◆ 万能感に酔いしれるどころか、モノクロ漫画のような毎日に飽き飽きしていた彼と青峰がようやく出会ったのは、二年の梅雨頃だった。 その日は朝から酷い雨で、体育は体育館で珍しく合同授業になった。その日の授業は、バスケだった。 体育の教師が『青峰、見本でここから走ってレイアップしてくれるか』と言って、体育館のむしむしとした空気に耐えかねて体操座りでぼんやりと下をむいていた黄瀬は、珍しく顔を上げてその様子を見た。たしか昨年全国制覇を果たしたここのバスケ部、期待のエースの名前だと思ったからだ。 『うーっす……』 のそり、と立ち上がったその生徒は、全く素早さの欠片も見られないようなのろのろとした動きでボールを掴む。 そののっそりとした動きに、思わず黄瀬は眉をしかめた。 (コイツが……青峰、大輝?身体はデカイかもだけど、動きは……――) そして少しだけ落胆しそうになったその次の瞬間には、 ――ガコン。 (――うぁ……っ!) 瞬きも許さない刹那。 シュートは、決まっていた。 音が遅れて聞こえそうなほど、素早いドリブルからのレイアップ。おそらくダンクの方がしやすいだろうと思うほどの跳躍力と動きだった。 (冗談、だろ……!?) 実際、本来の彼を知っているものからすれば(例えば他のキセキの面々や黒子は)、今の動きなど半分も本気ではないことにすぐ気づくだろうし、彼の強みは『型のないシュート』なのだから、このように型通りのシュートなど彼の良さの10分の1も生かせていないのだ。それでも、圧倒するには十分すぎるほどの絶対的な力量差。 『……ッ!!!』 そのほんの一瞬の出来事に、黄瀬だけでなく周りの生徒はびっくりして声も出せない。それに対して青峰は、 『んあ、もうちょっと真面目にやったほうがいいっスか、センセ』 今、あんまり綺麗な型とか気にしなかったッスけど……周りの様子を気にもとめない神経の太さで、足元に転がってきたボールを拾い上げた。 その台詞で、あっけにとられていた体育教師は『いや、いい……ありがとう、青峰』そう言って青峰を座らせる。 誰一人声すら出せず、硬直したまま目の前の光景を疑っていたが、 (――っ!今のなんだったんだ!?見えな、見えなかった!やれるか?いや、無理だ、あの速さであの動き、ムリ、いや、頑張れば……?) たった一人、黄瀬だけは違った。 (やっべいたよ――すごい奴!!) 彼は目の前の視界が急にぱぁっと開けたのを感じた。 まさしくその出会いは運命としか言いようがない。 だが、それは偶然ではなく必然なもののように彼には思えて仕方がなかった。 そして、自分がバスケをすることも、当然の定められた運命のように思える。 彼に挑む自分を想像するとゾクゾクと身体の芯が震えて顔が緩むのを抑えられなかった。 彼はおそらく久しぶりに、純粋なる喜びを噛み締めていた。 その後、青峰は流石に試合には出ず、審判を任されていた。ボンヤリとつまらなさそうに得点板にもたれかかる彼に、黄瀬はすぐ気がつく。その姿に、自らの冷えた心がボッと瞬間的に火がつくのを感じた。 ――ちょっとだけ、ほんのすこしだけ…… 神様が俺を許してくれるなら、少しだけ彼の気を引かせて欲しい。そう思いながら久々に本気で取り組んだ次の試合は、黄瀬のワンマンプレーで青峰のクラスの選抜チームを打ち負かすというものだった。 『なぁ黄瀬!お前、もしかしてバスケしてたことあんのか!?』 『いや、ないッス』 試合が終わった直後に駆け寄ってきた青峰に、黄瀬はなんでもないように返答する。 『そんなに出来んなら、ウチのバスケ部でもすぐに一軍に上がれるぜ!!』 その言葉に自分の心が浮き立つのがわかったが、流石にまだ、素直にありがとうなんて言えなくて、冷たい返事をしてみせる。 『仕事忙しいし、それに、こんな中途半端な時期に入れないッスよ』 『……確かに、2年の今ごろ入るのはチョイきついか』 冷たく言えば青峰は確かに、と顔をしかめた。 実際、今黄瀬が言ったことは、嘘ではなかった。 二年の最初ぐらいならまだしも、確かあと二ヶ月くらいでバスケ部は大事な大会を控えているはず。今更入ったところでなんになるというのだろうか。もう少し早く彼に出会えていれば、そう運命を呪いかけて、それでも今、彼に出会えただけで十分だと思い直す。 『誘ってくれてありがとうッス。でも、他にやりたいことあるし』 『……あぁ、すまねえな。突然』 青峰が目に見えて落胆したのを見て、黄瀬は申し訳なく思うと同時に心がじんわりと暖かくなったのを感じた。 『全然!むしろ、嬉しいッス!!』 心からの笑顔を浮かべた黄瀬はこの瞬間、たとえ今からでもバスケ部に入ろうと決意した。 ←→ 通常SS(黒バス)一覧に戻る Novel一覧に戻る topに戻る |