月光のような微笑みをする。

かぐやさま

”謎の美少女事件”から1週間たった。

もう名前も知らないやつなどいないのではないかというほど”朧月カスミ”という人物の噂に毎日尽きることはなかった。

”難攻不落の輝夜城”と男子の間で囁かれるほど彼女はモテた。しかしその名の通り攻略できた者はいない。(まず転入して1週間以内に告白する顔しか見てない軽薄な男と付き合うわけはないと俺も思った)

思い切り笑うより、微笑みが月のように柔らかく、はんなりという良く聞く京都特有の雰囲気のままらしく、俺は隣のクラスにいるのにも関わらず本人に一度もお目にかかったことがなかった。

幼馴染である塔一郎ですら朧月カスミに興味があるらしい。脚がどうのってブツブツ言っていたのが気になったけど。いや、人の趣味になにかいうとかねえけどよ。ちょっと意外だった。




「なあ黒田、今日4時限目聞いたか?」

「4時限目?…合同で授業ってことだけ聞いてるけど」

「うちのクラスは”輝夜様”と一緒だって!」




よくもまあ、そんなあだ名つけられるな。ある意味感心するわ。ほんと、噂に違わぬ美しさってやつなんだろうけど。ハードルあげすぎ。

田口、興奮するのはどうでもいいけどよ。唾を飛ばしながら話すな汚ねえな。




☆彡☆ミ☆彡☆彡☆ミ☆彡☆彡☆ミ☆彡☆彡☆ミ☆彡




講堂に人がまばらに集まってくる。
席なんてどこでもいいはずなのに、一様にがっかりする顔を眺めるのは楽しいかもしれない。残念、輝夜様はまだ来てねえぞ。



「わ…本当に美人だ…」

「あれが朧月さん?」

「ほ、ほ、本物?!」


ざわざわと波がうねる。「(さて本人のご登場か、拝ませてもらうぜ)」とこのときの俺のどこまでも高い頭をだれか殴ってくれ。

まるで後光がさしているように眩いその姿に圧倒され、整いすぎた顔に全身の血が滾る感覚。あ、これはまじで”輝夜様”だわ。どこかで誰かが話を盛ったと思っていたからか、この手の話に期待はあまりしないでおこうと思っていたからか、実物を見た衝撃は半端ないものとなった。



「あの…お隣大丈夫ですか?」

「え、あ、うん…」

「おおきに」



にこりと控えめに笑う彼女はなぜか俺の隣に座った。その彼女の反対隣りの茶髪の女友達と楽しそうに談笑を始めた。

俺の反対隣りに座っていた田口は顔を真っ赤にさせて女子みたいに手を口に当てて「尊い…ほんとに尊い…」と拝んでいる。今ならお前の気持ちわかるわ。あと朧月さんまじでいい匂い。いっつも男くさい中にいるせいか恐ろしく癒される。ハードルあげすぎとか思っててすみませんでした。


授業が始まると、映像を見ながらのレポートをすることになった。暗くなった部屋に、古い映像をプロジェクター越しに移してるからか決して明るくなったりするわけでもない。

文字を間違えたら消しゴムを探すことすら難しく、俺は落としたことに気付いていなかった。ごそごそと机の上や筆箱を指を頼りに探してみるがそれらしいものの感触がない。これは困った。そんな俺に気づいたのか朧月さんはひそひそ声で話しかけてきた。



「あのけしごむ、下に落ちはったかも…」

「え、あ、まじか…まいったな」

「よろしかったら」

「い、いいのか?」

「うちはもう一つありますから」



学生のほとんどが使っているだろう青と黒と白色の包装がされている消しゴムがそっと差し出される。一見普通の消しゴムなのにどうして国宝のように光り輝いて見えるのだろう。(実際はうす暗くてなんも見えてはいないのだけれど…)手は汗ばんでなかっただろうかと頭の中では考えていたが、手を拭いてから受け取る動作をするのはあまりにも不自然に感じることだろう。


少しだけ指先が触れ「アッ、ありがとうな…」と声が上ずったのが恥ずかしい。もしかして耳くらいは赤くなっているかもしれないからこの暗さに感謝した。途中田口が俺たちのやり取りに気づいたのか、朧月さんに気づかれない陰で脇を小突かれる。痛い!田口痛い!




「さっきはありがとな、これ返す」

「消しゴム見つかりはりました?」

「たぶんこの教室のどっかにあるとは、思う…」




授業が終わって人が疎らになってから少し探してみたが、たぶん人混みに紛れて蹴られたとかで見つかってはいなかった。次の授業は不便だけど落とした自分が悪いんだと消しゴムを返す。田口は頼れないな。恨まれている。



「よかったら貰ろうてください」

「え、いいのか?」

「困っとる人から返してもらうなんて出来ひんです」

「ありがとな、俺黒田雪成。今度お礼させてくれ」

「朧月カスミいいます。そ、そないに大したことあらへんから…」



講堂の入口から「カスミちゃーん!早くお昼食べよー!」と朧月さんの隣に座っていた茶髪の女友達が声をかけてきた。朧月さんは「すぐ行くよー」と柔らかく返す。

「雪成くん、ほな!」と荷物をササッと纏めて足早に友達の元に駆けてゆく姿を眺めて思考が一瞬止まった。走り出すと揺れるサラサラな髪もゆっくり細まる目元も薄く微笑む口角もすべて今だけ自分に向いている。

今度こそ明るい教室で一人赤面を晒すのだった。







(紛うことなき、あなたは輝夜様)



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