久しぶりに、なんにもない休日の昼下がり。
俺はのんびりとテレビをぼんやり眺めて、母さんが料理している音を聞き流して。
「……もうそろそろか」
そう呟いた瞬間だった。



――ぴんぽーん。



と、チャイム音。
「ごめん善吉くん!代わりにでて!」
料理を作っているお母さんに頼まれて、代わりにインターフォンについたカメラから確認すると。

「……『やっぱり』球磨川だな」





+1



《『うん!入れてよ!!』》
インターフォン越しに括弧付けたノイズまじりの声が聞こえる。「いつも通り」電話から口を離して、
「おかあーさーん、また球磨川が……」
キッチンに向かって呼び掛ければ、
「入れてあげてっ」
母さんはにっこり顔をひょいと覗かせそう許可した。
「ったく……お母さんは甘いぜ」
俺はそれを受けて「しぶしぶ」玄関に向かう。

「どうしたんだよ」
がちゃり、とドアを開けながらそう問えば、
「『たまたま「いつも通り」近くまで来たから。人吉先生は??』」
挨拶しなきゃ、と破顔させながら中に入る。
俺はもうヤツ専用になりつつあるスリッパを一組置いて質問に答えた。

「今昼飯作ってる。つーかお前最近来過ぎだろ!!1週間に一回は来やがって!また昼飯か!!」
「『あっばれた?うんまた昼御飯ご馳走になりたいなぁって』」
「またかよ!図々しい野郎だな……」
ほんと最近多いぞ!と突っ込めば球磨川は少し神妙に何かしら考えたあと、にやりと笑った。
「『いやいや、来るべき将来のための下調べさ』」
ぱちん、とウィンク。
「?」
俺が意味もわからずにきょとんとしている様子を見て、にやりと笑った。
「『――鈍感だなぁ善吉ちゃん』」
そして靴を揃えながら続ける。
「『キミがどんな料理が好きか、どんな味付けが好きか調査しなきゃでしょ』」

球磨川はそう嘯いて靴を並べ終え、スリッパを履いた。
「『……ん?何か変なこといったかなぁ僕』」
にやにや、と球磨川が俺の顔を覗き込む。
「『――真っ赤だぜ善吉ちゃん』」
「!」
囁かれてぼっ、と更に顔が赤くなったのを自覚した。
「『あは、かわいっ』」
「ってめぇ……お母さんいるときは絶対止めろよ!」
「『分かってる分かってる。恥ずかしがり屋さんだなぁ』」
「あーくそっ!!」

こいつのペースに振り回されると、大抵ロクな目に遭わない。
そんな球磨川が嫌いで、だいっ嫌いで、なのに好きだ。
球磨川はそれを告げたときの様子は今でも鮮明に残っている。困惑した瞳がひどく印象的だった。
最初は困ったようだったのに、いつの間にか俺をからかうまでにプラス成長しやがって。

それが嬉しくて俺が強く出れないことすら気付いているのではないかと、ため息をつく。何故なら実際、こうやって来てくれて、嬉しいと思う自分がいる。

そんな思考に気をとられて、幸せ満開の笑顔で球磨川が勝手に中に入ったのに気付かなかった。

「『人吉先生こんにちは!!お昼はカレーなんですね!!』」
ぐいと近寄り畳み掛ける球磨川に、お母さんは若干引き気味で答える。
「え、えぇ……でもちょうど良かったわ今できたところだもの。球磨川くん、また食べていきなさい。もうあなたの分まで多目に作っていたから」
母さんは微笑んで球磨川を席に促す。
「『やったぁありがとうございます!ほら善吉ちゃんだけだぜ?そんなこというのはさ!』」
「うっせえ!つうかお母さんも甘すぎるぜ!?」
「まぁ一人くらいいいじゃない善吉くん」
「『そうだぜ善吉くん、一人くらいいいだろ?一緒に食べようぜ!』」
苦笑いを浮かべる母さんと、きらきらとした笑顔で俺を誘う球磨川。俺は思わず緩みそうになる顔を叱咤激励して不機嫌そうにしてみせて、
「ったく……わかったよ!」
内心でその幸せを噛み締めた。





