どっどっと心臓がうるさく音を奏でる。 生徒会室の扉の影に隠れて、俺は困ったように天井を仰いだ。 球磨川さんはともかく、人吉くんは気配を察することに秀でている。 バレたら――とてつもなく面倒だ。 すぅと深呼吸をひとつ挟んで、俺は自らの胸に手を当てた。心臓の音は平時のそれと変わらない。 (柔道部を辞めてもちゃんと自主練をこなしていてよかった……) そんなことを現実逃避のように考えて、ドアの向こうに思いを馳せる。そして、さっき覗き見た光景を思い返した。 (人吉くんと、球磨川さん、だったよな……) LAST PIECE 今日の昼のことだった。 突然めだかさんが俺のクラスにやってきた。 入り口に居たクラスメートが少しだけ驚いて、俺に声を掛けた。どうやら、俺を呼んだらしい。 俺は呼ばれるままに友人に断って昼食を取る手を休めた。彼女の元に小走りで駆け寄る。 「どうしたんですか?」 「おおよかった間に合って」 彼女はぱぁっと顔を明るくさせて、簡単に説明した。 ――今日は放課後突然だが会議をすることになった。 ――だからそれまでに生徒会室で会議資料を取っておいてくれ。 ――本当に突然ですまないな。 簡単にいえばそんな用件で、わざわざありがとうございます、とだけ俺は告げた。 めだかさんは忘れるなよ、とだけ言って教室を後にした。 それは最近よくあることだった。最近は特に行事が立て込んでいて、生徒会や委員会、一般生徒から募った代表者などで会議をすることはよくある。 あとで、掃除時間の前にでも取りに行けばいいと思った。 ――それで冒頭に戻るのだが。 二人とも俺と同じく、資料を取りに来たに違いない。 冷静に考えれば、資料を取りにいけるくらいまとまって自由な時間といったら、掃除前の今くらいしかない。 だから、タイミングが被ったことには驚かない――が。 (…………うーん) なんというか。 (……さっき、抱き合ってた?っていうかキス?してたように見えたのは気のせいかなぁ……) いや、見間違いなら結構なんだ。 思わず動悸が激しくなるくらい驚いたけれど、見間違いならいい。 先ほどの光景を確かめるように、もう一度覗いてみる。 ――覗き。 行儀が悪いというか、自分がこんなことをしてしまうなんて、と思わないでもない。だけれどソレぐらい、ドアの向こうの光景は好奇心が刺激されるようなものだったのだ。言い訳がましいかも知れないけれど、一つ許してほしい。後輩と先輩がそんな関係だったなんて、ただ三文字「驚いた」で済むような内容じゃない。 (……あれ?) 次は――さっき見間違いだったのかなと思うような普通の光景だった。 (なんだ、普通に隣で資料をまとめてるだけじゃないか……) ほっと胸を撫で下ろす。おそらくホッチキス留めする必要があったのだろう。二人は机の前に並んで、とんとんと机にあわせてプリントの四辺を揃えていた。 きっとさっきのは何か、きっと何かの見間違いだったんだろう。 そう思って、二人をもう少し観察した。 (……いや……) (見間違いっていうのも間違いだったな……) 思わず苦虫を噛み潰したような顔になるのを感じて、更に苦々しい気持ちが増す。 こんなとき、洞察力がある自分が恨めしくなる。 普通どおりの顔をしているけれど、二人はほんの少し、顔が赤い。 そして流れている雰囲気も、普段とは違う甘ったるいような、そしてそれでいて互いにすこし意識しているような雰囲気。始めて知るその空気に、思わず息を呑んだ。 (あ、) 人吉くんが口を開いた。なんと言っているのか、ぼそりぼそりとしか聞き取れない。 けれど、球磨川さんが少しだけ表情を明るくして何かしら答えている。きっと、彼らしい思いやりに満ちた会話なのだろう。 (……まぁさっきのはともかく) そう前置きして。 ――二人って、こんなに仲が良かったのか。 眼前の光景に、胸が痛んだ。 二人のことは、俺は当然よく知っているつもりだった。 二人とも長い付き合い。性格も、趣味も嗜好も、ある程度把握している。 だから、なんとなく。そう、なんとなくなんだけれど。 (――面白く、ないな) そう思って、はっと自分で口を抑えた。 (……何思ってんだ俺) あんなに仲の悪かった二人が、こんなふうに仲良く肩を並べて作業しているんだろう?喜ばしいことじゃないか。 つい先日まで切った張ったの大騒ぎだったのに――と安心院なじみが言っていたように。 (……そういえば) 俺や喜界島さんは戦挙には参加していない。力になれず悔しい思いをしていた。 それは当たり前だ、が。 (疎外感を、感じてないといえば嘘になる) あの大きな事件は、めだかさんや人吉くん、そして勿論、球磨川さん三人の絆を強固なものにしているだろう。 それに参加できなかった。力になれず悔しい思い?うん。それもあると思うけれど―― 頭の中で警鐘が鳴り響く。 (この思考回路はヤバイ) このまま行くと、ダメだ。