CHAPTER 01
All good things must come to an end.
ダンシングライトがカラフルに点滅している中で周りの女性たちをグルりと見渡すと、それはそれは気持ち良さそうな顔で夢の中に入り浸っていた。
中世にタイムトリップしたのではないかと錯覚するような素敵な調度品に囲まれながら、ルナリアはチェインが床に転がっている酒瓶を蹴飛ばしたところで今日をゆっくり振り返って時間を潰してみることにした。それは一週間前まで遡る。
「じゃあどこのお店を予約しようかしら?私たちはお酒を飲むだろうけどメアリっちは未成人だから…」
「もちろん個室があるところがマストですよね、クソみたいな輩がいないのも最低条件で」
「と、いうと”天空楼閣バー虚居”の系列店で”砂上楼閣”ならどうかしら?」
「どこかいいところないかしらぁ」と間延びしながらボヤくK.Kに此処はどうかと提案をする。“砂上楼閣”そう聞いた瞬間K.Kとチェインのが勢いよくルナリアに向く。血走った目にホワイトは不思議そうな顔をしたのも無理はない。それは酒呑みには喉から手が出るほどの夢のアイランドのような場所なのだから。
「ルナリアっち!で、でもそこは虚居と違って予約制でも紹介制でもない!現実界に浮上する場所も時間も掴めない幻の酒場なのよ!」
「あそこはお得意にしか渡さない鍵があるのよね、それを私が持っているって話」
「ルナリアさんすごーい!!」
さも当然のように、不思議な光を帯びているアンティークキーを何もないところから取り出して三人に渡してみせる。K.Kは打ち震え、チェインに至っては指が震えていたので少し心配になる。メアリは何色にも例え難い色が相当気に入ったのか嬉しそうにしていた。
「次の半休は砂上楼閣よー!!」
「いえーい!!」
夜のヘルサレムズ・ロットは異界に近寄るにつれて昼と間違えるほど灯りが多く、ただ歩くだけなら時間感覚が分からなくなるほど。ルナリアはホワイトを自分の側から離れないように引き連れ、軽く談笑しながら待ち合わせの場所に向かっていた。
「あの…ルナリアさん、私お酒飲めないけど大丈夫かな?」
「これが女子会というものではなかったら、レオナルドたちも呼ぶのだけれどね。大丈夫よ、砂上楼閣は客を飽きさせないことで有名でね」
「わぁ!良かった!私だけノンカクテルなのが残念だけど、レオとブラックにたくさん自慢できるわ!」
「ふふ、解禁の暁にはまた連れて行くことを誓うわ」
暖色の照明がモダンな雰囲気を醸し出しているカフェの窓際に美女が二人。ウィンドウ越しに男性の視線が突き刺さっても相手にせずにコーヒーカップを片手に長い脚を組み直していた。
ルナリアとホワイトは遠目からでも誰か分かっていたので、窓の向こうに手を振ると店のベルを鳴らして飛び出てきた。
「四人揃ったわね!ルナリアっち、どこから砂上楼閣に入れるの?」
「少し広いところがあれば何処でも鍵穴は現れるわ。向こうに広場があったからそこで」
「ち、ちょっと緊張してきた…」
「チェインさんしっかり!」
入り組んだ道を迷うことなくルナリアのナビゲートで歩いて行く。広場には丁度誰一人見当たらなく、その隙に例の鍵を取り出すと空に掲げる。
頭の上に現れた堅牢そうな扉の鍵穴に挿し、ゆっくり回す。上を向いていたはずの首が気付けば真正面を向いていることに三人は驚いていたが、濃く立ち込める霞の中からスタイルの良いピラミッド頭の異界人が燕尾服を翻しながら現れる。
「お久しぶりです、ルナリア様。砂上楼閣一同、心よりお待ちしておりました。どうぞこちらへ」
どうやって室内に入ったのかも分からなかったが、オルドローズ色の長いカーペットが敷かれた古めかしい廊下を歩きながら案内されると、目の前に黄金色の扉。ピラミッド頭が「ごゆるりと」と言いながらドアを開くと、そこは中世にタイムトリップしたかのような調度品が飾られた部屋に興奮しない女性はこの場にはいなかった。
