海王中学校。
全国有数の進学校で、囲碁部が強いことで有名だ。
私はここの学生で、現在勉強についていくことに必死になっている。


「そうそう、でね…」
「えー、ホント?」


授業と授業の合間の休み時間。
生徒たちは思い思いにおしゃべりをしたり、席に座ったままくつろいだりとさまざまだ。

心の底から羨ましい。
私にはそんなふうに談笑している余裕なんてないし、こんなわずかな時間でも、教科書と睨めっこするしかないのだ。


「んー…」


このページがよく理解できなかった。
進学校ゆえに授業の内容は難しいし、先生だって同じところを優しく解説してくれるわけでもない。自分で考えて理解しろ、のスタイル。みんなは私と違って頭がいいから余裕なのだろうか。


はあ、とため息をつきながら、ふと隣の席に座る人物を見やる。彼は塔矢アキラ君。休み時間中はいつも、1人で席に座りながら本を読み耽っている。

その背表紙には「定石」だの「詰碁」だの、私にはとても理解ができない文字が連なっている。彼はここの囲碁部のエースだというウワサを聞いたし、きっと囲碁関係の本なのだろう。


「…?」


私の視線に気づいたのか、彼がこちらを見た。
バッチリと目が合い、私は慌てて視線を逸らす。

塔矢君はいつも、どこか冷たいオーラを纏っているような気がする。クラスメイトのみんなとは何かが違う。ここにいるようでここにはいない、みたいな。うまく言い表せないけれど。

ともかく、そんな彼と目が合ってしまって動揺してしまった。私は再び教科書に目を落とし、勉強に集中しているフリをした。


「ここが分からないの?」
「え?」


席から少し身を乗り出して、塔矢君が私の教科書を覗き込んでいる。うわ、どうしよう。こんな事も分からないのか、とか思われてやしないだろうか。


「うん、そうなの」
「ここはね、この数式を元にして…。こう考えると分かりやすいよ」


塔矢君のシャーペンが、すらすらとノートを走っていく。…すごく分かりやすい。


「塔矢君、勉強できるんだね」
「そんな事ないよ。人並みだと思う」
「でも、休み時間中はいつも囲碁の本読んでるよね。追試になってるとこも、見た事ないし。補習受けた事もないんじゃない?」
「そうだね、ないかな」
「羨ましい……」


なんでも卒なくこなすタイプって事なのかな。
私は人より努力して、初めて人と並べるかどうかの人間だから、塔矢君が心の底から羨ましかった。


「大丈夫、すぐに理解できるようになるよ。良かったらボク、教えようか?」
「え、いいの?」
「もちろん」


そう言って彼はニコっと笑った。
その笑顔が、普段のクールな彼からは想像もできないくらいに可愛らしい。以前に女子の誰かが塔矢君のウワサをしていたけれど、理由がわかったような気がする。


「それじゃ、やっていこう。机、くっつけてもいい?」
「あ、うん!」


塔矢君が机を移動させて、私の方へと距離を詰めた。とても近くて、少しドキドキする。

クラスメイトの女子がちらりとこちらを見て、ヒソヒソと何かを言っているのが視界に入った。

どこか嫉妬まじりの視線を浴びながら、彼女たちが何を話しているのか少し気になったが、今は勉強に集中すべきだと思い、私は塔矢君の言葉に意識を向けた。



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