CHAPTER 01

The squeaky wheel gets the grease.

 前々から”お仕事”の要請があったことは分かっていた。毎朝使用人から手渡される手紙を燃やしては灰にし、破っては塵にしてかわしてきた。だが、しかしついにそれを無視できない状態に世界は置かれているらしく、日課になってしまったソレを受け取ると、真っ赤なインクで宛名より大きく”緊急!”と一言主張してあるのをルナリアは流し見した。

 どうみても普通の白い便箋に真紅の薔薇のシーリングの封。人差し指でソレを指すと、手紙はひとりでに開きだし、差出人に文字がよく見えるようにピンと広がった。


 ”アメリカ ヘルサレムズ・ロット”

 たったそれだけ綴られた手紙を一瞬に灰にすると、入れたての紅茶の匂いを堪能する間もなく席を立ちあがった。近くに控えている使用人に「すまないね」と言うと、指をパチリと鳴らす。すると視界はあっという間に切り替わり、自慢の青い薔薇が咲き誇った庭園ではなく、もう何年も立ち寄らなかった”職場”であった。


 いつもは快く出迎えてくれる三白眼の巨体と、春風のような笑みを浮かべるスカーフェイスはどこにも見当たらない。それどころか人の気配すら感じない。もぬけの殻という言葉が頭をよぎる。

 窓の向こうでは霧がいつもより一段と濃く、何もかもを隠しているようだった。目に映るそれは三年前を思い出させた。すべてが混沌としたように破壊が繰り返されている光景に、体験者たちは恐怖に震えながらも興奮を覚えずにはいられなかったことだろう。ここはあの悪夢のような遊園地から随分遠いわりに音も光も近くに感じるのだから、重力が無視されたようなあの現場では相当すごいことになっているのだろうなと冷静に思う。



「大きな結界が解れようとしている、誰かがそれを繋ぎ止めているのか」



 窓硝子に反射する黄昏色の双眸がより一層輝くと、彼女の視界はまた切り替わる。





               暗転




「君が、何故ここに…」



 血まみれの三白眼を超え目で人を殺せそうな巨体が、春風も通り過ぎる冬将軍の肩を借りながら呟いた。その横では最初からクライマックスよろしく糸目の少年が鼻水を垂らしながら泣いていたが、ルナリアは見向きもせずに堂々と上司のもとへ歩いてゆく。周囲はその類稀なる美しい容姿に目を見開き凝視せざるを得なかった。



「きゃーっ!ルナリアっちじゃなーい!」

「お久しぶりね、K.K」



 熱い抱擁を一身に受けながら金髪美人の頬に軽くキス。遠くで銀色の褐色猿が好みのメスに発情したかのように声をあげてルナリアを見ていたが、後ろから魚人紳士にぶん殴られて一瞬大人しくなったが、すぐ逆上していた。終いには冷血漢から春風の笑みを浮かべられて萎縮する姿はまるで動物園に来たようだなと思ったのは心の中でとどめておく。



「手紙を見て飛んで来たらもぬけの殻。さらには結界の綻びを感知したから此処まで来たのだけれどね。すでにLHOSレオスがいたのなら出る幕じゃなかったみたい」

「あのなぁ、君がもっと前から手紙に応じて最初からいてくれていたらこんなこと起こってなかったんだ。大体君はいつも!」

「こう言ううるさいヤツがいるから顔も見せたくなかったのよね」



 スカーフェイスはの男が怒鳴りつける前にルナリアは文句をすり抜ける。傍を離れようと後ろに下がると目の端から横切る白い光に包まれた蝶々。

 泣き虫糸目の少年が「あ……」と小さく息をのむのをルナリアだけは見ていた。

 光はチラチラと離れずに泣き虫糸目少年とその周りを行ったり来たりをしていたが、気づいていたのはルナリアと少年だけであった。そしてその白い蝶がひらひらと彼女の指先に止まると、呼吸をしているように羽を上下させて翅を休めた。光をまとうそれを美しいと思うのと同時に、ルナリアは少し奇妙な感覚がして掌で蝶を撫でた。

 途端、手の中の蝶は姿形を再構築するかのように大きく発光を始めた。ルナリアは特に驚いたり慌てふためく様子もなく事を見守っている。みるみるうちに人型に変わると、光が終息してみんなによく見えるようになった。



「ほ、ホワイト……!!」

「ブラック!レオ!!」



 茫然としていた女の子、以下ホワイトは自分の体をペタペタと手探りで確認しながら次第に目に涙を滲ませて叫ぶ。言葉にならない程予想外だったのか、事情を一かけらも掴めないルナリアにはちんぷんかんぷんだったが、眼鏡をかけたホワイトと瓜二つの顔をした男の子が隙間を残さないほど抱きしめると、嗚咽が段々と泣き声になり、それが共鳴して失礼だと思いながらも不思議な微笑ましさに少し笑ってしまう。



「君がこのタイミングで顔を出したのは本当に我々にとって、この世界にとっての奇跡としか言いようがない。感動の再会とは程遠いものだが、今はこの幸運を喜ばせてほしい」

「私にはなにがなんだか」

「いいんだ、ルナリア。ただただ、君の力に感謝させてくれ」















(こうして私の物語は針を進めたのであった)
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