「はぁーー…!すごーーい!!」
「本物の革に金糸があしらわれた本がメニュー表に…世界観徹底しているわね」
「チェイン見て!このお酒異界でも手に入るのが難しいやつ!」
「キャー!!姐さん絶対頼みましょう!!」
「ルナリアさん見て!これイギリスで人気の写真集!!絶版だったのよ。どうしてこんなところに!」
「各々楽しみが見つかって良かったわね」
チリンとベルを鳴らすと「失礼します」とお客を待たせずすぐにスタッフが入ってくる。メニュー表戦争にホワイトも加わり、次にスタッフが部屋に入る頃には中世の素晴らしい大理石の床には酒瓶だらけ、美しい装飾のテーブルにはローストビーフとバーニャカウダーの野菜が埋め尽くされた状態になっていた。ルナリアはブルーローズティーだけを頼んだ。
「そいやぁ、ルナリアさんっていつ頃ライブラに入ったんですかぁ?」
「(チェインったらもう酔ってる…)確かに、それちょっと気になってた!」
「そうねえ、クラウスとかスティーブンの後なのは間違いないわ」
「スティーブンさんから聞いたんだけど、ルナリアさん三年も事務所に顔も出さなかったってホント?」
「本当よ、普段はイギリスにある家に住んでいるのだけれど、魔術式で何重と結界をはったせいで空間が歪んでしまってね。手紙を送られてもいつの日の、いつの時間に届くか分からないの」
「あー、LHOSの術者がここ数年愚痴ってたのこれかぁ。手紙送りたくないってぇ」
「一体何十人で私のいる時間軸に干渉してきたのかしらね。しかも毎日朝に届くようにするなんて、相当繊細な仕事ぶりだわ」
「ソレが分かっているのに来ないっていうのも中々ね、ルナリアっちったら」
カラフルなダンシングライトが揺れる中、色んな話をした。K.Kの息子たちが可愛いこと、スティーブンの余裕でキザなところが腹立つこと、人狼局が人材不足で休む暇がないことや、後輩が甘ったれで困ること、写真が好きなことに、最近ちょっと気になる男の子がいること、話したらキリがない夜を、四人は時間を気にせず過ごした。
気づけば会話がツマミになったのか、お酒があれよあれよと進んで、チェインとK.Kはすぐに寝息をたてた。ホワイトも体内時計がキチンとしているのか、夜中まで起きていることは出来ずに微睡みの中へ。こうして冒頭の話に戻り、今日は有意義で楽しかったと無意識に微笑みルナリアの回想は終わる。
腕時計を確認すると時刻は午後から午前にほんの少し切り替わっていた。ルナリアはみんなの寝顔を眺めながらそろそろお開きだと思いベルを鳴らした。
「失礼します、ご用件を」
「今日は久々に楽しかったわ、お会計をお願い」
「左様でございますか。それは楼閣一同が皆喜ぶお言葉です。それと、支配人《オーナー》からお会計は受け取らないようにと」
「あら、私は客よ?」
「何をおっしゃいますか、天空楼閣と砂上楼閣の幻術及び、魔術結界を施して下さったお方でございます。こうしてご来店賜りますことこそ喜び、お金を取るなど上の者に叱られてしまいますゆえ」
「何卒ご容赦ください」と頭を下げてお願いをされれば、それ以上食いつく訳にはいかず、ルナリアは困ったように笑いながらお礼を言った。
「お車を手配させて頂きました。表に待機させております」
「連れは私で運ぶわ、何から何まで御苦労だったわね」
ピラミッド頭には表情は無かったが、確実に喜んでいるように頭を下げる。ルナリアは寝息を決して乱さぬようにと少しだけ柔らかく右の人差し指を下から上に傾けると、三人の身体は宙に浮く。
そのまま黄金色の扉をまた潜って、オルドローズ色のカーペットを歩きながら外へ向かう。霞の中に待機していた車に優しく座らせると最後にルナリアも助手席に乗り込む。窓を半分開けるとピラミッド頭とドアマンが数人揃ってお見送りしてくれていた。
