※火黒前提黒子くんです。 ※高尾と黒子しか出ない。 ※高尾くんがそんなにHSじゃない おk? 「実はボク――火神くんと付き合ってたりするんですよ」 「……は?」 黒子は、さして大したことでもないようにそう言った。 「もちろん、恋愛的なものです」 「………そ、そうなの、か」 その余りにも普通な態度に、オレはリアクションを取り忘れてぎこちなく納得してみせる。黒子はその様子を無言で眺めた後に、呟いた。 「……高尾くんなら、ボクらと同じ立場かと思いまして」 ――キミ、緑間くんのこと、好きでしょう? ガラスのように無機物的で、そのくせちゃんと鈍く光っている瞳。 黒子はそんな風にじっとオレを見つめた。何もかも、知っているとでもいうように。 黒子は机の下で行儀よく重ねていたらしい手をテーブルの上に置いて、トン、と催促するように叩く。いや、きっとそれは気のせいだろう。だけれど 「……」 オレはその音に萎縮したみたいにうつむいてしまった。いや、実際萎縮してしまったのかもしれない。それでも、このまま「無言は肯定」だなんて情けない真似はしたくなくて。 「――そうだよ」 オレは、真ちゃんが好きだ。 そう言い放ったあと、あ、と思った。想定したよりもしっかりとした声が出て、思わず自分でも驚いてしまったのだ。 そんな風にして思わず顔を前へと向き直すと、黒子がかすかに笑っていた。 黒子くんが企んでた話 1 オレは、ぼんやりと車窓から外を眺めていた。ゆったり、という形容詞は全く似合わない速度のおかげで、外の様子は全く窺えない。だけれど、オレはただぼんやりとその見てても全くおもしろくもない景色を眺めていた。 今日は久々のオフだったりするのである。大変めずらしい。 きっと本当は家にのんびりしてるのがいいんだろうなぁなんてのは確かに思った。が、今オレはしばらくぶりに私服へと着替えて電車に乗っている。ちゃんとした私服を着るのは何ヶ月ぶりか。あと、電車も普段の登下校はもっぱらチャリかリアカーなので、全く使わないといっても過言ではない。 久々に乗り込んだ電車は、息苦しいほど人がたくさんいて、少しだけ疲れる。運良く座ることができたが、目の前に人が沢山立っているというのはあまり慣れていない。それでも、誰もオレ自身をちゃんと見ているわけじゃないからマシなのだが。 視線を窓から手元のiPodに移して、すぅと目を閉じた。直前、オレの前に立っている人の後ろの後ろの後ろの人が、ふぅ、と溜息をついたのが"視"えて、オレも釣られて息を吐き出す。 そう――オレは、疲れていた。 理由は簡単だ。予習で補習で課題で人間関係で、そして部活で――頭も身体も休む暇もなく、毎日がただひたすらに進んでいくから。ただそれだけ。それだけで、人間は簡単に疲れて参っちゃうのだ。 それは、確かにほんの少し恐ろしくて、だけれど今について考えなくていい分すごくラクな生き方だとオレは思う。 高校生って身分のオレは、未来を選ぶ為に勉強したり部活したりしているけど、本当は現実(いま)すらちゃんと生きられてないんだってことを、気づいたのはつい最近だ。なんで気づいたのかは正直覚えていない。ほら、こういうとこも今を生きられてない証拠だ。昨日何したんだっけ。どうせバスケだと思う。"いつもどおり"ならば、学校にいって勉強して授業中ちょっと居眠りして真ちゃんに怒られて一緒にバスケしてそんで帰って飯食って予習して寝た。固定化された一日だ。 それに、飽きていた。疲れていた。 気づいたオレが賢いわけじゃなく、きっと気づかないほうが賢い。正しくいうなら気づかないフリってヤツ?充実しているけど、心のなかは空っぽになっていることを、誰が自ら気付こうなどと思うのか。どうしてオレも我に返ったりしたんだろう。 (……本当に、馬鹿だ) イヤホンから耳に注ぎ込まれる音楽が今、ちょうど終わって次の曲へと変わった。 