07

楽しかった箱根の時間もあっという間に過ぎ、ついに明日からは入学式だ。
聖星学園の学生寮を希望していたユウマはしばらく戻ることがなくなる自室がガランとしたことを少し悲しんだ。寮では一人部屋を希望していたのが通ったおかげでうるさくされないということだけは良かっただろう。


その日の夜はよく眠れたと思う。母の美味しい手料理。兄と語った今年のインターハイ。2桁を超えた東堂の着信履歴。いつも通りの1日を過ごしたことが何となく嬉しかったのかもしれない。明日からしばらくこの部屋では眠らないのだと深呼吸をした。



1年A組出席番号24番 巻島ユウマ

入学式が終わり新しい教室へ入って、出席番号で決められた席へ座る。教卓から見て窓際2列目真ん中の席だ。ユウマは何も考えず今さらながらパンフレットを流し見する。

聖星学園は”古き良き伝統と、生徒の自由性”ということを掲げている全国屈指の優良高校。今年の倍率は20倍。それほど受験者がいたということである。静かに周りを見る。今こうして「初めまして!」と挨拶し合っているクラスメイトたちは厳しい勉強や推薦の狭き門を実力でくぐってきた精鋭なのだ。

いつの間にか来た先生と、クラスメイトの覚えられない顔と名前をゆっくり反芻する。



「部活希望があるやつは今配った入部届けを書いて顧問と部活長に提出な。委員会とかはまた今度決めるから。じゃあ解散」



半目で眠そうな顔をポリポリ掻いてダルそうに退出する担任を見送るとまた賑わう教室。ほとんど中身の無いバッグを引っ掴んで立ち上がる。

フレンドリーな人が多いのか「またね巻島くん」「じゃあね!」「ユウマくんバイバイ!」と扉をくぐろうとする背中に声をかけてくれる。しまいにはバチンと背中を叩きながら「じゃあな」と走り去る男子まで。(初対面にやることではないと思ったのは心の内に留めておこう)



「すごい広いっショ…」



聖星学園の中でどの部活より力が入っている”自転車競技部”は、入部希望者が恐ろしく多く、外に出れば人に道を尋ねなくてもすぐわかった。入部希望者の行列の最後尾は部室とは程遠く、ロードウェアを着たサポーターが”こちら最後尾”の看板を掲げている。

たかが入部届けを提出するだけなのに1時間。ユウマはようやく自分の番が回ってきたがくたびれていた。これから何をするにもこんなに時間を取られてしまうのかと頭を抱えたくなる。



「お前が最後だな、名前は」

「ま、巻島ユウマでス」

「巻島ユウマ?」



頭髪が短い鬼のように顔面が怖い先輩が小首を傾げる。その横にいた黒い髪に赤いメッシュを入れたにこにこ顔の先輩の目が輝く。両手を机にバンッと叩くと前のめりになって、マジマジとユウマを頭からつま先まで見る。



「うわぁあ!!君、総北の頂上の蜘蛛男〈ピークスパイダー〉の弟くんでしょ!!噂は聞いてるよ!!」

「ああん?小蜘蛛の弟?」

「そうです、けド…」



後ろから入ってきた汗だくの金髪の先輩がユウマを睨む。「クソほど似てねえ」とユウマの両頬を片手でつまんで顔を近づけてくる。「もお!星の王子様にひどいことしないでよお!」と抗議する声も無視。ユウマは急に頬をつかまれ驚いて硬直した。ここに兄がいてくれたら「おいやめるっショ!」と止めてくれるのに。



「おいナル、こいつとクライムさせろ」

「仁志…!1年生は明日から!」

「るっせ、俺はナルに聞いてんだ」

「…1回だけだ、2回はない」



「ナルちゃーん!!」「槐、許可してやれ」と先輩たちが言い争いをしている間にユウマの頬は解放された。さすりながら”クライムさせろ”という言葉の意味を考える。チラっと横を見ると金髪先輩はニヤつきながら「おまえのマシンとってこいや。どうせその下レーパン着てんだろ」とお尻を叩かれながら追い出される。



ユウマはこれからまだ名前も知らない先輩と走ることに疑問を持ちながら専用の自転車置き場に向かった。







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