08

「お前の兄貴には去年のインターハイ世話になってなァ…」

「山岳賞目前に抜かれて負けたっていうね!」

「口縫わないと黙れないのかテメェ」

「あ、僕3年生の槐響!気軽にヒビキくんって呼んでねぇ。こっちの口悪いのが同じく3年生の唯我仁志。どうしようもないクライムバカだから巻島くんに負けて悔しいんだよね」



唯我が槐の頭を掴みながら「カチ割られる前にだまれ」と脅している。ユウマは目をぱちぱちしながら兄に負けたという唯我を見た。筋肉に無駄のない脚質はもちろんクライマー。ふくらはぎが妙に膨らんでいるのが特徴的で、狼のようにスラリとしている。

全く関係のない因縁をつけられたものだが、面白い。そう感じていた。実力派揃いで有名な場所で初っ端走れるなんて。お手並み拝見はこっちのほうだと息を深くはく。



「俺はクライマーだ。もちろん勝負は登り」

「うちは自転車競技部のために作られたコースがいっぱいあってねぇ、1番斜度が鋭い坂で勝負したいって仁志うるさくて…」

「1番、斜度がすごい坂…?」

「スタートラインに並べ、巻島弟」



今日もよろしくナ、とフレームを撫でながら肺を潰すように静かに空気を押し出す。勢いよく呼吸をすればお腹に力が入る。これは本気で走るっていう俺のジンクスのようなもの。

唯我先輩に促され白いスタートラインに並ぶと真横から気迫を一心に感じる!”出る杭は打つ”というよりは”出る杭を捻りつぶす”ようなプレッシャー。槐先輩の腕が縦に振り下ろされると鎖を外された獣が前へ飛び出す。

走り出しの機動力が他の人とは違って速い!それは足からペダルに伝わる力が確実に伝わっているということだ。しかし出遅れたことに焦りはない。むしろ冷静に物事を見ている自分がいる。



「無理をすれば脚を引きちぎられ、幾人もの選手生命を散らしてきた坂だ!俺はこの坂を確実に登れる実力がある!!」

「っ!!」

「斜度25%。正直今のところ俺しか使ってねェ!お前は登れるかなァ!!」



ゆるやかに5%、シッティングが辛くなる10%、激坂と呼んでいい20%。
それを超える25%!正直これを作ったヤツは大馬鹿だ。そして登り切ったヤツも相当大馬鹿である。

ユウマは裕介とはまた違った揺れ方をしながら確実に登っていく唯我を見る。汗が噴き出ているが拭うことも忘れるほど酷く集中していた。
自分の前に誰かがいるのは好きではない。その達成感に浸る愉悦と視界いっぱいに広がる1本道の景色には誰もいらない。そのためには前を自分以外が走っているのは頂けない。ならん、ならんよ!というやつだ。

カチッ、カチッと一個ずつタイミングを図りながらギアを重くしていく。頭がチカチカしてくる。星が頭の周りをぐるぐるしているようだがペダルを踏むたびに前に出るからやめられない。



「唯我先輩はすごいクライマー、こんな坂俺でもちょっとキツイ!!」

「なに…?」

「はぁ…はぁ…でも!!っ俺でも登れる坂ダ!!」

「ハァ!?」



笑ってやがる!
相手を気にしている場合ではないし、ましてや会話などしている余裕がない場所まで登ってきているというのにコイツはなんで嬉しそうに笑ってるんだ。ぶさけるなよ、登れる坂だと?俺がロードをはじめて6年間という時間を登りだけに使い、この激坂の頂上にたどり着くまでの努力を足蹴にするような言葉だ。ぶっつぶす。

頭から上半身をフレームにくっつけるように姿勢を丸めて一定のリズムを加えながらダンシングをする。車体は跳ねるように走るが身体がブレないこの走りを誰だか”狼のようなペダリング”だと言っていたっけか。少しずつだが巻島弟との差を広げていく。

が、なんだ。アイツの周りに見える星は!真横に並ばれると正面から風が吹く。目を細めた一瞬で星がチカチカ広がって見えた。幻覚に決まってる!汗が光って見えているとかそんなんに決まっている!



「アハッ!!唯我先輩!!ゴールはもらったっショ!!」



あの夏の日に聞いた「俺がゴールを獲るっショ」と不気味な顔で笑った玉虫色の髪を靡かせたヤツを思い出す。小蜘蛛野郎、テメェの弟やっぱお前にクソほど似てねえわ。なんであんなに嫌味なこという癖にいい笑顔で笑えるんだよ。揃ってクタばれや。










(はーー、クソッタレ)
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