食事中も細心の注意を払った。
何にかって?まぁ、球磨川との関係についてだ。

母さんの目をかいくぐって二人でアイコンタクトを交すと、球磨川は俺にしか分からないようににやりと笑う。返すように笑えば、まるで悪いことをしているみたいな背徳感と微かな共犯意識で心が満たされるような気がした。
勿論いずれ伝えたいとも思う。が、残念ながらまだその勇気は俺にも球磨川にもないようだ。
でも母さんならきっと優しく祝福してくれる気がするんだ。
そう球磨川に以前伝えたら『僕もそう思うよ』と。
いつか、例えば卒業したときなんかに。そう返せば球磨川は、いつもが嘘みたいに照れた笑顔で頷いたのだった。


口にカレーを運びながらまた考え込んでいると、
「『ご馳走でした!』」
いち早く食べ終わった球磨川が流しに皿を持っていく動作で我に帰る。
「球磨川くんは行儀いいわねー」
お母さんが機嫌よくそう球磨川を褒めた。
「『まぁ慣れてますし』」
片付けも準備も。
球磨川はいつも通りの笑顔で蛇口を捻る。じゃーじゃーと流れて、洗い桶に水が溜まった。皿ががちゃん、と嫌な音を立てた。

「……そうか」
球磨川は一人で暮らしていたんだっけ。

それがもしかしたら寂しいのではないだろうか。辛いと感じてるのではないだろうか。そう今まで考えたことのない考えに思い至る。
括弧つける癖があるから誰も気付かないだけで球磨川はただの人間で心があるんだ。
寂しいとか、辛いとか、悔しいとかそういう気持ちは誰だって嫌う。
そんなマイナスな気持ちばかりで過ごしてきたヤツはそれに対して「諦めている」節があった。それしかしらないから、それを嫌ってもどうしようもない。なら『愛しい恋人のように受け入れるんだ』、と。だって『それが改善されるわけがない、それがどうにかなるわけがない』と。
そんな言葉に続く一言は、やっぱり括弧つけた『だって僕だから』。
誰も知ろうとしなかったけれど、球磨川は途方にくれているように思えた。
最初からすべて諦めて最初からただただへらへらと笑って誤魔化している。それが普通の人にはとても怖く感じるのだろう。俺が嘗てそうだったように。
その考え方が過負荷というならば、俺はどうして今までそれに気づかなかったのだろうかと自分を殴ってやりたい。



「……」
母さんも同じことを考えているようで黙りこんでいた。
「『やだなぁ二人とも黙りこんじゃって!』」

そんなつもりで言ったんじゃないのに、と球磨川はテーブルに寄って皿を集めて流しに重ねる。次はかしゃんと小さく音が鳴っただけだった。

それを切っ掛けにするように、母さんが口を開いた。
「そうね……そうよ!」
「ん?」
名案、と言ったようにスプーンをくるり、と回した母さんを俺は見つめる。母さんはその視線を受けてふっと表情を緩めた。

「球磨川くんがうちに住めばいいのよ」
「!」
「『!』」

球磨川の手が止まった。

「さっきも言ったわよね?一人くらいいいじゃないって」

ほんの少しの沈黙が流れて、珍しく狼狽した様子の球磨川が振り返る。
「『っ、あ、冗談、ですよね??』」

「まさか。私が冗談なんかでこんなこというとでも」
思ってるの?と笑う。

「いやっお母さん、でも」
思わず固まっていたが慌てて反論しようとしたら、
「確かに高校生で同棲はいささか早すぎる気もするけれど、私もいるし……」

「『いえ!そんな問題じゃ、…………え』」
蛙を踏み潰したような声を出して、球磨川は表情を固くした。がちゃん、と皿が手から落ちて嫌な音。今までの比じゃない、割れたような音だった。

