せっせと働く朧月チャンはイイ子だ。
最近は東堂も俺にうるせぇこと言わねェし、黒田も走りが板についてきたのか調子がいい。新開はたまに朧月チャンをジッと見ていてちょっと気持ち悪ィ(福チャンは相変わらず鉄仮面だけどォ)
随分とマネージャーに慣れてきたらしく(というより、サポートすることが好きだったのか)効率いいやり方ってヤツを覚えてきたと思う。朝は選手より少し早く来てドリンクを用意して、授業が始まる前にタオルを干す。わざわざ昼休みに部室に来て畳んで、部活が始まるとタイムの測定。たまにメカニックと一緒にマシンを直してる姿も見かけたっけェ。放課後になりゃ泉田と黒田、葦木場たち1年生が毎回交代でカスミチャンと買い出しに行っている。
ここまで褒めてなんだが、なんて言うか俺は”正義の塊”のような朧月チャンがチョット苦手だ。
「ハァ?なんで俺なんだよ!」
「先輩方は用事があるようで…」
「じゃあ黒田でいいじゃねぇか!」
「ユキも葦木場も少し遠くの方まで走りにそのまま行ってしまいました」
「んで泉田。お前もダメだっつーんだな」
「すみません!1年生ミーティングで僕が出席しないと始められないらしくって…」
さっきの回想を聞かせてやりたいくらいフラグを回収しやがる。おい泉田俺は朧月チャンが苦手なのォ。伝われこのテレパシー。
当然伝わるわけないが、それでも申し訳なさそうに突っ立ってる泉田をそのままにはしておけない。頭をガシガシ掻き毟りながらヤケクソのように「わーったよ、行きゃいいんだろォ!!」と返事をしてやると胸をなで下ろしてお礼を言われた。いやお礼はいいから代わってくれや。
「朧月さんって東堂さんみたいなファンクラブがあるらしくて良く声を掛けられるんです。それに乗じて変質的な奴も近寄ってくるんで、頼れる人じゃないと安心できなくて」
「アー、確かにモテるもんなァ」
「容姿もそうですけど、やっぱり性格もいい子だからでしょうね。よかった、荒北さんなら安心できます!」
「んな期待されても困んぞ」
「あっ、すみません!時間がないのでここで申し訳ありませんが失礼します!」
軍人のようにキレの良いお辞儀をして走り去っていく。重い溜息が喉から吐き出されてもスッキリなど決してせず、のろのろと部室で待ってるだろう朧月チャンのところへ歩き出す。鎖につながれた犬の気分だ。(アキちゃんに会いたい…)
「朧月チャーン、買い出しいくヨー」と声をかけながら中に入ると、朧月チャンだけが書いているマネージャー日誌を真剣な顔をしてペンを走らせていた。顧問と部長と福チャンくらいしか見たことがないソレは選手の特徴を書いてあるらしく、東堂が「見せてもらったが、選手をよく見ている!俺はあれを見て練習メニューを組んだくらいだ!」とうるさくわめいていたのを思い出した。恐ろしく真面目、それも苦手なところの1つだ。
もう一度「おーい、スポドリ買いにいくぞー」と背中に言うと一瞬肩が跳ねる。姿勢のいい座り方をしているのを見るたびに疲れないのかと不思議に思う。
「もうこないな時間…!荒北先輩待たせてすんまへん!」
「いーよ、早く行こうぜ」
「アッ、はい!」
部費が入ったガマグチを首に下げ、もう見慣れた黒いセーラー服のスカートをひらりとさせながら走ってくる。そんなに急ぐとスカートの中みえちゃうヨ。奥のメカニックどもが顔真っ赤にしてるから下に何か穿いてほしい。
そんな狼たちの下卑た視線に気づかずに「荒北先輩と買い出しは初めましてですねぇ」と両手を合わせて喜んでいる朧月チャン。この鈍感!と想像の中でチョップをかました。
「今日は近くのスーパーと、スポーツショップにチューブとバーテープ、パワーメーターを2個買いに行きます」
「それくらいメカニックどもで行きゃいいだろ!朧月チャンが買い出し行くほどじゃねェんじゃないのォ?」