さっきまでのロックな曲調の後味が薄れるぐらい感傷的なバラード。シャッフルにしてたから仕方ない。流れてくる曲が気に入らないオレは仕方なく目を開けて、次々と曲を変更させていった。そんなのもなんだかオレの性格をよぉく表しているような気がして、オレは更に自嘲的な気分に陥るのを感じた。 っていうか、正直そういう風に自嘲することで更に疲れているんじゃないかとオレは思っていたりもする。それでもオレは思わずに居られないのだ。オレはつかれている。 そして疲れているからこそ、そんな空っぽな心の中を何で満たそうなんて言葉に出すのも恥ずかしいことを思う。多分ソレを満たすために、世の高校生は恋愛に「精」を出すんだろう。いや、そーいう下世話なギャグじゃない。あ、わかんないなら大丈夫! (……って、自分相手に何弁解してるんだか) オレはそんなくっそくだらねー理由に自分の好きな人を利用したくはないと思う。 だけれど、だけれども――? (……もーわかんねえ) オレははぁ、と力なく溜息をついて、もう一度窓の外に目をやった。面倒な思考は放棄するに限る。 先程はああいったものの、動体視力もそこそこ良いオレは、頑張ればこの電車の速さでも窓の外の景色、看板に何が書いてあるかぐらいなら読めるだろう。 ただ、疲れるからそんなことしない。疲れるのは嫌いだから。そのくせのんびりしているのは少しだけ怖くて。本当に疲れきったオレは、一般論から言えば確実に休息とかいうものを求めているはずだったが。 前に立っているおねーさんがこちらをチラとも見ずに、スマートフォンを超高速でいじっているのをみて、なんだか安心する。そして、周りにいる人は誰も彼も、携帯いじったりスマホいじったり本を読んだり新聞読んだりゲームしたり寝たりしてみんな目の前の現実を見ていない。例えばオレの目の前にいるこのおねーさんも、電車から降りた途端目の前に黒髪で目がちょっと鋭くて気怠そうな男子高校生がいた事なんか忘れてしまうだろう。オレも多分このおねーさんのことなんか明日には忘れている。 今ここにいるだれも、現実(いま)を見ようなんて思っていない。 そして、それで、いいはずだったんだ。 オレは再び目を閉じて音楽に浸っていると、電車はホームへと滑り込んだ。オレはそこそこの人並みに押されながらICカードを鳴らして改札を通った。 2 目的は都心の本屋だった。随分買い溜めている中学の頃から読んでいる漫画の続き。高校に入ってからなかなか買ってなかったのだが、もう五冊分も新しいのが出ていた。 駅から5分どころか駅の中にでっかい本屋が入ってる。便利だけど味気ない。ごそっと五冊手に取って、 (……コレ買ったらなんにもすることないかも) そう考えながら、ふと顔を上げた瞬間。 「……くろ、こ?」 見慣れた顔が、向こうの棚から覗いていた。ひょこり、と薄い水色の髪の毛が動き出す。そして黒子は軽く手を上げて近づいてきた。 「……本当に、よく気づきますね」 オレは少々面食らいながらも、手にしていた五冊をそのまま棚に元通りしまい、黒子の方に向き直った。 そして瞬時に人好きのする(と評価される)笑みをパッと作る。正直、さっきまで完璧にオフってたもんだから、ちょっとだけ上手くできていないかも。まぁ、黒子だし大丈夫か。そう思い、言葉を紡ぐ。 「今日誠凛も休み?」 「ええ、秀徳――高尾くんもお休みなんですね」 「まーな!久々にオフだからさ〜ちょっと出掛けようかなーってさ」 「そうですね、ボクもなかなか本屋には来れないので……」 黒子は買ったばかりなのだろう、文庫本やハードカバーが数冊入ったビニール袋を掲げてみせた。 「黒子は今から用事あんの?」 「?いえ、特にはないですが……」 不思議そうに首を傾げた黒子に、オレはなんとなく思いついたことをいった。 「じゃあさ、折角だしどっか入らね?」 