思考を止めなきゃ。 そう思うのに止まらない。まるで、ピースの足りなかったジグソーパズルみたいだ。 考えるのをやめるように、それを作るのを放置していた。 だけれどずっと目の前に転がっていたその最後の一欠片。それが見つかった今、埋めてしまわずにいられない。 たとえできた「絵柄」が俺にとってよいものでなくても、それを見ずにいられない。 (ダメだダメだダメだダメだ――) ――人吉くんと、俺はずっとライバルみたいな関係だった。 今じゃその関係性は違うだろう。昔は彼のことはめだかさんの腰巾着ぐらいにしか思っていなかったけれど。 彼の気持ちも、彼の思いも。今では、とてもよくわかるし、それに対して尊敬の念すら抱く。だから、敵対することは辞めた。彼の優しさを、彼の気持ちを知っていたから。彼のことを、好きになれたから。好ましい存在だと思ったから。彼からも俺に歩み寄ってくれていると思っていた。それが嬉しかった。昔のようないちいち突っかかることもなく、仲の良い男友達としていることが出来る今が、俺と彼の一番落ち着いてよい関係だと「思っていた」。 (……今、球磨川さんが居る立ち位置は、生徒会ができたばっかりの俺の位置だな、なんて「冗談のつもりで」思ってた) 球磨川さんと彼がライバルのような位置で、いちいち突っかかっていちいち細かいことで喧嘩している二人を見ているとき。 最初の頃の俺と彼の関係性を、今の彼らのそれと重ねていないか。 だけれど、決定的に違う。あの頃と今。俺と、彼と、球磨川さん。 全てが違っているのは、明白だった。 目の前の心温まるはずの光景が、急速に色を失くしていく。 学校特有の雑踏が、すぅと耳の奥に篭って聞こえた。貧血でも、起こしたみたいだ。 (…………) その言葉通り、血の気が引く様な感覚。 気持ち悪い。ぞくぞくと背中に走る悪寒。恐ろしい。怖い。知りたくない。 あぁ馬鹿みたいだ。最後のピースをはめたのは、紛れも無く「俺」なのに―― (「悔しい」?違う。もっと、利己的な――) ……ただ、<蚊帳の外>で、寂しかった。 がたりと、へたり込んだ。 最後の一欠片が埋まってできたその絵柄は、独り佇む俺の後ろ姿。 知らないでは、見ないではいられなかったから。 だけど、知ってしまったから。 分かってしまったから。 (……あぁ) 球磨川さんと人吉くんが仲良さそうに笑っている。楽しそうにしゃべっている。 このままでは、取り返しがつかなくなる。 だから勢いをつけて立ち上がり、ドアを開けた。我慢できないと思ったから。「そこ」に俺がいないのが。 「二人共なにしてるんですか?」 「!!」 「『!!』」 二人は心底驚いたような表情で俺を見つめた。 (やっぱり気づいてなかったんだな……) よかったと胸を撫で下ろすのと同時に、疎外感が増して更に胸が痛む。 取り敢えず二人がいる机に近づいて、書類を取ろうとした。 「あれ?」 「あぁ阿久根先輩の分はこれです」 机の上には何もなかった。それに怪訝そうな顔をしたのが分かったのだろう、人吉くんが俺に手渡す。ホッチキス留めされたソレは、先ほどまで二人が仲良く準備していたものだった。 思わず顔が歪みそうになるのを抑えて、 「ありがとう」 と受け取る。 「『さっき善吉ちゃんがね、高貴ちゃんの分も用意しようってさ』」 「ちょ!余計なこと言うなよ!!」 球磨川さんが楽しそうに言った。人吉くんが照れたように怒ったように目くじらを立てる。 「ははっ!ありがとう、人吉くん」 純粋な厚意が嬉しかった。わざわざありがとう。そう伝えた。 (……なんでかな) 普段なら普通に喜べたのに。たとえば、さっきのめだかさんからの厚意のように、純粋にありがとうと言えるはずなのに。 (……すごく、) そこから先は、心の中だというのに、言葉にならなかった。 ただ、昔の君ならそんな「親切」すら、俺にしてくれなかったよね。 関係が良くなったんだ。そう思えばいい。それなのに―― 「……球磨川さんのも作ってあげたのかい?」 思わず口をついでた言葉。 「まさか!何いってるんですか!何で俺が球磨川の分まで……」 「『だって言うんだよ!酷いよねー高貴ちゃん。僕の分は自分で作れ、だってさぁ』」 その答えが、ほんの少しだけ悲しかった。 火野村さまへ!大変遅れて申し訳ありません…… 「阿→善球磨で、善吉はクマーとラブラブなんだけどそれでも善吉が好きで想い悩んじゃう阿久根くんをお願いします!もちろん阿久根くん受けで。」 という素敵なリクエストでした! 珍しく高貴ちゃん目線で書いてみたのですが、なかなか難しかったです…… そしてリクエストほど善球磨もいちゃいちゃしてないし高貴ちゃんは受けっぽくないしで申し訳ありません…… それでは企画参加ありがとうございました。 これからもよろしくお願い致します! 一万打企画小説一覧に戻る Novel一覧に戻る topに戻る |