CHAPTER 01

There’s no place like home.

「え?ヘルサレムズ・ロットに家を買うだって?」
 
 
 ルナリアは頭を抱えたくなった。しばらくイギリスの邸宅には帰らないだろうと踏んで、このヘルサレムズ・ロットに居を構えようとクラウスに報告をしたら何故だかスティーブンが食いついた。
 

「クラウス、ルナリアの新居探しに僕も半休を使って同行するよ」
 
「ちょっと待ちなさい、どうして冷血漢が一緒に来るのかしら」
 
「君、また結界を張るつもりだろ。ならせめて自宅だけでも把握しておかないといざという時こっちが困るんだよ」
 
「スティーブン、住所は自己申告でも良いのでは?」
 
「すまないね、僕はこの目で見なければ信用ならないだけさ」
 
「本人を目の前に良く言うわ」
 
  
 「普段の己を省みてから言ってほしいね」とにっこり。その微笑みに一欠片の親愛も感じることがないあたり冷血漢の名に相応しい男だ。サンライトイエローのネクタイをキュッと結び直し、グレーのストライプがオシャレな黒ジャケットを綺麗に翻す。
 
 
「さ、どうぞ参りますよお嬢さん」
 
「小生意気なスカーフェイスね」
 
 
 差し出された手を振り払う仕草をすると、そうすること分かっていたのかわざとらしく大袈裟に肩をすくめてクラウスに半休届けを提出していた。そうまでされてはいつものように口で払いのけれないではないかと目を細める。
 
 
「僕らのお嬢さんは不満げだぞクラウス」
 
「む、すまないルナリア。だが君の住居を知っておきたいと思うのは私も同じ。それにスティーブンはきっと君に合う良い家を見つけてくれるだろう」
 
「もういいわクラウス、それよりも私の基準を満たす物件があれば良いのだけれどね」
 
 
 スッと立って何だかんだ言ってもスティーブンの横に並んで歩き出す。外に出るとあの静かな事務所の室内が恋しく感じるほど、今日もヘルサレムズ・ロットは喧騒に溢れてる。そんな中で歩き回って行くわけがない。ならどうしようかとルナリアは数ある移動手段を考えながら不動産屋から事前に貰っていた物件の資料を何枚か捲ってぼんやり眺める。すると目の前に黒塗りのアストンマーティンが止まった。
 
 
「さぁ乗った乗った!」
 
「貴方、いつの間に…」

「車取りに行くのに五分、そんなに真剣に物件を見ていたのかい?新居探しに浮き出し立つなんて可愛い一面もあるじゃないか」
 
「ば、馬鹿ね!いいからココに向かって!」
 
「最近前より感情が先行しているね、いいと思うよ俺は。分かりやすいし」
 
 
 エスコートを受けながら文句を添えるルナリアに「あははっ」と笑いが止まらない。昔のルナリアからは全く想像が出来ないくらいの可愛らしく膨れてふてくされている様はスティーブンには愉快だったらしい。いつもはスカすくせに、こういう所がルナリアとK.Kに癪に触るのがわからないのだろうか。
 
 
「最初はえーっと、お、人界側の住所だ」
 
「もとより人界側こっちしか紹介してもらっていないわ。失礼ね」
 
「君だって姿は人型だけど人間ヒューマーじゃあないだろ?」
 
「さいてい」
 
「普通の女性ならもう少しオブラートに包んで会話を楽しむさ、君は神をも等しい存在だ。その力の名の通り、傷はつかないことはわかってるよ」
 
「さいてい!」
 
 
 今度こそ嫌われたかとも思ったが、車が信号で止まった隙に頭をゆっくり撫でる。拒まれはしなかったが、その黄昏色の双眸が威嚇しているように歪められたあたりを見るに、不機嫌は真っ直ぐにはならなかったようだ。
 
 どんなに「さいてい」とののしられても全く嫌な気分にならないのは慣れなのか、昔から知っている可愛いお嬢さんだからかとスティーブンはハンドルを左に切りながら口元は締まらない。
 

「おお!いいじゃないか、仕事場から車で二十分で、近くにはお高そうなレストランが並んでるし、何より外見が綺麗だよ」
 
「あのね、距離やレストランや外見は問題ではないの」
 
 
 ヒュンと軽く人差し指を突き出し空中で捻ると扉がひとりでに開き出す。迷わず歩き出すルナリアに「職場が近いのは俺たちに良いって意味ね」と小ボケて付いてくるスティーブン。
 
 全ての室内を軽く見流し蔑ろにしながら状態を軽くみると無表情のまま後にした。この間わずか一分。この調子だと半休も要らなかったなとも思ったが彼女がお気に召さないならそれまでなのだと、また車までエスコート。
 
 
「次はここだな。へえ、アンティークな雰囲気で素敵じゃないか。広さも申し分ないからパーティーが出来るよ。って言っても君には関係なかったね」
 
「ここもだめ、次」
 
 
 その後二、三件見て回ったがお気に召す物件はなかったようで、次が最後だと告げるとルナリアはため息をついたが、それが分かっていたような表情に見える。柄にもなく落ち込んでる様子に、全くもって丸くなったことを改めて思い知らされる。まぁそんな彼女も十分に愛らしいのだが。
 
 
「君、理想高すぎないか?」
 
「仮にも住む家よ、こだわりがあって然るべきだわ」
 
「あー、こだわりね」
 
「次で決まらなかったらしばらくは事務所生活ね」
 
 
 考え込む仕草をしながら路地の脇に止めてある車に戻る。乗り込むと最後の物件の資料をスティーブンはまじまじと見させてもらうと気になる一言が赤い字で添えてあった。”危険取り扱い物件”と。

 思わず口元がヒクついた。彼女はこの一文をちゃんと読んでいるのかいないのか曖昧な面持ちで次の物件へと向かうように言う。どうか、どうかこの”危険取り扱い物件”をルナリアが気に入りませんように!と大して信じてもいない神に祈りながら車を緩やかに加速させるのであった。












(こんなに悩ましいのは貴方の口から瞬く星の名を聞いた以来ね) 
 
 
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