軽く手を振ると、運転手に行き先を告げる。ヘルサレムズ・ロットの夜はまだ朝を迎えない。
(少しでも気を落ち着けたのは半世紀ぶりだった、かもしれない)
中世にタイムトリップしたのではないかと錯覚するような素敵な調度品に囲まれながら、ルナリアはチェインが床に転がっている酒瓶を蹴飛ばしたところで今日をゆっくり振り返って時間を潰してみることにした。それは一週間前まで遡る。
「じゃあどこのお店を予約しようかしら?私たちはお酒を飲むだろうけどメアリっちは未成人だから…」
「もちろん個室があるところがマストですよね、クソみたいな輩がいないのも最低条件で」
「と、いうと”天空楼閣バー虚居”の系列店で”砂上楼閣”ならどうかしら?」
「どこかいいところないかしらぁ」と間延びしながらボヤくK.Kに此処はどうかと提案をする。“砂上楼閣”そう聞いた瞬間K.Kとチェインのが勢いよくルナリアに向く。血走った目にホワイトは不思議そうな顔をしたのも無理はない。それは酒呑みには喉から手が出るほどの夢のアイランドのような場所なのだから。
「ルナリアっち!で、でもそこは虚居と違って予約制でも紹介制でもない!現実界に浮上する場所も時間も掴めない幻の酒場なのよ!」
「あそこはお得意にしか渡さない鍵があるのよね、それを私が持っているって話」
「ルナリアさんすごーい!!」
さも当然のように、不思議な光を帯びているアンティークキーを何もないところから取り出して三人に渡してみせる。K.Kは打ち震え、チェインに至っては指が震えていたので少し心配になる。メアリは何色にも例え難い色が相当気に入ったのか嬉しそうにしていた。
「次の半休は砂上楼閣よー!!」
「いえーい!!」
夜のヘルサレムズ・ロットは異界に近寄るにつれて昼と間違えるほど灯りが多く、ただ歩くだけなら時間感覚が分からなくなるほど。ルナリアはホワイトを自分の側から離れないように引き連れ、軽く談笑しながら待ち合わせの場所に向かっていた。
「あの…ルナリアさん、私お酒飲めないけど大丈夫かな?」
「これが女子会というものではなかったら、レオナルドたちも呼ぶのだけれどね。大丈夫よ、砂上楼閣は客を飽きさせないことで有名でね」
「わぁ!良かった!私だけノンカクテルなのが残念だけど、レオとブラックにたくさん自慢できるわ!」
「ふふ、解禁の暁にはまた連れて行くことを誓うわ」
暖色の照明がモダンな雰囲気を醸し出しているカフェの窓際に美女が二人。ウィンドウ越しに男性の視線が突き刺さっても相手にせずにコーヒーカップを片手に長い脚を組み直していた。
ルナリアとホワイトは遠目からでも誰か分かっていたので、窓の向こうに手を振ると店のベルを鳴らして飛び出てきた。
「四人揃ったわね!ルナリアっち、どこから砂上楼閣に入れるの?」
「少し広いところがあれば何処でも鍵穴は現れるわ。向こうに広場があったからそこで」
「ち、ちょっと緊張してきた…」
「チェインさんしっかり!」
入り組んだ道を迷うことなくルナリアのナビゲートで歩いて行く。広場には丁度誰一人見当たらなく、その隙に例の鍵を取り出すと空に掲げる。
頭の上に現れた堅牢そうな扉の鍵穴に挿し、ゆっくり回す。上を向いていたはずの首が気付けば真正面を向いていることに三人は驚いていたが、濃く立ち込める霞の中からスタイルの良いピラミッド頭の異界人が燕尾服を翻しながら現れる。
「お久しぶりです、ルナリア様。砂上楼閣一同、心よりお待ちしておりました。どうぞこちらへ」
どうやって室内に入ったのかも分からなかったが、オルドローズ色の長いカーペットが敷かれた古めかしい廊下を歩きながら案内されると、目の前に黄金色の扉。ピラミッド頭が「ごゆるりと」と言いながらドアを開くと、そこは中世にタイムトリップしたかのような調度品が飾られた部屋に興奮しない女性はこの場にはいなかった。
「はぁーー…!すごーーい!!」
