アストルフォと二人で探索していた時に見つけた洞窟の奥。
洞窟の出入り口で見張る数名の狩人にリュックに詰め込んでいたお茶を差し入れて。
奥に潜むアストルフォの元へと靴音を洞窟に響かせながら向かう。
『アストルフォ』
私の声に反応して、すこし膝に顔を押し付けた後にあげた彼。少しだけ目元が赤くなっていた。
本当は温めたタオルと冷やしたタオルを渡して上げたいのだけれど、ここは我慢。そもそも用意できない…。
だいじょうぶ、という言葉を吐きかけて喉を詰まらせる。
…きっと人のことを言える顔をしていないわ、私。自分の頬に指を滑らせて口を噤んだ。
私の差し出したカップにゆっくりと手を伸ばしたアストルフォが、少しずれて座り直す。
彼の開けた場所に腰を下ろすと肩に温もり。
さらりと流れる髪を梳かすように撫でると揺れる。
「……ソフィアは、大丈夫でしたか」
『…とても嫌なことを思い出したね、おたがいに』
隣にある触れ合った肩に頭を傾ける。
さらりと、髪が私の顔を隠す。
…忘れたことなんて一度もないけれど、頭に浮かべないようにしていたあの悲劇が、久しぶりに鮮明に映し出された。
思い出ごと家を焼いたあの炎の熱を、
最後までわたしを腕に抱いて守ってくれた兄の失われていく温もりを、
あの日に胸に抱いた憎しみを、
『……私今に不満なんて一つもないのよ、家族を失ったのはとても…とても、悲しいけれど。
今の生活が嫌いなわけじゃないもの』
アストルフォと長い時間を一緒に過ごせているし、吸血鬼を狩るのも簡単じゃないけれど。
でも、と続ける私の独白をアストルフォはカップに唇をつけながら静かに聞いている。
『………あの日あんなことが起こらなかったらって考えないわけじゃない』
きっと、兄様は宝石の名前を賜ってとても優しい聖騎士になっていた。
きっと、私は狩人にならずに綺麗なお屋敷で、綺麗なお洋服を着て綺麗な体であなたの帰りを待っているはずだった。
それは私のみたいつかの夢だった。今でもきっと夢見てる。
願い思い浮かべたそのたくさんのきっとはもう絶対に訪れることがない。
『いつの日か、吸血鬼がこの世界からいなくなって、私の身体に残る印が消えたら…普通の女の子に戻れたら』
小さく呟いた言葉に、
「…ええ、絶対に」
そう返してくれた彼が大好きだ。
紅茶ありがとうございました、とカップを私に返してそばにおいてあったマントを被り洞窟の外へと歩いて行ってしまうアストルフォ。
足早に行ってしまった彼の背中を見て、ああきっと今頃顔を赤くしてしまっているんだろうな、なんて考えながら身支度を済ませ出口へと向かう。
”隊長”が立ち上がり外へ向かったことで休息を取っていた他の狩人たちもいそいそと立ち上がり支度を始める。
どうやらタイミングよく外の吹雪はやんだらしい。
「さあ…行きますよ
魔女の居城へ…!」
洞窟から地図をたどって向かう白銀の魔女の住まう城へと向かう中。
雪に足を取られて、森に住まう獣…狼に道を阻まれ続けるのを他の狩人とともに只管に切り伏せていく。
ドッと大きく足元が揺れた途端、目前に迫った城から一本の光の筋が空へと向かう。
「あの光は…?」
「た…隊長っ!!」
「なんですマルコ…」
非戦闘員のマルコが手に持つ地図をぐしゃりと歪め、背後を顔を真っ青にして見ていた。
そこには私たちを囲むようにして狼が迫っていた。
ただでさえ道を塞がれ最悪だった機嫌がさらに急降下するのがわかった。
アストルフォが舌を打ったのを聞いて身震いしてしまった。怖いんだよ…。
「害獣共が…!」
*
「おやおや。貴方がたもご無事でしたか」
道を塞ぐ狼を殺し続けてようやく城へと続く階段を登ったその先で、件の2人と居合わせてしまう。
ヴァニタスと吸血鬼のノエだ。
近くに村があったから、どこかに山小屋でもあったのかもしれない。
他にもいたやつらはどこに…、眉を顰める。
雪で滑る地面を踏みしめて大鎌を構える。
「残念です、本当に」
其の槍で貫いた狼を足蹴にして、返り血を浴びた其の顔でにこりと笑ったアストルフォに
彼の着ていたマントを放り投げられ、思わず受け取ってしまう。一瞬マントによって塞がれてしまった視界に慌ててマントを無理やりまとめて抱きしめる。
「皆を連れて先に獣の元へ行って下さい」
「隊長!いけません___」
『アストルフォ…』
「ボクの命令が聞けないのかマルコ」
アストルフォの其の言葉にマルコが言い淀んでしまう。
「目の前に仕留め損ねた吸血鬼がいて見過ごせるわけがないでしょう
吸血鬼も、それに与する者も、ボクが一匹残らずぶっ殺してあげます」
槍についた狼の血を払い、目の前にいる”綺麗な世界”を取り戻すために邪魔な敵を見据えて笑った。
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