「高尾くんは何か用事があって……」 怪訝そうな目に見つめられて、オレは特にごまかす気も起きずに返す。 「いんや、別に急ぎじゃねえし!」 「はぁ」 「じゃあマジバとか?」 「ええ、いいですよ」 3 そして、冒頭に戻ったりするわけなのだ、よ。 さっきまでフツーにバスケの話とかしてたのに、オレが冗談で彼女とかいんの?とか聞いたせいでこんなことになってしまった。やぶ蛇どころじゃあない。 っていうか、なんでコイツオレが真ちゃんが好きって知ってるんだろ。そんなにオレ、わかりやすいのかなぁ。 そう思うと少し恥ずかしくなって、オレはまた視線を下げた。 「……キミも随分、はっきりとした物言いをする人ですね」 わかりやすいので、嫌いではありませんが。 黒子の褒め言葉だか貶し文句だかわからない言葉をハハと笑って受け流し、オレは視線の先、安っぽいマジバのトレーの上に散らばるストローの紙袋を人差し指に絡める。 左手に巻くと、白さと材質も相まってまるで……いや、なんでもない。 それをいじくりまわしながら、オレは向かいに座る黒子とは目を合わせずに口を開く。 「オレは自惚れているわけじゃあないが、友人としてはそれなりに近い位置にいると思うワケ」 「はぁ……まぁ、間違いなくそうではあるでしょうね」 黒子は何を今更、という顔をしてみせた。それに少しだけ気をよくして、オレは言葉を朗々と続けようとして―― 「だけど、選手として、そして……」 そこで、ハタと止まった。 「?」 随分、我儘になったものだ。そう、思わず考えてしまったのだ。 ずっと隠し通すつもりだったのに、いつの間にか寂しいなどと――"疲れた"などと思っている。 (……結局疲れただの寂しいだのなんだのかんだの、自分相手に弁明したって――) 突然固まったオレに対し、黒子は不思議そうに見ている。 オレはその様子に、少しだけ重くなった舌を動かした。 「恋愛対象として見てもらえるなんて、思ってねーよ」 吐き捨てるようにつぶやくと、黒子はあぁ、といった顔をした。 実際、そういう問題なのであったりするし、困っていたりする……のだよ。 頭の中の真ちゃんが<真似をするな!>と叫んだのを感じて少しだけ苦笑し、オレは言葉を探す。ごまかすために、明るい言葉を。 「まー真ちゃんは女の子にたいしてもちゃーんと恋愛対象にしてるかどうか謎だけどさぁっ!」 「……確かに、彼、中学時代も浮いた話はありませんでしたが」 「だから案外、オレでもイケるかも……なーんてな」 そう茶化すと、黒子はかわいそうなものを見る目でオレを見つめた。 「じゃあ言えばいいじゃないですか……なんてそこまでボクも鬼じゃあありません」 「お?」 思わず上体を起こして黒子を見つめ返す。普段通り、面白みのない表情をしている。こいつの表情筋は試合以外でちゃんと活動するのだろうか。そんなことを思ったが、火神はきっと黒子のいろんな表情を知ってたりするんだろう。そのことをオレは単純に、面白いなと思う。 そんな無表情で鉄面皮な黒子は、オレをちらと一瞥して言葉を続けた。 「でも、そうですね――緑間くんは少なからずキミには信頼を寄せているとは思います」 思わず苦虫を噛み潰したような顔になったのを自覚しつつ、それを隠す術も持たないオレは、仕方なくそんな気持ちをあらわにした声で返答する。 「……そりゃ、ありがたいね」 思った以上に皮肉めいていて、黒子が気分を害したかと思ったが、 「思ってもないことを口に出さないでください」 彼は呆れたようにオレを見ているだけで。 「〜〜!だってさぁ……」 逆にオレは自分が意気消沈するのがわかった。 だってオレは、黒子が言った――その<信頼>を裏切れないからオレは今こんなに苦悩しているというのに。 でも当然、今の黒子の言葉はオレのそんな気持ちすら見透かしたような言葉なのだろう。その証拠に、オレの顔に全く動じずにまたシェイクをすすりだす。