▼アンケート結果をうけて



[くまいま]


「『ね、財部ちゃん、』」
「なんですか球磨川せんぱい」
――今、私は普通の声、普通の仕草、普通の表情で今のセリフを紡げただろうか。
そんな心配がほんの少しだけ頭をよぎって、でもたとえ「普通」じゃなかったとしても(たとえば若干頬を赤く染めていたり、それとも恐れたように彼を見上げたりとか?)このせんぱいは気にも留めないような気がして、考えるのを止めた。

そのかわり、どすんという後頭部の痛みとか、あのキラキラとひかる、まるでドブが太陽に照らされたみたいなつややかさを持った目が自分の鼻先にあるという事実とか、ざらついた制服の感触とか、そういう感覚が一気に襲い掛かってくる。

いや、まぁ襲いかかって来たのは「感覚」じゃなくて「せんぱい」なんだけれど。

「『重い?』」
えぇ、と言おうとして止めた。
さっきから止めてばかり。そんな気がして少しだけ面白かった。昔なら、やめたりしなかった……かもしれない。

「平均的な男子高校生より若干軽いんじゃないでしょうか」
「この人まじ頭おかしいんじゃねえのか」
だってこの人、今なにしてると思ってるんだろう。いきなり健全な年下女子を床に押し付け押し倒して、挙句の果てに重いとか聞いちゃうって……
ほんと、意味がわからないな、と思う。気遣ってるのか、それとも、プレッシャーをかけたいのか。多分何も考えてない。

きっとそんな思考がそのまま表現されたような目付きだったのだろう。
「『…………』」
「『最近財部ちゃんがこなれてきちゃって悲しいなぁ……』」
昔の純粋だった財部ちゃんが恋しい、なんて悲しげにふざけたことをうそぶいている。
「私はかわってませんよ」
「かえたのはあなたでしょ」
そう答えたら満足したように彼は、
「『うん、そうだね』」
そう言って、すぅと太ももに暖かい手を這わせる。その手の暖かさは変わらないし、きっと私の太ももの暖かさも変わらない。なら、それでいいんじゃないだろうか。このせんぱいがそうやって、私に現実を教えてくれるなら、「僕」は幸せなんじゃないだろうか。そんなことを思って、「私」は少しだけ唇を噛み締めた。







[名瀬古賀名瀬]



風呂で鏡を見ていた。

「名瀬ちゃんは素材がいいから」と古賀ちゃんはいつも言う。

なんでも似合うね、なにしても可愛いね、なにしても大好きだよ。
そんなとき、自分がどうしていればいいかわからなくて、黙ってしまう。
そうやって笑うと、古賀ちゃんは寂しそうに微笑む。その顔が嫌いで、そんな顔をさせている自分が嫌いで、少しだけ安心する。そんなことの繰り返しで、少しずつ自分の心に傷がついていくのを感じていた。懐かしい感覚だった。それは古賀ちゃんにあってから、大分薄れた感覚だった。

「あー……」
でも苦しいと思った。
ちゃぽん、とお湯が落ちる音が浴室に反響する。鏡から目を逸らし俯くと、自分の、傷だらけの身体が湯船に屈折して映っている。あまりにも汚くて、すぐに顔を上げまた鏡を見た。
今は流石に包帯も何もかも外していて、素の自分がいる。「名瀬夭歌」というよりも「黒神くじら」っぽい。

「はぁ……」
グジグジと考えあぐねるのは自分らしくないと思った。ガシガシと頭をかきむしる。濡れた髪から、飛沫が飛び散る。その様子をみて思い出した。そのような思考回路を、一度俺は失った――否、自ら消した。考えを持たず、ただ「素晴らしいもの」を作るというソレだけに全てを費やし、中身を空虚にして、考えるという行為を捨てていた。地獄に行こうとして、結果的に楽な道を選んでいた自分は、過負荷の奴らが言うように「甘ちゃんの幸せもの」だと思う。ぽたん、ぽたんと雫が垂れる。結局、志布志の「致死武器」を食らってやっと、そういう思い出とか考え方とか、「自分」を取り戻したのは皮肉だな。


「古賀ちゃん、古賀ちゃん」
好きだ。大好きだ。思わず名前を呼ぶだけで、甘えた響きが生まれてしまうぐらいには大好きだ。なんでそんな「いじわる」をするんだ。俺はどうしたらいい。

「……好きだ」
ずくんと胸の奥が痛んで、その痛みは今までありとあらゆる「不幸」を味わって咀嚼して嚥下してきた自分でも体験したことのない「いたみ」で。
あぁ汚くて気持ち悪くておかしい俺なんかより、古賀ちゃんの方が可愛いよ。古賀ちゃんが着たらどんな服も可愛いし、どんなことやってても可愛いし、何やってたって大好きだ。
だけど、俺が言えば、きっと古賀ちゃんは――

「……なんて、いうんだろ」
想像もできなかった。俺みたいに、黙ってしまうのだろうか。いや、そんなことはない気がする。じゃあ、どうするんだろうか。

「……試せば、いい」
そうか。こんな簡単な方法なかった。自分がわからないことは、人に教えてもらえばいい。な、古賀ちゃん、教えてくれ。
――俺の「好き」と、古賀ちゃんの「好き」は、一緒なのか?

