ?」


昨晩は自ら脱ぎ散らかし、「包帯を巻いてくれないか」と半泣きで背中を晒してきた男が今、目の前で恥らっている。

小太郎のせいで私まで寝不足だというのに、更に私を苛立たせてどうするつもりなの?

…とは言わないでおいた。それを言ったら泣かせてしまいそうだ。


「NAMEは俺を脱がせてどうするつもりだ…」

「いや、包帯替えるんだってば」

「それだけではないだろう!」

「それだけです」


恥じらい、頬を赤らめ、着物の袷を手で押さえて私を見つめる視線。
きれいな黒髪を朝日が照らす。

…お前は乙女か。


とりあえず小太郎を放置して箸を進める。黙々と。時折聞こえる小太郎のうめき声も無視して、私は平静を取り戻すべく一心に目の前の料理へと集中する。

ほくほくと湯気の上がる白米がキラキラと輝き、焼き鮭の塩加減は絶妙。ほうれん草のおひたりはいりじゃこと鰹節をまぶしてお醤油を少し。次々と口の中に放り込みながら、理想の朝食メニューのためには卵焼きを作るべきだったか、と一人思案。

すると目の前の男がざりざりと畳を擦りながら近寄ってきた。


「い、いいぞ」

「…何が」


顔はまだ赤い。その手は帯に添えられ、それでも私と目を合わせてくれない。
ちらりと横目に見た小太郎のお皿は全て綺麗になくなっていた。

なんで男の人って食べるの早いんだろう。


「だから、その、脱がしてもいいぞ!」

「いや、私が脱がせるんじゃなくて、」


さあ!と言わんばかりに両手を広げる小太郎。窓の外ではさわやかに小鳥たちが囀っている。

この人はなんでこう…。


「脱がしてくれないの、か?」


小首を傾けてちらりと私を伺う八の字の眉、潤んだ瞳。

なんもかわいくねえ。


「私は包帯を替えたいの。さっさと脱げよ」

「女子がそんな乱暴な言葉を使うものではない」

「お前に正論言われると最高に腹が立つよ」


小太郎が渋々といった表情で帯を握った。私の食事は冷めていくばかりである。
今日も仕事だって言うのに朝からこんなに疲れてどうするんだろうか。

しかし小太郎は一向に帯を解く気配がない。

どういうことだ。


「ねえ小太郎」

「なんだ」

「さっさと脱いでくれない」

「いや、なんというか、その…恥ずかしいな」

「別に恥ずかしくもなんともないよ」


細い腕、長い指、細いけれどがっしりとした体、黒く艶めくさらさらの髪。

…こいつをぶった切りたいのは私だって話だよ。


「俺が脱いで変な気分にはならないか?」

「ならない」

「チーズフォンデュのような気分にはならないか?」

「ごめん意味がわからない」


テレビの向こうではかわいらしいアナウンサーが私の出社時間一時間前を告げた。

こいつなんかどっかで野たれ死んでしまえばいいのに。なんて。
…死なれても困るんだけど。


食事を中断。
私が小太郎に馬乗りになって着物を乱暴に剥ぎ取るまで、残り5分。



好適ドライ





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