うだるような暑さの中、蝉の声が耳をつく。
オレは自販機で買ったアイスコーヒーを喉に流し込むと、辺りを見回した。

この暑さと平日という事も相まって、公園に人の姿はまばらだ。携帯の表示を見ると、昼過ぎ頃。そろそろ彼女が来るだろう。

そう思いながら公園の入り口に視線を走らせると、こちらに向かって走ってくる1人の姿が視界に入った。


「…っ、はぁ、はぁ。ごめん、待った?」
「いや、全然待ってないよ」
「ホント?良かったぁ」


お名前は息を整えながら、にこりと笑った。

淡いレモンイエローのワンピースがよく似合っている。丁寧にブローされた髪や、薄く施された化粧。もしかしたらオレのために可愛くしてきてくれたのだろうか、などと期待してしまう自分がいる。


「とりあえず、行こうか」
「うん!」


ふわり、と微笑む彼女。
それを見ながら、好きだなと思うと同時に、彼女の気持ちが未だ手に入らないことにちくりと胸が痛んだ。



並んで歩き、広大な公園の敷地内にあるカフェへと入る。ここはお名前が行きたいと以前零していたから、オレから誘った場所だ。


「伊角君は何にする?」
「うーん、そうだな」

メニューに視線を落としていても、神経はお名前に全集中。コーヒーやパスタ、スイーツの写真が並んでいても、まるで頭に入ってこない。


「じゃあ私は、アイスカフェラテとシフォンケーキ!」
「へえ、いいな。じゃあオレは…」


やばい。何にしようかなんて全然考えてなかった。
とりあえず最初の方に載っていた、アイスコーヒーとショートケーキを注文する。

注文した飲み物やケーキが運ばれてきてからも、お名前とオレは何気ない会話を交わした。

昨日は仕事がどうだったとか、最近見て面白かった映画は何だったとか、この前食べたご飯が美味しかっただとか。

どうでもいいような中身のない会話かもしれない。けれどそのどれもが、オレにとっては真剣に聞くに値した。全部、相手がお名前だからだ。




カフェを出て軽く歩いた。
ちょうど木陰になっていた場所があったので、そこで少し話さないかと提案する。お名前は笑顔で同意してくれた。

2人で並んで木造りのベンチに腰掛ける。
柔らかい風が頬を撫でて心地良かった。横を見ると、お名前も同じだったようで、目を閉じて風を感じている。

その横顔が愛しくて、けれど同時にこの関係がもどかしい。そう思いながら、オレは静かに口を開いた。


「…お名前は、どうして今日、来てくれたんだ?」
「え?」
「今日だけじゃない。オレの誘いを断ったことないよな。メールだって必ず返信をくれるし、電話だってたまにくれる」
「…うん」
「…気付いてるよな?オレの気持ち」


お名前が驚いている気配が伝わってくる。
こんなことを言われるとは思っていなかったのだろうか。


「オレの誘いを断らないのも、連絡してくれるのも、お名前の優しさなのか?」
「…」
「答えて欲しい」


お名前の戸惑う顔を目の前にしても、止められない。
だってもう、オレは随分耐えてきた。

その黒目がちで大きい瞳も、少し色素の薄い黒髪も、白い肌も、柔らかそうな唇も。

すぐ隣にあっても、何一つ触れられなかった。


「頼む。…そろそろ、限界なんだ」


目の前にいる彼女の想いが手に入らないのなら。
こんなふうに、まるで恋人同士のように並んで歩くことをやめたかった。




「…まだ、分からない」


たっぷりと沈黙してから、お名前は言った。


「伊角君といると楽しいし、何をしているのか気になる。今日も会いたいなって思ったから来たんだよ。…でも、自分の中でこれが恋なのか、まだはっきりと分からなくて」
「…」
「それを確かめるために、私は伊角君と一緒の時間を過ごしてるんだと思う」
「…それなら、まだ可能性あるって思っていいのか?」


お名前をまっすぐに見てそう尋ねると、彼女は視線を宙に漂わせながら「うん」と頷いた。その顔はとても赤く染まっていて。そんな顔を見せられて、期待するなと言う方が無理な話だ。


「…じゃあ」


彼女の肩をそっと抱くと、お名前は驚いてオレを見上げた。ああ、きっと、もうすぐだ。


「オレのこと、好きになって欲しい」


囁くようにそう告げる。

彼女の気持ちをまっすぐにこちらへ向けてやりたい、という思いを込めてそっとキスを落とす。

その唇は想像よりもずっと柔らかいもので、オレはより深く彼女に魅入られていくのを感じた。





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