そうだったらいい、そう思って立ち上がった。びしゃびしゃと水音が反響して、さっきまでの静寂が嘘みたいにうるさかった。






[門司球磨]



「…………人吉が今どこにいるか、だって?」
「『そう!彼の判子がいる書類があるんだけど、今見付からなくってさ〜』」
今日は生徒会ないんだけど、この書類は今日までなんだよね。
そんなことを芝居がかった仕草で書類をヒラヒラとさせながら言った球磨川に、門司ははぁ、とため息をついた。


門司はいつもどおり普通に、部活帰りにとぼとぼと学園敷地内を歩いていた。喉乾いたなとか、明日も学校かよだりーとか、日向シメてえとか。そんな普通のことを考えながら。
だが――突然、冷たい風が背後に吹いた(ような気がした)。気のせいだろう。そう思っていた。
なぜなら、そういう悪寒が背筋を走った時いつも――

「『いぇーい門司くんっ』」

こいつがいるからだ。

頭痛がする。そう思いながら門司はため息をついて振り向いた。


そう最近、やけになつかれてしまったのだ。
最初はたまたま人吉とこいつがいるところに俺が出くわせて、そのときに人吉が俺を(余計なことに)こいつに紹介してしまったのだ。そのときの俺の対応がよくなかった。いや、こいつの噂はかねがね聞いているし実際自分の身をもってこいつの恐ろしさを知っている。今でもあの学年集会の恐ろしさは冷や汗が出る。だが、人吉と話しているこいつは普通に見えて、だから普通に挨拶して、「よろしくな」なんて――軽率な言葉を紡いでしまったのだ。

その瞬間こいつはすごく嬉しそうに笑って、そしてボロボロと泣いて(俺は口から心臓が出るほど驚いた。)こう言った。
「『同級生の男子に普通に話しかけてもらったの初めてかもしれない……!』」
――人吉がやべえ、という顔をしたのが印象的だった。


そんなことをその一瞬のうちに回想した門司は、なにも口にできず球磨川を見やる。しかしそれを気にも留めない様子で球磨川は言葉を重ねた。

「『善吉ちゃんどこにいるかとかなんか知らない?』」


ひいいいいとおおおよおおおしいいいい!!お前が面倒に首突っ込むのは別にどうでもいい!でも俺を巻き込むな俺を!!!!てか助けて!!!!!

そんなことを内心叫びながら、それでも普通に対応した門司は流石暫くグレていただけはある。もしここに黒神真黒がいればこう解析したかもしれない。実際はめだかなど<異常>と触れ合っていたせいで、そういう<普通でない>ものに少しだけ常人より対処能力があるのかもしれない、と。しかしそれも憶測の域を出ないのである。


「……えーっと、球磨川?」
恐る恐るそう切り出せば、
「『……』」
「な、なんだよ……」

何も返答がなく、不審に思い眉を顰める。すると――

ぼろぼろっ。


「!?!!な、なんでまた泣いてんだよ!!!」
え、えっ、俺なんかした?なんかしたっけ??
そうグルグルと考えると、球磨川は『ごめんごめん!」と泣きながら笑い、目元に手をやって涙を拭きながら答えた。

「『いや、同級生の男の子に普通に名前呼ばれたのって久々だったから……』」
「………あぁ、そう……」
コレ以外になんの返答のしようがあるんだ。人吉なら知ってるのだろうか。そう思いつつ門司は後ずさりながら答えた。

「俺、人吉がどこにいるかなんて知ら……」
「『あ、もうそれはどうでもいいよ!』」
言葉をかぶせるように、球磨川は笑顔でそう切り出した。
「!?」
「『門司くん見かけて普通に話しかけたかったんだけど、なんだかきっかけがつかめなくて……』」
「書類は!?」
「『あーさっきいったのは嘘じゃないけどもうどうでもいいや。明日めだかちゃんに怒られればいいだけだし』」
「お前あのバケモノ女に怒られることを『だけ』って表現できんのか!?」
「『やん☆褒めないでよ……///』」
「褒めてねえわ!!あとスラッシュを口で言うな!」
「『言わなかったら読者にはバレないのに』」
「メタネタはやめろ!」

ぜーはーと文字通り息をつく暇もなく怒涛のツッコミをした門司に、球磨川は嬉しそうに笑った。
「『やっぱり門司くん面白いよ!僕を見ても怖がらないし、ツッコミいれてくれるし』」
「……あぁそう……」
「『今度もなんかまた変な用事作って話しかけるね!』」
そう言って球磨川は『ばいばーい』とどこかへ駆けていく。門司はその背中を見ながら、ほんの少しだけ微笑んで言った。
「フツーに話しかけてこいよ、フツーにさ」

それが難しいんだろうな、なんて門司は思いながらいつもどおり帰路につく。いつもどおりの、普通の一日だった。

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