03

母親がユウマの入学前に家族旅行へ行きたいと駄々をこねたのが始まりだった。
家族旅行といっても父親と長男は仕事の都合でイギリスにいるため、母と次男と末弟ユウマのみ。次男の裕介は箱根温泉の看板を見るやいなや時代遅れのガラケーで勢い良く誰かに電話をかけ怒声を飛ばしていた。



「ここね、箱根温泉の中でも口コミで1位だったのよ。だから予約は半年前からしてたの」

「おふくろ、まじで勘弁してくれ。なんでよりによって…」



”箱根温泉 東堂庵”と書かれた看板を仰ぎ見る。どうやら兄の知り合いの旅館らしく、長い頭髪を乱暴にかき上げている。必要以上に人と接しない兄のことだから連絡先を知っているからには別に嫌いな人ではないんだろうなと少し笑う。



「結構いい部屋をとったのよ、2,3日だけどのんびり過ごせるわね」

「…はぁ、まぁ山だらけってのは気に入ったかもな」


さりげなく母の荷物を持ってあげる兄の不器用な気遣いと、さりげない優しさに憧れる。母もそれを分かっているようで、ニッコニコしながら後ろを着いていく。ユウマは旅館に背を向け、箱根の山々に「しばらく登らせてもらいます。よろしくお願いしまス」と深くお辞儀をすると小走りで二人に着いていくのだった。



「東堂庵へようこそいらっしゃいました」と女将さんが挨拶をするのをみてちょっと感動。古めかしいが歴史を感じ、木柱に刻まれた年季の入った和装飾にそっと触れる。指で撫でると感じる凹凸がちょっと好きかもしれない。



母が受付を済ませ、女将さんに案内をしてもらう。長い渡り廊下にも和の遊び心と風情が彫り込まれ、目に楽しい。”椿の間”の前で立ち止まる。どうやらここが宿泊部屋になるらしかった。襖を引くと、正面に飛び込んでくるのは大きい丸い窓枠。その向こうには赤く色づく椿。なるほど、だから”椿の間”なのか。女将さんは部屋の説明が済むと、柔らかい笑顔でお辞儀をしながら退室をしたのだった。



「お母さんは自室に備え付けの”椿湯”っていうのに入りたいから、裕介とユウマも露天風呂に行って来たら?」

「はいはい、いこうぜユウマ」

「うン」



「肩まで浸かってゆっくりするのよ」だなんて陽気な母の声を背に部屋を出る。廊下に備え付けてある案内板を見ながら長い廊下を歩く。こういう風情のある旅館ではやはり長身の男性は目立つのか、やたらと人目が痛い。



ユウマは自分の顔は並、またはそれ以下だと本気で思っていた。
隣を歩く美形よろしく凛々しい顔つきと鮮やかなグリーンの長髪が視線を集める原因なのではないかと兄を見る。どうして同じお腹で育ったのに顔面の偏差値が違うのか。人体の神秘である。



「申請出せば40分は貸し切りに出来んだな」

「へぇ、兄さん貸し切りがいいの?」

「こんなナリしてるからなァ。俺もお前も目立つっショ」



ポリポリと目を合わせず頬を人差し指で掻きながら言う。ちょっと申訳なさそうに見えるのは、人目を集めている原因という自覚があるからなのだろう。「すまねぇ」と一言謝る裕介にユウマはフルフルと顔を横に振る。



「に、兄さんはかっこいいからみんなが見るのも仕方ないヨ」

「……は」



もう一度いうが、ユウマは自分の顔が並、またはそれ以下だと本気で思っている。


だが兄、巻島祐介は違う。ユウマは”美少年”という言葉が一番似合う顔だちをしていると常々思っていた。パーツは兄弟だから似るのは当たり前なのだが、柔らかい輪郭にほんのり薔薇色に色づく膨らんだ頬、少し薄い唇と、タレ目がちな目は儚げな印象と雰囲気を醸し出す。
裕介を慕って髪の毛をエメラルドグリーンに染めたと母からこっそり聞いたときは顔で茶が沸いた。


だからこそ、周りから「玉虫色のもやしロン毛」と陰で言われている自分が隣を歩いたり行動を共にするということは、同じく無駄に注目の的になるのではないかと思ったからであった。



「あ、兄さんはみんなに見られて嫌な思い、してるよネ…?」

「…もうそれでいいよ、今予約したら結構すぐ貸し切りできるらしいっショ。待とうぜ」



少し困った顔してこっちを見るなっショ。兄ちゃんさ、お前が思ってるほどカッコイイやつじゃないんだぜ。そう思いながら見つめ返してもそりゃ届きはしない。

温泉の受付のお姉さんに予約を申請すると「あと20分前後でご案内できますので、お時間になりましたら此処にお戻りください」とにっこり。ユウマにそれを伝えると、すぐ近くのフリードリンクのスペースに移動する。



「すげぇな、ドリンクバーまであるっショ」

「平日の昼間だから人が少ないネ、落ち着く…」

「同感」



兄弟の会話の平均というのは分からないが、明らかに普通の兄弟より口数が少なければベラベラ喋る方ではない。だけどお互いが隣にいるだけで居心地がよかった。”兄弟だから”というよりは”人間的に”相性が良かったのだと思う。



「あ、先ほど貸し切りをご予約された巻島様ですね。ご用意ができてますのでどうぞお入りください」

「ありがとうございます」

「入りましたら立て札をお掛けしますので、お帰りの際はまたお声がけをお願いします」

「どうも。ユウマ行くっショ」

「うン」



ユウマが立ち上がるその前にぐいーんと伸ばされた手に両肩を掴まれる。驚いて声も出ないと目の前に汗だくの美形カチューシャのお兄さん。まじまじと頭から足の先までくまなく見つめられる。顔近いし、だ、だれだこの人。



「巻ちゃん若返ってるではないか!!」

「馬鹿、離せ!こいつは弟だ!」



中々来ないユウマを不思議がって貸し切り露天温泉の暖簾をくぐる前に振り替えると、可愛い弟がどこぞの山神の餌食になっているではないか。急いでその手を振りほどく為に走った。









(てめえ!汗だくの手で触んなっショ!)
(痛いではないか!巻ちゃん!)
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