09
必要最低限の荷物が逆に殺風景を強調するようだ。それでも2桁を超える着信履歴とRINEのメッセージ数を見れば不安など吹っ飛ぶ。(まァそれと母の料理が恋しくなるのは別問題だけどネ)
「ユウマくん!出るのが遅いぞ!巻ちゃんといいユウマくんといい、俺を放置するのはないただけないな!!」
「タイミングっていうのがあるんですけド!」
「くーっ!1か月しか経ってないのに生意気な態度に!巻ちゃんの悪い影響が出ているぞ!」
「毎日毎日話してれば慣れちゃうノ」
「こんな美形と毎日話せるお前らは幸運なのだぞ!」とぷんすか。いやいやお願いした覚えはない。電話越しなのに不満気なのが分かってしまうのが悲しい哉〈かな〉。
「そんなことより、聖星学園はどうだ?」
「うン、速く回す人いっぱいいたヨ!」
「そうだろうな!去年は僅差での準優勝。特に鬼瓦と槐のコンビには随分と苦しめられたし、上りでは俺や巻ちゃんが唯我に苦戦した。やはり全国屈指の強豪校は違うと痛感したよ」
「そんなに速イ?」
「あの他を圧倒するプレッシャーはうちのエースも警戒するくらいだ」
王者箱学のエースすら目をつけるほどの男たち。鬼瓦成竹と槐響に唯我仁志。
去年のインターハイでそのプレッシャーをいやでも味わった尽八さんは、緊張感をもった声で言った。
「ま、うちにも将来有望なクライマーが入部してきてな。正直ユウマくんの走りに引けをとらない実力がある。…部活初日に遅刻する度胸もある」
「ぷクク…怒る尽八さん想像できるヨ…」
「俺も電話の向こうで手を抑えながら笑いをこらえているユウマくんが想像できるぞ、笑うな!」
「今時の若いものは年上に対して礼儀作法がなってないな!」とまたぷんすか。いやいや貴方も十分お若いのですけど。
それでもインターハイでは優勝を豪語している自信家が、たった1人の後輩1年生にいいように振り回されて頭を抱えているというのは意外すぎて面白い。面倒見はいいはずなのに上手くいかない様は話を聞くだけで笑えて来る。
堪えようとすればするだけ口元が我慢できない。しゃべる声が震えると尽八さんは「ユウマくん!」と不貞腐れたように名前を呼んでくるのがなんだか年上に思えなくて、兄さんとは違う距離感がどこか心地よい。笑うのが落ち着いてくるとまた話はインターハイに戻る。
「次に会うのはきっと夏になるだろう。また一緒に走れるぞ!」
「……ん?え?」
「どうした?」
「いやだって、俺1年生だからインハイメンバーに選ばれるかなんてわからないヨ?」
「だってあの聖星学園だよ?さっき言ってた全国屈指の強豪校ってやつノ」と続けると電話の向こうでフフンと鼻を鳴らしながら今日一番ご機嫌な声で「ユウマくんは来る…!」と大きな声で断言する。(うるさすぎてスマホが宙ぶらりんになった)
そしてゆっくりとした声色で「俺はな、」と続く言葉に、離したスマホをそっと耳にかたむけた。
「俺は今年のインハイはユウマくんもメンバーに入っていることを予想している」
「え?」
「ユウマくん、忘れられないのだよ。あの星が」
まるで本当に星を見上げながら静かな夜に囁くような小声は、簡単に俺の心を揺すぶって波紋を広げていく。その後に続ける言葉が見つからなかったけど、尽八さんは1人しゃべり続けた。俺はその日どうやって眠りについたのか、覚えていない。
(あのエメラルドグリーンがもう一度みたいのだよ)