イロの一人や二人、と、扉の向こうで密やかに交わされる男ならではの会話。
つまりこの世界、イロという言葉は情婦や愛人や彼女、を示す。

界隈に出回っていたドラッグのディーラーを突き止め、その人物の詳細な情報を記した書類を抱えながら、果たしてこの扉を開いていいものかと逡巡する正午。


「ああ、来たようですね。入りなさい」


書類を渡せば昼食、そんな中でヒールを小さく鳴らしながら迷っていた私に扉の向こうから投げられた声。
それはまさしく四木さんのものである。


「…失礼致します」

「遠慮無く入ってきてもかまいませんよ」

「いえ、何かお話をされているようでしたので」


いかにも雑談然とした雰囲気の中にある普段通りの面々。
その中でも四木さんはいつもと変わらずにただ穏やかな表情を浮かべている。


「何、他愛もない話ですよ。それはそうと…その書類は?」

「言いつけられていたドラッグの出所について、調査が完了したのでお持ちしました」

「随分と仕事が早い。助かりますが…」


数枚の書類を纏めたものを四木さんに手渡す。
四木さんはパラパラと流し読みした後、小さく息を吐いた。
そのため息に僅かながら肩が跳ねる。そして同時に背筋を這うような戦慄。
ぞくりと体を震わせたそれを押し黙らせて、普段の通りに背筋を伸ばした。


「何か、不備が?」

「いえ……あまり無理はさせたくないのですが」

「あ…、はい、ありがとう、ございます」


四木さんと話していると胸が騒ぐ。それを恋愛感情と呼ぶには、この世界は余りにも暗すぎる。
一歩下がって軽く頭を下げた。
とりあえずの仕事が終わったのだから、ゆっくりイタリアンでランチしよう。

頭を巡る近辺の地図からチョイスした店に目星をつけて、踵を返す。


「しかし、NAMEちゃんもこうして見るとイイ女だねえ」


ドアノブに手をかけた所で、思わず背後を振り返ってしまった。
先の言葉を発したのは間違いなく赤林さんで、そしてちらりと伺った四木さんの視線はこちらを射抜くのではと思わせる程に鋭い。


「…悪いが、3人にしてくれ」


低く、呟くように吐かれた四木さんの声に数人が部屋を後にする。
私には何が起こっているかわからないまま。


「…あの」

「ああ、NAMEちゃんは四木の旦那だけ見てりゃあいいよ。おいちゃんは好きにさせてもらうからねえ」

「……いい声を、期待していますよ」


捕まれた腕に、引き寄せられた体。不意の力にぐらりと傾いた私を受け止めたのは四木さんの胸だった。

思わず顔を上げればジ・エンド。唇が重なり、胸は騒ぐ以上に静まり返り、思わず目頭が熱くなるほど。


太ももを撫でながらスカートのホックを外した赤林さんのギラギラとした視線に絡めとられて、身動きができない。

正午を少し過ぎた時間、逃げられるはずもなく、私は自らの空腹を慰める前に男二人の空腹を慰めることと相成った。




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