「メカニックさんも選手兼任してはります。ちょっとでも練習したい言う気持ち、わかるんです」
「ヘェ、優しいんだネ」
「もちろん!うちかて全部出来るわけやないですから、そこは個人に任せてます!」
自主性も重んじるってか。ますます苦手。
朧月チャンから匂う”甘い匂い”が俺の中を引っ掻き回す。どこからその優しさが生まれてくるんだろう。
飲み物は重いから先にスポーツショップに寄ると楽しそうに店内を周っている。無邪気にしている姿は、いつもの大人びている朧月チャンとは違って年相応に見えた。ロード経験者だと誰かから聞いたけど本当みたいで、店員と楽しそうに話しているが、専門用語が多すぎてついていけなかった。おいおい俺もそこまで話せるようにならないといけねェのか、もしかして。
「お待たせしてすんまへん!」
「そんな焦んなくても大丈夫だヨ」
「…先輩かて優しいんですね」
「ばっか!褒めても何もでねーよ!」
ゆっくりと目を細めて笑うもんだから、巷で噂の”輝夜様”ってやつが分かった気がした。俺の中で朧月チャンは”苦手な子”から”嘘みたいに可愛いけど苦手な子”に変わった。
坂本が「いやまじで顔をずっと見ていられない。浄化されちゃう」と言っていたが、その時は「大げさかヨ」と返してしまったが今度謝ろう。正義を眩しがる悪役のように浄化されかけた。朧月チャンは手を口に当てて笑うと、なんだかまた甘い匂いがして引っ掻き回されたような感じがしてわざと大股で歩き出す。慌てて小走りする朧月チャンが面白かったから少しスッキリした。
「スポーツドリンクも冷蔵庫に入れたし、部品もしまったし、レシートも提出したな」
「今日は先輩と一緒やったから、なんや新鮮でした。ありがとうございました!」
「オウ、じゃあ部室のカギは俺が閉めておくから先に帰っていいヨ」
「はい!お先に失礼します」
今日は特別長く感じたなァ。たかが買い出しに外でただけなのに所かまわず声をかけてくる奴らに嫌な顔をせず対応する朧月チャンは東堂みたいだった。(朧月チャンは全くナルシストではないから笑顔で手を振るだけだったけどネ)俺がいたからか近くに来るやつはいなかったが、新開が遠くから指をこっちに向けてウインクしてたのにはむかついたから無視したくらい。
ふと机の上に急いでしまい忘れているマネージャー日誌を見つけてしまう。
こう露骨に手にすぐ触れる位置にあると覗いてしまうのは仕方ないんじゃないか。と自分に言い訳をしてノートをめくる。律儀にもあいうえお順に付箋が張られていて”荒北靖友”のページを見つけるのは簡単だった。
読んでいくと好奇心だったものが選手としてアドバイスを受けている感覚に代わる。この日誌本当にすげェ。俺の長所短所が明確に書いてある。「荒北のペダリングは無駄が多く、そのせいで体力が多く削られているように見える。お尻に力を入れてつま先に入った無駄な力を抜けばもっとタイムが良くなると思う」とか。今日は「上半身が鍛えたりないのか、単に筋肉痛なのか今日は重心がブレている。多分後者」と書かれている…怖いくらい合っている。
「荒北」
「お、福チャン」
「ム、その日誌は…」
「見てわかる通りマネージャー日誌、こいつすげェな」
「朧月は時間に余裕があるときはずっと選手を観察している。それを形にしたいと自分から志願してきたんだ。どうだ荒北、お前から見た朧月は」
福チャンから言われて今まで散々頭の中で言っていた”(嘘みたいに可愛いけど)苦手な子”とは言えなかった。なぜならその優しさも、真面目に仕事をこなすのも全部全部朧月チャンの”強さ”なんだって気づいてしまったから。
中身がブレず、全力でサポートするという気持ちが表れているのがノート見てわかる。俺の中で朧月チャンは”嘘みたいに可愛いけど苦手な子”から”嘘みたいに可愛い強い女の子”に変わる。
(朧月チャンは福チャンに似てるヨ。芯があってブレない。そういうやつは嫌いじゃねェよ)