くるくると回っていく秒針。
空の色が変わり、日付が変わり、そして毎朝変わらない一日の幕が開く。


「どうして雲雀さんは、風紀にそこまでのお気持ちを抱かれるのでしょう」


学校の評価を上げるに値する功績を持つ生徒には、ある程度のことを柔軟に許すこの人は、放課後の音楽室でピアノに向き合う私の元へ時折ふらりと気まぐれな猫のように現れる。


「…つまらないこと聞かないで、君はピアノを弾いてなよ」


鍵盤の上で踊る指先は淀みなく、既に暗譜した私は目線を雲雀さんへと向けていた。

音楽室の角に鎮座するグランドピアノ。
その真正面にわざわざパイプ椅子を移動して座る普段通りの雲雀さんは、手元の書類を捲りながらたまに窓の外へと視線を流す。

逆らってはいけないという評判を耳にした時には、どんなに粗暴な男なのだろうと不審に思ったものだけれど、実際にこうして間近にすることで割合に繊細な人物だと知った。


「…雲雀さん、お仕事は」

「…しているじゃないか」


一種不満そうに吐き捨てた雲雀さんが、手元の書類を視線だけで示す。
そういう意味ではないのだけど、と一抹の思案を巡らせたけれど、それを知ったところで私には関係のないことだ。


「もうこんな時間」


楽譜の代わりに置いた小さな、安っぽいデジタル時計が無機質に20:00と時刻を浮かべる。

自宅にグランドピアノがない私は、授業が終わればこうしてすぐに音楽室へ飛び込む。

本来ならば自宅で仕上げ、学校で気になるところを練習するスタイルを望んでいたけれど、今になってみればこれでいいのだと思う。

自宅で仕上げをすると時間に余裕がある分、気が引き締まらないのだ。
音楽室の鍵を預けられているとは言っても時間に制限がある学校には、程よい緊張感がある。

そして、観客がいることも。


「…仕方ないね。僕は応接室に戻るよ」

「はい」


雲雀さんはここへ、私のピアノを聴きに来るのだと言う。
落ち着くのだと、そう言ってくれる。

それがどれだけ、私にとって刺激になっているのか。


「また楽しみにしているよ。君のピアノは、嫌いじゃないんだ」


そして私を置いて音楽室を出ていく雲雀さん。
私を待つことはしない。
学校の全てを掌握してはいるけど、音楽室の管轄は君だ、と。
すっかり暗くなった校舎の外。

次は何を弾こうか、他でもなく、雲雀さんに聴かせる為の選曲を頭の中に浮かべながら、私は音楽室に鍵をかけた。



両翼ハント



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