「え、いま、なんて」
思わず俺も隣の母さんを見つめる。
「何か変なこと言ったかしら?」
あら、と母さんは首を捻る素振りをみせた。
じゃーじゃーと場違いな水音を球磨川が止めた。
「『……同棲って』」
その言葉の真意は、意図は。
「いや、もしかしてさ、おかあさ」
「大学生になったら二人で借りたらいいわ!保証人にはちゃんとなってあげるから」
お金も少しくらいなら余裕が……と母さんは一人で暴走してお金の計算をし始めた。
「『あ、あの、人吉先生』」
顔を真っ青にして球磨川は呼び掛ける。
「なぁに球磨川くん」
「『……どこまで、ご存知で』」
「あら、舐められたものね」
にっこりと母さんは笑って、
「二周りも違う子供の恋愛に気付かないとでも思ってた?甘いわよ」
そうふふんと胸を張ってびしっと指差す。
「報告をいつかいつかと心待ちにしていたのよ!」

「……」
俺が今までの自分の行動を思い返し顔を青くしているのとは逆に、球磨川は真っ赤に顔を染め上げて、
「『……人吉先生はその、いいんですか?』」
「なにが?」
「『……とりあえず僕は男だし善吉ちゃんも勿論だし、』」
俯いて自分の学ランの端を握りしめた。
「『それに、……僕ですよ』」

過負荷で負完全で貴方を踏み躙って色んな人を踏み躙ってきた僕、ですよ。
球磨川がそう言うと母さんは、

「……変わったのね。球磨川くん」
そう呟いて立ち上がり球磨川に近寄った。俺は唖然としてその様子をただ間抜けたように見ている。
「大歓迎に決まってるでしょ?球磨川くんの気持ちはちゃんと分かってる。いええ、むしろ善吉くんを選んでくれて良かったわ」
私が言うのもなんだけど、善吉くんならあなたを幸せにしてくれると思うから。
そう母さんは言って俺にウィンク。俺はどう返せばよいかわからずに顔をただ赤くさせただけだった。
母さんは振り返って球磨川を見る。
「ね、球磨川くん。本当にココに住んでもいいのよ?」
「『……でも、人吉せんせ』」
「勿論無理強いなんてしないけど。……球磨川くん、考えておいてね」

そう母さんは言って、球磨川は真っ赤に目を充血させながら声も出さずに頷いた。何度も何度も声を出さずに、ぶんぶんと首を前に振って黒髪がばさりと翻る。そのみっともなさが人間らしいと思った。今まで人みたいじゃないと気持ち悪いと思っていたのにこうやって見れば球磨川は本当にただの子供のように思えて、お母さんはそれを見て慈愛にみちた微笑みを浮かべている。
俺はどうしようか、と一瞬口を開いてまた閉じ、立ち上がった。
そしてそのまま球磨川に近寄る。球磨川は俺を見つめた。青灰色の瞳は滲んでいる。それを見なかったフリをして俺はにかっと球磨川に笑いかけ、その乱れた髪ごと頭を撫でた。

「『……』」
球磨川はなされるままに視線を下に落とし、俺はもう一度口を開いた。

「……お母さん、ありがとう」
「なにが?善吉くん」
お母さんは可笑しげに笑っている。
「いや、ただ礼が言いたかっただけ」

そう言うと母さんは変なのと更に笑って球磨川も顔を上げて、泣きそうな顔のまま笑った。
その笑顔はいつもみたいなへらへらした笑顔じゃなくて、初めての「諦めてない」笑顔のように見えた。

「折角だから二人とも遊びに行ってきたらどう?」
休日なんだから、遊びにいってらっしゃいよ。お母さんは楽しそうにそう言った。
「だってよ球磨川、どうする?」
お母さんにそう言われて、俺は頭を撫でながら球磨川に問いかける。
球磨川は一瞬言葉を選ぶように躊躇したあと、

「ううん、どこにも行きたくない。だって僕ココにいたいから」

球磨川はそう無理やり笑って後ろの流しへと振り返り、

「『あ、お皿割れちゃってるね』」
震える声でそう呑気な台詞を吐いた。




白様へ!「善球磨で人吉お母さん公認な感じの」ということで……
なんかだらだらとしてしまい申し訳ありません……!
そして球磨川さんの過負荷はどこに行ったのかレベルで……

リクエストありがとうございました!これからもよろしくお願いします。


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