優しすぎる子なの。
私の家と同じで、代々宝玉の座を受け継いで来た家の男の子。
6歳のかわいい妹のいるお兄さん。
同じ貴族の家の子だから幼い頃からずっと一緒にいた大好きな子。
代々聖騎士を継ぐ家の子なのに、狩人に追われて傷ついた吸血鬼を殺せなかった。
信じてしまったから。
塔へとたどり着けば彼は吸血鬼、ノエと戦っていた。
視線を走らせればヴァニタスと業火の魔女、そちらは置いておいていい。ローラン曰く彼らがなんとかするって言っていたから。
アストルフォの近くへ目を移せば側にマルコがうずくまっていた。その手の上にあるものをみて戦慄した。
息を飲み込んで、喉が詰まる。
注射器が2本。
薬の過剰摂取だ…!
引き攣る喉にかすれた声が漏れた。
『…アストルフォ…!!』
「母様は…父様の目の前で辱められた。父様は絶望の果てに首を裂かれた。
あいつらは笑っていたんだ、ずっと、ずっと!!」
私たちの家が襲撃されたのは同じ日だった。
私の両親も、凌辱の果てに殺されて
「そして最後にボク達の血を奪った。全員で。少しずつ、何日もかけて」
数日経って駆けつけてきた狩人が屋敷へ来た時には、もう兄様のぬくもりは無くなっていた。
逃げ場を失った吸血鬼はあまつさえ屋敷に炎を放ち思い出まで灼熱で焼き尽くして行った。
「妹はまだ6つだったのに……!!」
アストルフォが憎悪で吠えた瞬間、彼の目、鼻から血が流れ落ちる。
薬の過剰摂取した反動だわ…!
『アストルフォ…!それ以上は貴方の体が__!!』
ボロボロになって、立っているのももう辛いはずなのに、それでも目の前の吸血鬼を殺そうと武器を取ってたち続けている。
もう私の声が届いているのかもわからない。
私の制止を無視して
血を流しながら向けた槍がノエの首と受け止めた腕を捉えた。
「爆ぜろ!!」
大きな音を立てて”正義の柱”が爆裂する。
『…っ』
風に煽られて両腕で顔を守る。
宙にノエの切り落とされた腕が舞い落ちるのを見た。
爆発の影響で舞った土ぼこりが晴れた時、まだその吸血鬼の首は落ちていなかった。
腕を犠牲にして首を守った…!
残った片腕をまっすぐとその吸血鬼の拳がアストルフォへとむかい、ぶつかった。
彼の手を離れた正義を見て、どくん、と大きく心臓が鳴る。
『__そんな、アストルフォ…!!!』
殴り飛ばされたその体は瓦礫にぶつかってその下敷きになった。
喉が嫌な音を鳴らすのを聞かないふりをして震える足で彼の元へ向かう。
アストルフォの体に積もった瓦礫を必死にマルコとともに掻きわける。
『ずっとそばに居てくれるって約束でしょう…!?』
底に見えた彼の体に安堵し、小さくだが上下する胸部に鼻の奥が痛くなる。
生きてる、生きていてくれてる。
ぽろぽろと大粒の涙がこぼれた。
温もりのあるその肌に指を滑らせれば、引きつって声が漏れる。
ふと、周りの空気が変わったのに気がついて、あたりを見渡せば、アステリスクの花が咲き乱れていた。
世界式への干渉が行われた後に咲くと言われている花だ。
終わった、終わったんだ__。
もう、帰れる。
力が抜けて横たわるアストルフォの体を抱きしめるように体を丸めると、ぐい、と肩に手が置かれ押し退かされる。
『、アストルフォ…?』
息も絶え絶えで、静止する私の手も払われ、彼はナイフを片手に立ち上がる。
「殺す…殺す…!吸血鬼、殺す、ボク…が」
今、きっと憎悪だけでその体を押し動かしている。
その真っ暗な目を見て、足が竦んだ。
薬の過剰摂取で、意識があるだけでおかしいのに、
「隊長…!もう止めましょう、本当に死んでしまいます…!」
止めに走ったマルコまで、彼は殴り飛ばして歩みを止めない。
「…ア、アストルフォ坊ちゃん!!」
マルコの呼び声でアストルフォの動きが止まった。
止まってほしい。もう、今日は頑張らなくてもいい。
それ以上無理を押して、いなくならないでほしい…!
大切な人の傷つく姿をみて思い出すのはいつもお兄様の姿だ。
同じように吸血されて、痛くて辛くてもう死んでしまいたくて、
なのに安心させるように笑っていてくれるから、助けを求めるのをやめられなかった。
大丈夫、と言い続けていた優しくて掠れた声が聞こえなくなって、
ずっと握っていてくれていた手から力が抜けていくのを、
温もりが冷めていくのを、ずっと覚えている。
許さない、許さない許さない。
助けてほしい__だれか
炎の煙に巻かれて意識が薄れていく中最後に見たのは、靡く綺麗な黒い髪。
「ソフィア」
「アストルフォ」
オリヴィエ様
あの日助けてくれた騎士さま、
お兄様が、あの人みたいな騎士になるんだって、憧れていたひと。
瓦礫を無我夢中でどかして傷ついていた両手を優しく握られた。
そのままその大きな体に安心させるように抱き上げられる。
力の入らない体を預けながら、アストルフォの前に現れたローランに安堵した。
「騎士、さま」
あの惨劇の日、アストルフォを騙した吸血鬼の首を狩ったのはローランだったそうだ。
歯を噛み締めてローランを見上げた彼の目に涙が溢れてぼろぼろとこぼれ落ちた。
「お願いです……妹を助けてください……」
手にしていたナイフも地に落としてよろよろと手を伸ばしてローランへと向かう彼に私も涙をこぼす。
「ボクはどうなってもかまいませんから……ボクが悪いんです、ぜんぶボクが
ボクのせいで……!」
慟哭。
糸が切れたように崩れ落ちたアストルフォの体をローランが抱きとめた。
「もう終わったよ、アストルフォ。
一緒に帰ろう」
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