オペラグラスを手に取って。

かぐやさま

「お前は無期限謹慎だ。レースには出さない。今年のインターハイにも来なくていい」





「すみません…」と声が震えるのが自分でもわかる。
下を向いてあの日”最強の選手”になりたいと言ったことを思い出すと視界がだんだん滲んで、地面に丸い染みができる。ぽたぽたと雨みたいに落ちる涙を止めようとは思わなかった。このまま中身が空っぽになってしまえば楽になれるだろうから。

ふらふらと洗濯機の裏にしゃがみ込む。体育すわりをして少しでも小さくなるように丸まる。ああ、このままいなくなれればいいのに。頭の中は何も鳴ってはくれない。




「拓斗くんどないしたん?気分悪いのん?」



カスミちゃんだ。「ち、違うよ…」と小さい声で返事をすると、そっと背中に小さな手が触れるのがわかる。小さいけど大きな暖かさに涙腺がまた緩んだ。

そっと顔をあげるとカスミちゃんが真っ白いタオルを差し出して控えめに笑っていた。柔らかいタオルに涙を拭くと目の前の彼女は「1からまたがんばろ」といった。その一言に1からって何だろうと色々考える。最初からってこと?頑張ったって俺にはもうそんな機会ないのに。どうしてそんなこというんだろう。



「福富先輩からお話し聞いたよ。拓斗くん、無期限謹慎やて」

「…先輩たちの期待に応えられなかった。箱学のジャージを着させてもらったのにテンパっちゃって、コース逆走しちゃって、俺…」

「目ぇ擦ると腫れてまうよ、あっちで冷やそ」

「……俺、また洗濯係に戻ろうかな」



俺の手を引いて部室内に行こうとするカスミちゃんは、扉に手をかける前に止まってゆっくりとこっちを見る。その透き通った氷のようなキレイな青い目にまっすぐ見つめられると、やり場のないように感じて顔をそむける。

下に手を引っ張られたのか、大きい身体が抵抗も出来ずに上半身ごと下に向く。カスミちゃんは近くなった俺の顔をそっと両手で包んで「そないなこと言わへんよ」と逃げられなくなったその青い目と目が合う。



「洗濯するためにマシン乗っとるん?」

「違うよ!!新開さんや福富さんに恩返しがしたくてっ…!!」

「ちゃんと持っとるね、自分の”信念”いうの」

「しんねん…?」

「そ、拓斗くんは洗濯係やない。今はうちのお仕事や。拓斗くんは安心していずれ来るレースに備えて練習したったらええよ」



パッと顔を離されると言われたことが頭の中で繰り返される。俺、練習してていいのかな。謹慎がいつ終わるかもしれない中で俺が唯一できることは洗濯係をすることじゃないんだ。

何をやってたんだろう、俺。ユキちゃんやカスミちゃん、みんなに迷惑かけて心配させて…。挙句には先輩たちの期待も裏切った。だからと言ってふてくされてたら純ちゃんにも怒られちゃうよね。



「カスミちゃん、ありがとう!」

「しっかりきばり!」



握った手は小さくて、自分より頼りなくみえるのにどうしてこんなにも暖かくて優しいんだろう。細められた目元がうれしい。こんな俺でもまだ期待してくれる人がいるんだ。扉を開くとローラーを回してる荒北さんが驚いている顔をしたが、吹っ切れたのを感じたのかフンと笑ってまたペダルに集中していた。

上を見ると高いところにかかっている”箱根学園自転車競技部のジャージ”俺は取り戻してみせるよ。







(そして頭の中の指揮者はタクトを握りしめ壇上へ上がるんだ)



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