「本物の革に金糸があしらわれた本がメニュー表に…世界観徹底しているわね」
「チェイン見て!このお酒異界でも手に入るのが難しいやつ!」
「キャー!!姐さん絶対頼みましょう!!」
「ルナリアさん見て!これイギリスで人気の写真集!!絶版だったのよ。どうしてこんなところに!」
「各々楽しみが見つかって良かったわね」
チリンとベルを鳴らすと「失礼します」とお客を待たせずすぐにスタッフが入ってくる。メニュー表戦争にホワイトも加わり、次にスタッフが部屋に入る頃には中世の素晴らしい大理石の床には酒瓶だらけ、美しい装飾のテーブルにはローストビーフとバーニャカウダーの野菜が埋め尽くされた状態になっていた。ルナリアはブルーローズティーだけを頼んだ。
「そいやぁ、ルナリアさんっていつ頃ライブラに入ったんですかぁ?」
「(チェインったらもう酔ってる…)確かに、それちょっと気になってた!」
「そうねえ、クラウスとかスティーブンの後なのは間違いないわ」
「スティーブンさんから聞いたんだけど、ルナリアさん三年も事務所に顔も出さなかったってホント?」
「本当よ、普段はイギリスにある家に住んでいるのだけれど、魔術式で何重と結界をはったせいで空間が歪んでしまってね。手紙を送られてもいつの日の、いつの時間に届くか分からないの」
「あー、LHOSの術者がここ数年愚痴ってたのこれかぁ。手紙送りたくないってぇ」
「一体何十人で私のいる時間軸に干渉してきたのかしらね。しかも毎日朝に届くようにするなんて、相当繊細な仕事ぶりだわ」
「ソレが分かっているのに来ないっていうのも中々ね、ルナリアっちったら」
カラフルなダンシングライトが揺れる中、色んな話をした。K.Kの息子たちが可愛いこと、スティーブンの余裕でキザなところが腹立つこと、人狼局が人材不足で休む暇がないことや、後輩が甘ったれで困ること、写真が好きなことに、最近ちょっと気になる男の子がいること、話したらキリがない夜を、四人は時間を気にせず過ごした。
気づけば会話がツマミになったのか、お酒があれよあれよと進んで、チェインとK.Kはすぐに寝息をたてた。ホワイトも体内時計がキチンとしているのか、夜中まで起きていることは出来ずに微睡みの中へ。こうして冒頭の話に戻り、今日は有意義で楽しかったと無意識に微笑みルナリアの回想は終わる。
腕時計を確認すると時刻は午後から午前にほんの少し切り替わっていた。ルナリアはみんなの寝顔を眺めながらそろそろお開きだと思いベルを鳴らした。
「失礼します、ご用件を」
「今日は久々に楽しかったわ、お会計をお願い」
「左様でございますか。それは楼閣一同が皆喜ぶお言葉です。それと、支配人《オーナー》からお会計は受け取らないようにと」
「あら、私は客よ?」
「何をおっしゃいますか、天空楼閣と砂上楼閣の幻術及び、魔術結界を施して下さったお方でございます。こうしてご来店賜りますことこそ喜び、お金を取るなど上の者に叱られてしまいますゆえ」
「何卒ご容赦ください」と頭を下げてお願いをされれば、それ以上食いつく訳にはいかず、ルナリアは困ったように笑いながらお礼を言った。
「お車を手配させて頂きました。表に待機させております」
「連れは私で運ぶわ、何から何まで御苦労だったわね」
ピラミッド頭には表情は無かったが、確実に喜んでいるように頭を下げる。ルナリアは寝息を決して乱さぬようにと少しだけ柔らかく右の人差し指を下から上に傾けると、三人の身体は宙に浮く。
そのまま黄金色の扉をまた潜って、オルドローズ色のカーペットを歩きながら外へ向かう。霞の中に待機していた車に優しく座らせると最後にルナリアも助手席に乗り込む。窓を半分開けるとピラミッド頭とドアマンが数人揃ってお見送りしてくれていた。
軽く手を振ると、運転手に行き先を告げる。ヘルサレムズ・ロットの夜はまだ朝を迎えない。
(少しでも気を落ち着けたのは半世紀ぶりだった、かもしれない)