05
これはこの山神と呼ばれる東堂尽八にふさわしい勝負日和ではないか!
此処箱根一帯の山々を髄の髄まで知り尽くしている。コース取りに関しては巻ちゃんには不利かもしれないが、そんなことを理由に使い物にならないヤツじゃない。俺に有利だったとしても逆に燃える、それが巻島裕介。生涯のライバルだ。
「はぁ、せっかく風呂にも入ったってのによ…」
「ワッハッハッハ!どうせその後も走るつもりだったのだろう?」
「まぁな、こんなことになるとも思ってなかったけど」
「ユウマくん!俺が勝つところを見ていてくれ!」
「お前が勝つの前提かよ!」
燃えている兄と尽八さんの背中を追いながら「いや、俺も走るっテ…」とも言えずに愛車にまたがる。車があまり走らないという、まっすぐ平坦まっすぐ坂道まっすぐ下りという単純なコースを尽八さんから説明される。ゴールは坂を下った先の2本目の白い蛍光柱。
青いデローザのカーボンフレームを撫でながら息を全て肺から押し出す。そして勢いをつけて空気を吸うとお腹に力が入って集中ができる。今日は本気で回さないといけない。
「気ぃ付けろよ、ユウマのアレは本気で走るっていう気合い入れだ」
「ほう、それは楽しみだ!だが俺はこの地元で負けるわけにはいかないのでな!」
スタートの合図は東堂が高く放った小石が地面に落ちた音。
その瞬間ギィ、キュウウウッとペダルが回る音と勢いがついたゴムと地面の摩擦の音が響く。ユウマは久々に兄と走れる喜びと、その憧れる裕介の唯一のライバル東堂尽八の未知の実力に高揚していた。
「(兄も尽八さんもクライマーだからこの平坦の道は足をためて坂道に備えているはず)」
基本的に平坦も坂道もバランスよくこなすユウマは隙を見つければアタックするつもりだった。一緒に走ると言ったが、正直勝てる自信はなかった。闘志が具現化するとしたらユウマの目には獣が狩りをするように鋭い揺らめきがその背にはあると感じることが出来る。俺が頂上に先につくんだと叫んでいる。(いや、これはクライマー勝負ではないんだけど)
目の前をゆく対照的な走りをしている2人には、それほどまでに大きな壁を感じていた。早めに仕掛けなければユウマは間違いなく負ける。
どちらかが足を緩めるその一瞬のタイミングを狙ってペダルを回す。もうすぐ坂が近くなる。その前に前に出ないとゴールは遠ざかってしまう。
「巻ちゃん!今回も俺が頂上をとる!ユウマくんもピッタリついてきてくるんだぞ!」
「クハッ!誰に言ってるっショ!俺もユウマもお前の好きにはさせないっての!!」
坂を目の前にテンションが上がってきたのか2人がしゃべり始める。そのほんの僅かな一瞬足が緩む。ユウマは笑いながらグググッと力強くペダルを踏み込むと裕介も東堂も驚いた。隙間を縫うようにエメラルドグリーンの煌めきが視界に入ったからだ。
「ユウマくん!」
「来たな…!東堂、あれがユウマの走りっショ!」
加速するたびに星が瞬いているようにキラキラしているユウマを見て「ならん、ならんよ!!」と嬉しそうに東堂もペダルを強く踏む。裕介もニヤ気顔でスピードを速めた。
「ならんよ!ユウマくん!速いなあ!」
「そういいながら尽八さんも兄さんも息一つ乱れないでついてきてル!」
「俺たちの勝負は坂の上って決まってるっショ!」
「答えになってなイ!!」
山の天気は晴れ!雲一つない快晴!
坂に我がライバル巻ちゃんとその弟ユウマくん。こんなに素敵な日に山の神に感謝せねばならない!
巻ちゃんと俺は実力は拮抗。2人だけだったらどちらが勝ってもおかしくない勝負だ。しかしそこにユウマくんという要素がある。それだけで新鮮だし、お互いの未知の実力にワクワクしていたが、彼は予想外に速い!ペダル回しに余計なものがないというのか、正確無比でブレない走り。巻ちゃんと走るときに感じる高鳴りと同じものをユウマくんにも感じている!
「山は譲れんよ!俺の走りは森さえ眠る!!」
「それ聞き飽きたっショ!つか俺だって譲る気ィねぇよ!!」
「ロードってこんなんばっかダ!!」
「山勝負じゃないのにィ!」と少々声を荒げながら楽しそうに登板していくユウマくんは根っからのロードレーサーだ。坂で全力で回していて笑顔でいるなんて相当だ!巻ちゃんもそれが伝わっているのかサドルから腰をあげて独特のダンシングで坂上を目指してをかける。
3人が横並びするには狭さを感じる道幅を気にも留めずにペダルを回す。汗が目に入るなんて些細なこと。足が引きつるなんて些細なことだ。ギチギチのマシンで前に前に走ることが楽しい。この巻島兄弟とこの時間を過ごせることが嬉しい!
だが!
このてっぺんは俺が頂いたぞ!!
(両手を伸ばして空を仰ぎ見る山神が俺には眩しく映っタ)