林檎のまほう。

かぐやさま

委員会の用事が思いのか延びてしまった。かと言って部活のために廊下を走ることはしない。

あの家庭科室の横の階段を降りると下駄箱だ。靴を履き直したら走っていける。そう頭の中で何分で部活にたどり着くか計算しながらやや早く歩く。階段を降りようと足をのばすと鼻にかすめる林檎のにおい。あぁ、今日は料理部の女子たちが林檎を使った洋菓子を作ると張り切っていたか。

教室からは「わーーっ!!めっちゃおいしそうー!」とはしゃいだ声が廊下まで聞こえてくる。林檎は俺の好物ゆえに後ろ髪を引かれる思いだが今はそんなことを気にするより部活に急ぐほうが先決だ。




「おー、福チャン委員会終わンの遅かったネェ」

「少しな、朧月は今日は休みか?」




いつも忙しなく働いてくれている唯一の女子マネージャーがいないことに気付く。なんだか姿が見えないことが不自然に思うほど、どうやら朧月は部に馴染んでいたようだ。荒北は「アァー、なんか今日は遅れてくるって朝言ってたヨ」と、もうすっかり荒北のトレードになったチェレステのフレームを丁寧に磨きながら言う。



「体調が悪いのか?」

「黒田たちが言うにはァ、料理部で果物を使った菓子作れるヤツがいないから朧月チャンに白羽の矢が立ったンだってェ。得意なんだとよ、そういうの」



料理部?ではさっき漂っていた林檎の甘い匂いは朧月が作っていた洋菓子だったのだろうか。楽しそうな笑い声の中に朧月がいないのは想像に易い。元より大声で笑うようなタイプではなく、目を細めて口元をほころばせるだけ。俺の中では甲高い声で笑われるよりそっちのほうがずっと好印象だった。

10分ほど遅れて朧月が走ってくると真っ先に部長に謝りに行く。「事前連絡あったから大丈夫だよー」と3年の先輩たちが顔を緩めながら言うが、朧月のことだろうから今日はいつもより働いてしまうのだろうな。そう顔に書いてある。



「福富さんもほんまにすんまへん!」

「朝には既に準備は終わらせていたんだろう。前もって連絡もしている。誰にも迷惑はかけていない」

「おおきに」



ほっとしたのか胸をなでおろしている。そんなに怒られると思ったのだろうか。近くに寄ってみるとますます林檎のおいしそうな匂いがする。

朧月は何かを思い出したかのように「あっ!これ部活終わったら皆さん食べてくださいね!」と手にしていた大きな袋に入った包みを広げるとそれは見事なアップルパイ。周りの男たちが「輝夜様のアップルパイ…!!」と目を輝かせている。みんなそんなに林檎好きだったのか?


部活が終わるとみんな我さきにと包みを開いて嬉しそうにアップルパイを食べている。中には「今食べるのはもったいない!」と持って帰るやつまでいる始末。(東堂も持って帰っていたが新開は光に速さで食べていた)それでも美味しいと言ってくれるのは作り手冥利に尽きるのか、今まで見た中で1番の笑顔だった。



「朧月、アップルパイありがとう」

「お口に合えばよろしいんですけど…」

「俺はここで頂こう」



俺たち以外は帰宅したのか、2切れ残っているパイを1つ朧月に渡す。照れながら「実は
うちも食べたかったんです」と目を細める姿はどうみても、普段は涼し気に王者箱根学園を裏で支えているとは思えないほどあどけない。

口に甘酸っぱく広がる味は買って食べているようなものより風味もよく、後味がサッパリしていて美味しい。やみ付きになりそうというのはこういうことなんだろうな。なんとなく朧月を見ると嬉しそうに齧り付いている。口が大きくないから、林檎の果肉が零れそうになる。頑張って頬張っている様子を見て、自分の手元にあるアップルパイを不思議に見る。







(同じものなのになぜ彼女が食べているものが食べたくなるんだ)



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