「『ねぇ善吉ちゃん』」 他のメンバーと別れ、二人でいつものように帰路についていた。 ね、手つないでよ、とずっと前に言われてからいつも手をつないで帰る。 細くて何故か幼さが残る指と俺の指を絡めると、球磨川は嬉しそうに笑った。 そして、その笑顔のまま続ける。 「『今日はめだかちゃんといっぱい喋ったね。喜界島さんとも、高貴ちゃんとも。不知火ちゃんとも喋ったよね?』」 「あぁ」 「『えっとね、めだかちゃんとは35回、喜界島さんとは17回、高貴ちゃんは16回、不知火ちゃんとはなんと22回!やっぱりめだかちゃんは置いとくとしても、不知火ちゃんとも仲良しなんだね!』」 「あぁ」 毎日の報告に、俺はそう返して絡める手の力を強める。球磨川は更に続けた。 「『僕とは何回?』」 「……さぁ」 固定化された質問と回答。飽きはしないのだろうかと、的外れな心配が頭に浮かんだ。 「『もうお馬鹿さんだね善吉ちゃんは。39回だよ!』」 球磨川は張りつけたような笑顔のまま続ける。 (……あぁ気持ち悪い気持ち悪い。毎日、毎日) そう思って俺は視線を前に向けた。目を合わせられる気はしなかったからだ。 でも、いつもならこれで終わるのに、今日は違った。 「『嬉しいなー僕は。これって勝ったことになると思う?』」 「おまえが勝ったと思うなら、な」 球磨川は一転、無表情になった。 ぞくり、と背筋が逆立つ。綺麗はその顔立ちは、まるでマネキンみたいで感情も思考も恋慕も全部投げ捨てたみたいだけど、本当は全部逆なんだって知ってる俺は恐怖を覚えた。 「『本当にそう思ってるの』」 「……いいや」 否定してみると球磨川はやっぱり無表情なまま言葉を紡ぐ。 ……狂気と、過負荷に侵された言葉。 「『なんで、さぁ』」 そんなにいっぱいいろんな人としゃべるの。 君は、僕が好きなんじゃないの? 「『ダメだよ。善吉ちゃん。でもね、僕は我慢する』」 だって君が好きだから。僕は僕よりも君が好きだから。 だから君を尊重するよ。 「そうか、ありがとう」 「『当然だよ善吉ちゃん』」 球磨川はまた笑顔になった。 いじらしいと思う。 「俺もお前が大好きだよ」 「『……何回言われても幸せになるなぁ……』」 球磨川はそう照れたように言って、つないだ手を離した。 ぴょん、と前に飛び出して、振り返って俺の前に立つ。 逆光のせいで、球磨川の顔が真っ黒に見える。 「『だけどね!善吉ちゃん、』」 「……なんだ」 「『僕、もうそろそろ不安になるよ』」 球磨川が笑っているのか、泣いているのか、それとも無表情なのか分からない。 「『君が僕を好きだと言うたびに、僕も君が好きになるし、僕は君が好きな僕を少しずつ好きになってしまう』」 「それのどこが、怖いんだ?」 「『……我慢できなくなるのさ』」 「『僕は自分可愛さで、君が他人と喋ったり他人と目を合わせたり他人とおんなじ空間にいたりおんなじ空気を吸ってたり君の目が安心院さんのだったりみんなが君の顔を覚えていたりみんなが君のことを好意的に思っているそんな事実が、』」 「『いずれ、我慢できなくなる』」 球磨川はそう呟いて俺の手をとった。温かいとさっきまで思っていたそれは冷たくて、俺は背筋が震えるのを感じた。 「『……これは、脅しでも、嘘でも、なんでもない』」 球磨川は優しく、指をいつも通り絡めた。ひんやり。俺は力の抜けた指先をなんとか動かそうとしたが、まるで毒でも回ったみたいで動かない。球磨川はまるで俺から熱を奪うかのように更に指を絡めていく。 俺はその、まるで自分が指から咀嚼されているような言い知れぬ不快感に、息をするのすら忘れていた。 「『……ただの、予測さ』」 予想ですらない、予測。つまり、近くて遠い未来にあるかもしれないこと。 「……このまま、だと?」 「『うん。このままだと』」 そう頷いて、球磨川は俺の隣に戻った。表情は最初と変わらない笑顔だった。 どう返答したものかと、俺は押し黙る。 ごくり、と唾を呑んだ音だけがあたりに響いて、俺は居た堪れない沈黙を味わっていた。 怖い。怖い。怖い。怖い。 それと同時に、球磨川のその愛が切なく感じて、涙が出そうになる。 もし嘘でも、こんなことを思いつけるお前はなんて悲しい考え方しかできないんだろう。 振り回されもいいよ。お前が好きだからさ。 そして、何か言わなければという衝動に駆られて口を開いた瞬間―― 「『……なんてね!嘘さ』」 球磨川はそう明るく茶化して、きゃははと笑った。 「『僕が善吉ちゃんにそんなことを強いる訳ないじゃないか!だって僕は善吉ちゃんが大好きなんだから!!!』」 善吉ちゃんがだいすきで大好きだから、僕は善吉ちゃんを何よりも優先するよ。自分の気持ちより、自分の感情より、自分の願いより、自分の何よりも。 「『君を、優先する』」 そう微笑んだ球磨川の笑顔があまりにも切なかったので、俺は怒ることすらも出来ずにただ、 「……それじゃ、だめだろ」 と呟いて、球磨川を抱き寄せた。 「俺はお前に幸せになってほしいんだけどな」 「『うん、僕も好きだよ』」 球磨川は笑って俺の背中に手を回した。噛み合わないのは気にしないことにする。 好き、か。なんて軽くて束縛力のない言葉なんだろう。そうつぶやくと、僕はそれでも嬉しいよ、と球磨川は似合わない台詞を吐いた。 俺はすべてを受け入れるつもりだ。 お前の愛も、狂気も、過去も、過負荷も、不安も、何もかも。 その恋がきみを殺すまで (俺は君を好きで居続ける) 之嘉様へ! 「ヤンデレ球磨川に振り回されながらも、やっぱ好きだと再確認する善吉」 でした……アレ?振り回されてもないしヤンデレでも…… お持ち帰り、サイト掲載はご自由にどうぞ。 リクエストありがとうございました! ※タイトルは「確かに恋だった」様からお借りしております。 一万打企画小説一覧に戻る Novel一覧に戻る topに戻る |