曰く



それは巨大な狼に似ていた。


大きくゆがんだ口と尖った耳、鋭い爪を持ち
全身が紅い毛で覆われ背中には複数の黒い筋が走っていたという。



18世紀のオーヴェルニュ・ジェボーダン地方で100名以上の女子供を無残に切り裂いたと言われるそれは、”ジェボーダンの獣”と呼ばれ人々から恐れられた____






***





あれから自室に戻ってきて、ドレスをすぐに脱ぐとクローゼットの中へと丁寧に戻す。
下着姿ははしたないけれど、この部屋に私以外はいないし、どうでもいい。

髪を梳くためにブラシをもち、鏡台の前に座る。

それにしても、私がここへきた時からよくしてくれたローランさんの気持ちの変化にはきついものがある。
私にとって吸血鬼は絶対悪で、それを何の迷いもなく異端者である吸血鬼を狩るあの人が憧れで好きだったのだ。

なのに…!

ぐっと奥歯を噛み、涙をこらえると、ふと鏡に映った自分の姿が目に入る。


___首筋に残った吸血鬼の所有印


その跡がとても酷く醜く映って、手にしていたブラシを鏡に向かって投げつけようと腕を上げた瞬間、後ろからブランケットをかけられる。


「…なにしてるんですか」
『、アストルフォ…?』


丁寧に振り上げた手に持っていたブラシを取り上げられる。
そしてなだめるように流れる動きで後ろから抱きしめられる。


「風邪をひきますよ」
『……話、終わったの?』


前に回されたアストルフォの腕にそっと手を添えると、促すように頭へと誘導すると後ろでふふ、と笑い声が聞こえた。
あたたかい。すごく暖かい。

この暖かさだけは絶対に無くしたくない、もう二度と失いたくない、


私のどこか歪で薄暗くてとても重いこの気持ちを初めて吐露したとき、アストルフォはいつもと変わらない様子で私の側にいてくれた。手を握れば握り返してくれて、抱きしめて撫でてくれた。
彼は、私を危険から遠ざけようとする。

ほんとうなら、幼い頃に決められていた幼馴染の婚約者として綺麗に着飾って隣に立っているだけでよかった。
代々家が賜る宝玉も、家督を継ぐお兄様が賜って。
そして私は。

でもそんな未来もあの惨劇の夜に失くなってしまった。


「甘えたさんですね」
『…またどこかに任務?』

「……今度はジェボーダンに先行して向かうことになりました」


でも、それでもまだ生きていられるのは、ひとえにこの人が生きていてくれてるからだ。
同じ日に、同じ理由で家族を失ってしまった、同じ傷を負った幼馴染の婚約者。
頭の上に乗る手をそっととって握りしめる。


『……もしかしなくても、”獣”?』

「…ボク、教えました?」
『さっき、オリヴィエさんとその話してたから』


もしかしたら、って思って、と振り返ってアストルフォの顔をみると苦い顔をしていた。
そんな大物のもとに向かうなんて、


『私も行くからね!』
「…連れて行きたくないんですけど」


前から、アストルフォに言われ続けている。
危険だから連れて行きたくない、と。

それを聞いた時は、ああ大切にされてるのかなって思ったけど


『いくらアストルフォが強くても、危険なのは同じだもの…心配なのよ』


大切に思っているのは私も一緒なんだもの。
それに、側にいてほしい、置いて行かないでほしい。独りにしないでほしい。独りにしたくない。
アストルフォを見つめると、根負けしたのか、ため息をついた。


「明日の朝の蒸気機関車に乗って向かうので荷物をまとめておいてくださいね」

『……っ!』

「あとボクから絶対にはなれないように」
『…うん!わかった!』


思わず口元がにやけてしまう。
あ、また長い溜息ついた。




 




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