オレはそれを見て、やっぱり食えないヤツだと再認識する。なんだかんだで、面白いヤツだ。結構コイツと「しゃべる」のは嫌いじゃない。コイツ自身が好きかと言われると、返答には困るが。 「でも、事実、緑間くんはキミのことは嫌いじゃないです。それは、確かじゃないですか」 「まぁね、」 オレは左手の人差し指に巻いていたストローのゴミを取り外して、そのままその指でまだ少しは温かみが残るポテトに手をのばす。口に運ぶと塩っ辛くて、でも嫌いじゃない。 そしてコーラを一口飲むと、オレは言葉をつなげた。 「選手として――チームメイトとしてそれなりに信頼されていると信じられる今は確かに、コレ以上ないくらい幸せなんだと思う」 火神と黒子が付き合っていたとしても、オレはそれを自分に置き換えて見るなんて無理だった。 好き同士がちゃんとくっつくなんて、男女でも難しいのに。火神と黒子みたいな運命性を、オレは緑間と自分との間に感じたことはまだ、ない。火神と黒子は、本当にキセキみたいな繋がりで今二人寄り添って生きている。それは当たり前みたいな偶然の導きだったりしちゃうのかもしれない。 オレの心は、恋をするには酷く冷めきっている。 もっというと、空っぽすぎる。 火神と黒子みたいに、理想を追えはしないのだ。 多分、責任を負えないからだ。 何もかも、終えないままで多分この気持ちはどこまでも消え去らずに残っていくのだろう。 そんな予感というにはリアルすぎてるソレが、いつまでもオレにつきまとう。 今も生きられていないオレが、未来を見据えるヤツとどうにかいい感じになれる? そういう冗談は、オレが居ない時に言ってくれ。 「……選手としてもってのは危ういのかもしれないけどさ」 ポツリと呟いたそれは、どうやらきちんと黒子の耳に届いてしまったようだった。 「はい?」 「それこそ緑間みたく<人事>尽くさねーと簡単に見捨てられちゃうぜ?オレなんか」 「それは、どういう意味でしょうか」 黒子は少しだけ怪訝そうな表情でオレを見る。オレは、多分なんの表情も湛えていないだろう自分を感じながら、答えた。 「どうもこうも、当たり前っしょ?」 緑間がオレを今相棒として(本人は頑なに否定するけども)そばに置かせてくれてるのは、オレがちゃんと人事を尽くしてるって思っているからだろう。 「もちろんオレは絶対に努力を怠ろうなんて思わないけど、けどさ」 「じゃあ、いいじゃないですか」 黒子はほんの少しだけ目を伏せた。 「うん。いいんだけど」 「よくないんですか?」 「…………そう」 「……高尾くんは今後、<けど>と<それなり>を使わないで会話してみてください」 呆れたような黒子の揶揄に、オレはまた机に突っ伏した。 「……無理だわそれ……」 「でしょうね」 くぐもった声で返事をすると、黒子はトン、と手にしていたシェイクをテーブルに置く。 その拍子に結露で濡れたテーブルがびしゃりと音を立てたのが、遠くでぴーっと携帯の電子音が微かに聞こえた。そんな日常の些細な雑踏や水音が耳元でなったような気すらして、なんだか不思議と涙が零れそうになったがこらえる。その代わりに、喉元から絞り出したような声が零れた。 「……あいつにとって求められるオレでなければ、見捨てられるかもなんて」 怖いよなぁ。 そう言うと、黒子は次に、深いため息をつく。 それもがちゃがちゃという周囲の雑踏に吸い込まれた。 4 「昔の話ではありますが、一つ、面白い話があります」 「は?」 「帝光と戦ったことのある高尾くんなら分かると思いますが、帝光は沢山の部員を抱えていました」 黒子はまるで自分の身を削るような表情をしていた。 彼が中学時代の頃の話をすると、決まってそんな顔をしている。たまに、緑間も同じような顔をする。それを見ると、なんでこんな不条理があるんだろうと思う。 