「あ、お名前ちゃんめっけー」

「うわ」



放課後。ホームルームが終わって、鞄を引っ掴んで速攻で帰ろうと廊下に飛び出した、その時だった。


背後から声がかかり振り向くと、想像通りそこには佐野万次郎君の姿があった。しかもご丁寧に手を振ってこちらに笑いかけている。



「ねー、なんでそんな急いでんの?一緒に帰ろ?」

「用事あるので失礼します」

「いーじゃんちょっとくらい」



人の話を聞いているのか聞いていないのか、佐野君はニコニコと笑みを浮かべながら私の後をついてくる。


彼はこの辺りじゃ超有名な暴走族の総長。
私はなぜか彼に気に入られてしまっている。


元々地味で大人しい私は平穏な日々を送っていたというのに、彼のおかげでその生活は180度変わってしまった。



「あっ、マイキーだ」

「聞いたぜ。またどっかの不良チーム潰したって」

「うわっ、こえーこえー」



佐野君を見かけた人々の囁き声があちこちから聞こえてくる。そして畏怖の念を抱く視線はすぐに私に向けられ、皆小首を傾げるのだ。



「マイキーと歩いてる女、ありゃ誰だ?」

「知らねー。見たことねェし」

「あんなヤツ学校にいたか?」



ええ、いますよ。いますとも。

下駄箱で靴に履き替えながら心の中で呟く。
地味で気づかなかったかもしれませんがあなた方と同じ学年です。


佐野君もひょいと靴を履くと、「で、どこ行く?」と私に尋ねてきた。



「…っ、だから!私用事あるって言ってるでしょ?!」

「そんなの知らねーよ。オレはお名前ちゃんとデートしてぇの」

「で、デート?!」



中学生でデートなんてまだ早いのでは?とか思ったりしたが、不良の界隈では何事も早そうだもんな、と思い直した。(※完全なる偏見です)



「オレ、チャリでガッコー来てっからさ。後ろ乗んなよ。ね?」

「!!!」



何食わぬ顔で手を取られる。
佐野君がそのまま歩き始めるものだから、私は激しく動揺した。



「あっはは、赤くなってんじゃん。カワイー」

「な、なってない!」

「強がっちゃって。それともこっちのが良かった?」



するり。
手を一度離されたかと思うと、指と指を絡め合うようにして繋がれた手。俗に言う恋人繋ぎってやつじゃないか。



「ーっ…!!」

「いーじゃん。コイビト同士ってカンジ?」



ご満悦な様子の佐野君。
慌てて手を振り払おうにも、がっちりと掴まれていて到底離すことなどできない。


そのまま停めてある自転車まで来ると、「鞄、カゴに乗せるから貸して」と手を差し出された。



「…、佐野君は」

「ん?」

「どうして私なんか構うんですか…。地味で目立たなくて、存在すら認知されてないような人間、なのに」



そう。
佐野君みたいにド派手で、仲間がたくさんいて、毎日どこかで騒いでいるような人間とは住む世界が違う。

教室のすみっこで小さく縮こまって、いてもいなくても同じような存在の私。そんな私にどうして近づいてくるんだろう。



「どーだっていいじゃん、そんなん」

「…」

「オレがお名前ちゃんと話してぇだけ。それじゃダメ?」



にこ、と笑みを浮かべる佐野君。

…あぁ、きっとこの人はこうやって、人の心にすんなり浸透していくのかもしれない。だから彼の周りには、人が集まるのかもしれない。

そんなことを思った。



「…そんで、」

「?」

「デートどこ行こっか?オレ、甘いもん食いてぇなー」

「…っ、行きません!!」



断ったのにも関わらず、「いーじゃん、ほら」と言って鞄を奪い取られた。

そのまま自転車の後ろに乗せられて、佐野君と二人で放課後を過ごすのはまた別の話。




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