視線で狙いをさだめるよ。

かぐやさま

しとしと、今日も雨は止まないらしい。雨季というものは毎年鬱陶しいものだ、自前の髪のウネリが留まることを忘れてしまうのだから。と、まだ短い赤茶色の前髪を撫で付ける。
 
スクールバックに手を突っ込んでいつものパワーバーを取る。お、ココア味。俺結構好きなんだよなあ、と少し上機嫌になる。今は大事な調整時期だから外に出て走るのは控えるようにと寿一に言われているから、「まあ今日も無難にローラーこなすだけかぁ」と部室に向かう。



「2年、新開隼人入ります」
 
「おはようございます!新開さん!」



一年生が元気に挨拶を返してくれる。まだそれに少しだけくすぐったさと先輩になったことの誇りが混ざって慣れない。それでも”頼りになる先輩”の役割をきっちり果たさなくてはならないと明るく振る舞う。



「お、新開いいところに来たな」
 
「天笠先輩!どうしたんですか?」



白髪が眩しい3年生、天笠あまがさ先輩が声をかけてくる。ちょいちょいと手を招く姿はとても先輩には見えないがこの人はうちの中でも最速のスプリンターであり、副部長だ。泉田が俺を慕ってくれているように、俺はこの天笠先輩をとても尊敬しているのだ。



「今日も雨で鬱陶しいよなぁ、調子はどうだ新開」
 
「尽八とマネージャーがよく世話をやいてくれるおかげで最近はタイムが伸びてますよ」
 
「そいつは良かった!実は部長にな、次のレースに新開と福富を推薦しといた」
 
「次のレースって……」
 
「まあお前たちならって思ってな、福富には部長から伝わってると思うぞ」



“次のレース”それは次に控えるインターハイの為に圧倒的実力差を見せつけるパフォーマンスを兼ねている大事な試合。

そこに必要なのはパフォーマンスに足る実力とパワーだ。メンバーに選ばれたということは自分にはどちらも足りていると先輩から認めてもらったということ。嬉しくない訳がない!



「クク、頼んだぜ。俺はお前を次期エーススプリンターにするんだからよ」



まっすぐにそう言われるとジワジワと胸が高鳴り緊張感が胃を刺激する。さっき腹におさめたココア味のパワーバーがグルグルと回っているのが手に取るように分かる。それを知ってか知らずか天笠先輩は意地悪い顔で「マネージャーが知ったらすごい喜ぶんだろうなあー、そういや乾燥室で洗濯物干してたっけ」と笑う。
 
昔からこの人には何でもお見通しなのが悔しいが、それを意地でも顔に出さず対抗するように笑ってやる。(それでも天笠先輩の余裕は崩せなかったけれど)俺はいつもより大きい声でお礼を言うと小走りで部室を出て裏にある乾燥室に向かう。



「カスミちゃん!」
 
「新開先輩、おはようございます。…今日はえらいご機嫌ですね!」
 
「あ、はは。やっぱ分かるかな?」
 
「ふふふ、そない走って、お口もにこにこしてはったら分かりますよ。何か良いことでもあったんです?」



ちょうど洗濯物が終わったカスミちゃんを捕まえて近くの椅子に移動する。俺があまりにも嬉しそうにしているのが分かると言われて口元を引き締めるが益々笑われてしまう。(そんなに分かりやすいかな、俺って)



「あー、俺次のレースのメンバーに選ばれたんだ」
 
「え!!次って、インターハイに向けての大事な大会やって部長さんがいうてはった…」
 
「そ。……へへ、わりい。ちょっと気が緩んでんな俺」
 
「そんな!うち、新開先輩がいつも欠かさずに練習してるの知ってます!荒北先輩だって影響を受けてか、最近新開先輩のトレーニングメニュー参考にしたい言いはってましたし!…ともかく成果が出たんや、緩んでええんです!」



握りこぶしを作りながら熱く自分のことを語る彼女に目の前がクラリとした。その拳に掌握されていることを認めよう。
 
決して褒められることを期待していたわけではないけれども、心の何処かで期待していたのか、その上澄みだけではないマネージャーとして見てきた彼女からそう言われると温かくなる。



「うち、感謝してるんです。だって今こうして先輩の頑張りを伝えることができるのはあの日のおかげやから」
 
「あはは、だな!俺今でもあの真剣な横顔を思い出すよ。紙をじーっと見ててさ!」
 
「話しかけてくれて、最初は強引やなって思ったけどみんなを見て考えが変わって、新開先輩はうちがやりやすいように立ち回ってくれたの気づいてました」



形の良い唇が何度目かの笑みを浮かべるカスミちゃんは、目元も熱を持った硝子のようにトロンとしている。ああ、駄目だよ。2人きりの部屋で男を言葉で気持ちよくさせてそんな顔するなんて。思わず右手が彼女の前に出る。不思議そうな顔をする頭を柔らかく撫でてあげると目は完全に閉じられ甘んじてその愛撫を受け入れている。あーあ、悪い子だなあ。







(次はどこを撫でれば目を開けてくれるのかな)



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