もちろん――才能の不平等さではない。 それはスポーツに、いや、他人と競うものに携わるものならある程度許容できてしまう。人間は賢いから、我に返らなければ他人は他人と割りきれてしまうものなのだ。 だから、それではなくて。 (……あいつらも、同じ時代に同じ学校にいなければ、何かが違っただろうにね) 間を持たすためにコーラをすすりながら思った。 そんな、部外者らしい感想を抱くのは許して欲しい。 「帝光は二軍でも敗北を許さない。……だから少しでも危うい試合のときは、必ず一軍のスタメンが出ます」 黒子の声は沈んだものだった。 「それは……聞いたことあるわ」 「緑間くんとボクが、二軍の試合についていったことがありました」 「……それは聞いたことねえかも」 黒子は、手元に視線を落とす。 「でしょうね。彼は……プライドが高い。分かるでしょう?二軍の選手がPGでは力量差がつきすぎて……彼がどれほど頑張っても、上手くパスは、試合は……運べない」 黒子は遠い昔に思いを馳せるように、どこかを見つめていた。 オレは、ただ相槌を打つことに専念する。まだ、黒子が何を言いたいのかわからない。 「だから、黒子は、」 途中で遮るように、声が被さる。 「そうです。ボクは、パス回し専門ですから……PGみたいなゲームメイクはうまくできませんが、ただひたすらに彼にパスを回せば、あとは何も心配しなくていいですから」 「……それは」 思わず思ったことをそのまま言いそうになってグッと飲み込んだ。それを、黒子はかすかに笑って許した。 「そうですね、非常に稚拙で、面白みにかける、バスケの試合としては全くつまらない物でした」 そうはっきりと言って、目の前の彼はカップに刺さっていたストローを潰した。綺麗な円筒が歪む。 「そのとき、緑間くんは言いました。<オレは赤司の元以外ではもう試合をしたくない>」 「……ひっでーの」 「でも、そう思っても仕方ないような試合ぶりでした」 沈んだ表情の彼は、なるほど陰りを見せていて。影を自称するだけあるなぁなんて他人事のように思う。俯いた彼は少しだけ自分のイスを見つめて、そして前へ向き直った。それにタイミングを合わせるように、オレも問いを投げかける。 「赤司は?それを了承したワケ?」 「はい。それ以来、二軍の試合には黄瀬くんや青峰くんのような、所謂オールラウンダータイプが出場することが多くなりました」 「……ふぅん」 「だから僕は、秀徳と試合をしたときとても驚いたんですよ?」 オレは突然変わった話題に驚き、目を見開いた。 「は?」 「赤司くん以外のもとでは、本当に試合をするのを嫌がっていた彼が、キミの下では従順なまでに従っているじゃないですか」 本当に、びっくりしました。他のキセキの世代のメンバーも少なからず驚いていたようですが。 色々とツッコミどころしかない黒子のセリフに、オレはブハッと吹き出してみせる。 「ちょっ、いやいやいや!!!何いってんの!!」 「いえいえ、以前引き分けたときなんて、あまりの息の合い方に本当に驚いたんですから」 「いや、でも、それは」 「彼はキミのことを下僕だなんて言いますけど、ボクからしたらキミのほうがよっぽど彼を従わせているように見えました」 「……そんなこと、ないって」 「あったから、驚いたんです」 黒子はそうキッパリと言い切ると、シェイクをずずずっとすすった。音が汚くなったのは、喋りながらストローを潰したからに違いない。馬鹿なやつだ。 「……それと、オレのこの気持ちの何が関係してるんだよ」 うまい反論が思い浮かばなくて、オレは悔し紛れにそんな一言を漏らした。 多分理由は、少し思い当たる節があるから、だろう。 黒子に指摘されたというのはしゃくに障るが、試合中のあの無我夢中の瞬間。 緑間に目を合わせるだけで、ヤツはオレの意図を汲み取って移動する。 オレがあいつがいるところにパスを送るだけじゃなくなった。 