四角に切り取られた、絵のような風景。
錆びた窓枠の向こうに広がる青空に鳥が2羽。
どこへ行くかもわからないその翼を羨ましく思って、そして休む場所がなければ一生翔んだままかと、ままならない世の中に溜め息を一つ、長く吐いた。
「NAME、調子はどう?」
「普段通り」
白い布団に寝かせた身体は既にほとんど私の意思で動いてはくれない。
自由になるのは、指先と口と視線、それだけ。
「薬は?飲んでる?」
「飲まないと怒るでしょう」
「当たり前よ」
かつての仲間たちが時折思い出したようにふらりと現れては、労いや激励の言葉を気まずそうに投げる。
その中で、彼女、猿飛あやめだけはほとんど毎日のようにこうしてやってくる。
「あやめ、今日は随分と…ボロボロね」
「ここへ来る前に戦ってきたの。恋は戦争なのよ。わかってる、これが銀さんなりの愛の形なの…!」
「………そう」
毎回の様に聞くその名前に同情を感じ得ない。
あやめは変わった性癖の持ち主で、そして自分の欲望に素直にできている。
「銀さん」が誰だか私にはわからないし知る術もないけれど、彼女が幸せそうだからいい、ということにしておこう。
「NAME、昼食は?」
「まだよ」
「今、作ってくるわ」
彼女がどういうつもりでここへ来るのか。
未だに私は図りかねている。
彼女が台所へと向かうために背中を向けて、私はゆっくりと瞼を落とした。
「NAME、寝てるの?」
「起きてるわ」
鼻腔をくすぐる香りと投げ掛けられた声。
薄く目を開ければ、布団の横にはあやめが座り、その傍らにはおいしそうな卵雑炊が湯気を立てている。
「熱いから気を付けて」
「ありがとう」
私は彼女に、聞けずにいる。
どんなに甲斐甲斐しく世話をやいてくれても、この身体にはもう時間は残っていない。それなのに何故ここへ足を運ぶのか。
望む返事にしろ望まざる返事にしろ、それは必ず私を傷つけるものだろう。
確かなタイムリミットの到来を知りつつも自らを傷つける道を選ぶことは、残念ながら私にはできない。
「待ってて、今、白湯を持ってくるから」
けれど、何も知らないままに逃げるように呼吸を止めることが私自身の救済になるのだろうか。
いくら考えてもいつも堂々巡り、思考の螺旋が渦になり、結局結論は出ないまま。
「…NAME、…泣いてるの?」
「太陽が眩しくて、」
「嘘よ」
「本当、よ」
「嘘よ。私がどれだけNAMEのことを好きだと思ってるの」
湯飲みを片手に、くしゃりと歪められた顔。
私の頬を涙が伝い、あやめの瞳からもとうとう滴が零れた。
「あやめ、泣かないで」
「NAMEは、わかってないのよ。私が、ここへ来る意味を」
半分も食べきれなかった雑炊が着々と冷めていく。
彼女は私に持ってきたはずの白湯を口に含み、そして私の薬も口に投げた。
「あやめ、それ私の、」
泣きながら私の唇に合わされた彼女の唇。
移された薬を思わず飲めば、彼女の唇が震えていることに気がついた。
「私にとって、NAMEの代わりは誰もいないの」
「どうして…」
離れて尚熱い唇を指先でなぞる。
初めて他人と合わせた唇は、儚く塩辛い涙の味がした。
「私の半分を分けたら、NAMEは私に半分を分けてくれる?」
「あやめ、」
「そうできたなら、私はそれだけで」
美しい藤色の髪がさらりと風に揺れる。
それきり布団に崩れ落ちてしまった彼女の背中は、私が手を伸ばすまでずっと震えていた。
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指先エンド