あいつが、オレがパスをしやすいところに、動くようになった。 それは、言いようもないほどしあわせな瞬間――だったのだ。実は。 「顔、赤いですよ」 遠くで携帯の電子音がピッと鳴ったのと、黒子の声で思わず我に返った。 「っ!うるせ……」 「――高尾くんが心配に思っていることは、案外緑間くんも心配していたりするのかもしれませんよ」 黒子はほんの少しだけ柔らかく微笑んでみせた。 「高尾くんが緑間くんと仲良くするのは、自分のバスケが好きなだけで、自分のことは好きなんかじゃ――」 黒子がそう言いかけた瞬間。 「んなことあるわけねーだろ!!!!!!!!!」 ガタリ、と立ち上がったオレは気づいたら店内が一瞬、静まるぐらいの音量で声を出してしまっていたらしい。 体育会系の宿命で、オレは普段から結構声がでかい。このときは流石にそれを恨んだ。 周りの女子高校生やら中年のオッサンが、ハンバーガーにかぶりついたまま驚いたようにオレを見ている。 「……あ、スンマセーンお気になさらずに」 「何やってるんですか」 本日二回目の黒子の呆れ顔。 「……お前が冗談でもあり得ないことを言うからに決まってるだろ」 「はぁ」 黒子はゲンナリとしたような表情でオレを見た。ん、オレ、今結構黒子の表情読み取れちゃってね?そう思うともしかしたら黒子はわかりやすいやつかも、なんて気の迷いとしか思えないことを考えたりもしてしまう。今日、そこそこ行動を共にしたからだろうか。 「な、今何時?」 「えーっと、五時半ってところでしょうか」 ちょうどキリもいいと思って時間を問いかければ、彼が膝の上に自分の携帯を出しているのが見えた。流石に俺の目でも、完全なる死角となるテーブル下まではいくら俯瞰でも見えない。今は立ち上がったから見えるけど。 「じゃ、もうそろそろいい時間だし帰るわ……なんか、愚痴に付きあわせちまってゴメンな」 「いえ、こちらこそ、勝手に口を挟み込んでしまってすみません」 「お前はまだここに居る?」 「ええ、折角だから買った本を読んで帰ろうかと思います」 「じゃ、オレの分だけトレーとか片付けるな」 オレはそのまま目の前のトレーをひょいと手に持つ。 「あーなんか久々に答えの出ないことについて考えている気がする」 「そうですね、結局グダグダと喋っただけで、何の解決策も見つからなかったようですしね」 黒子がそう言ったので、 「解決策がそう簡単にみつかるようなモンダイじゃねーだろ!ま、そんなもんっしょ」 実際のところはさ。 そうつぶやきながらトレーの中身をゴミ箱に捨てて、オレは振り返った。 「じゃあな黒子。……えーっとその、また会うときはきっとコートの上だろうけど、そんときは……」 「ええ、ボクも、キミには色々と対抗意識を覚えてしまうので」 黒子はコートの上のように気配を一瞬完璧に消して、すぐにフッと笑った。 「ではまた」 5 黒子は手の中の携帯を見た。余りにも長丁場だったので、三回に分けたボイスレコーダー機能が、チカチカと光っている。 どうしても録音開始と終わりで電子音が出てしまうので、それを誤魔化すのにミスディレクションを交えさせたのは、少し卑怯だったかと思う。おそらく普通の彼であれば、すぐに気づいただろう自分らしくない仕草だったとは思うのだが。そこらへんは今日、彼と自分が出会ったことは偶然だったので勘弁して欲しいところではある。寧ろ黒子が偶然とは言え途中でこの企みを思いついただけでも評価されるべきことであろう。 彼はピッとボタンを押して録音を終了させて、そしてこのデータを迷うことなく保存させた。 「うーん、メールで送るには容量が……あ、SDカードにでも落とし込みますかね」 文字通り切り札を手に入れた黒子は、楽しげに携帯を扱った。 つづかない 通常SS(黒バス)一覧に戻る Novel一覧に戻る topに戻る |