誰とだって友達になれる。 それはそれは素敵なその特性も時には、得てして性悪なものに変わってしまう。尚且つ、その本人が稀に見る鈍感だというのは、酷く致命傷だ。 今だってほら、恋人の事なんかほったらかしで彼は他の女の子とお喋りに耽っている。いや分かってるよ、目安箱に投書した子から相談を訊いているだけなんて事。 でもいつまで話してるのさ。僕がすぐ近く、同じ室内に居るっていうのに楽しそうにしちゃって。 善吉ちゃん、と声を掛ければ今大事な話をしてるんだと軽くあしらわれてしまった。その態度に、更に腹が立つ。 『……めだかちゃーん。僕、フラれちゃったよ』 「む? 何を落ち込む必要がある。喧嘩をする程仲が良い、というではないか」 いい事だ、と一人納得したかのように彼女はうなずく。 まぁあながち間違ってはいないけどさ。妙に的外れなめだかちゃんの言葉を受け流し、一旦外した視線を再び彼へと向けた。 (何話してるんだろ……) 極々普通の可愛い女の子とこれまた普通の善吉ちゃん。見ようによっては恋人同士にも見えてしまう。 楽しそうだね。ああ面白くない面白くない面白くない。けれども。 『これが普通なんだよなぁ……』 赤の他人から見ればなんの変わりもない、ありふれた日常のひとコマ。彼にはそんな絵面がよく似合う。 普通に女の子と話して普通に付き合って。それはきっと僕と出会わなければ歩んで行けた筈の普通の人生。 きっと当たり前のように訪れた彼に相応しい、平凡な人生。マイナスの僕が負完全の僕が誰よりも弱い僕が沢山の人生を手折ってきた僕が僕が僕が僕が。壊してしまった幸せなもの。 分かっている。でもだからこそあの笑顔が他の誰かに向けられるのに、耐えられない。 見る度にどうしても自覚してしまう、させられてしまうんだ。もしかしたら本当はそんな普通の人生を歩みたかったんじゃないかって。 『……なんてね』 心の中の言葉。口では虚勢を吐いて、けれども今だ楽しそうに話す善吉ちゃんに後ろからするり、こんな気持ちを消したくて腕を回し抱き締めた。 「ぅわっ! な、なんだよ、球磨川?」 『善吉ちゃんが構ってくれないからさー』 「だから、今忙しいんだって言っただろ?」 『嫌だ。僕より優先する事なんて君にないでしょ?』 「何訳わかんねぇ事言ってんだよ! ほら、離せって」 『分かんないって? 分かってないのは善吉ちゃんの方だろ!』 「……おい、何怒ってんだよ?」 心底分からないとでも言いたげな表情。ぴくり、と微かに眉が動く。 『大体、可愛い女の子か相談しにきたからって嬉しそうにしちゃってさー』 「……何言って」 『善吉ちゃんのスケベ!』 「はぁ!? なんだよ急に!」 『ずっとデレデレしちゃって、はっずかし〜』 「なっ……! なんなんだよさっきから! 鬱陶しい奴だな!」 『……っ! 善吉ちゃんの馬鹿!』 「あー、くそ! もうお前向こう行けよ!」 邪魔だから! と善吉ちゃんが怒鳴る。 まさに売り言葉に買い言葉。こんな話がしたい訳ではなかった。それなのにもうどうしようもない。 ちらり、相談者の女の子を見ると突然の喧嘩にどうしたらいいか分からないような顔をしていた。可愛い子。顔も声も身体も、そして善吉ちゃんに向けている視線も何もかもが可愛い女の子。僕とは何もかもが違う。 その事にも、余計に腹が立つ。 言葉を止めて、善吉ちゃんへと向き直る。 僕の事が分からないと怒る善吉ちゃん。 そんな善吉ちゃんに分からせてやりたかった。善吉ちゃんを困らせてやりたかった。善吉ちゃんの言葉に腹が立った。何より悲しかった。だから。 彼の両頬を掴み、顔を僕へと向けさせる。混乱したような表情。動いた唇に、何も言わせるものかと早急に口付けた。 ほんの一瞬。そうして、唇も頬も全てすぐに解放する。 『……大嫌い』 自分で放しておいて放れた体温がほんの少し寂しい、なんて傲慢も甚だしい。 視界に入るのは真っ赤な顔。瞬きの瞬間、その頬にぱたぱたと何かが落ちていく。 ああもう知らない知らない。 僕帰るね、そう告げて足早に生徒会室を出る。何か聞こえた気がするけれどぴしゃり、扉を閉めてそうしてため息を吐いた。 こんな情けない顔で帰れる筈がない。それなのに何かは止まる気配も見せず、ただただ頬を濡らしていく。 少し歩いて、壁に背を預けそのままずるずると座り込んだ。 僕は悪くない。僕は悪くない。僕は、本当に悪くない? もう一度ため息を吐く。そうして、自問自答を繰り返しながら膝に顔を埋める。 視界が黒に覆われる中、ふと耳に届いたのは聞きなれた革靴の音。 『……何しに来たの』 「……めだかちゃん達が、探してこいって。俺が悪いってよ」 『ふぅん……人に言われないと、来てくれないんだね』 「そういう訳じゃ……」 『ああ、ごめん。……もうこういうの、止めようか』 「……は? 何言って」 『ねぇ善吉ちゃん』 言葉を遮るように、名前を呼ぶ。 静かな廊下。なんだ、と若干気まずそうな彼の声だけが聞こえる。 『……僕って面倒臭いでしょ』 「……え?」 『多分、これからもずーっとずーっと、死ぬまで一生面倒臭いままだよ』 「球磨川?」 『だから。……』 いつだって見捨ててくれて構わないよ。普通らしく普通に幸せになってよ。 そう言おうとして、けれども叶わなかった。言葉が出ない。その代わりに涙ばかりが溢れていく。 自分の中にこんな情けなくてみっともなくて子どもじみた感情があるなんて知らなかった。知りたくなんてなかったよ。 洩れそうになる声を抑える為に噛んだ唇が、じんじんと痛む。 「……お前が面倒臭いのなんて、今更だろ」 ため息混じりの言葉が聞こえて、そしてふわりと何か覆われるような感覚。 回された腕に、抱き締められている事を知る。 「……ごめんな」 『善、吉ちゃん』 「ぶっちゃけ、俺にはなんでお前が怒ってるかなんて分かんねぇ。でもきっと、それがお前を傷付けてるんだよな」 『……』 「そんな事まで言わせて、ごめん。……でも、例え一生面倒臭くても死ぬまでそのままでも、俺はお前と一緒にいたいよ」 『……え?』 「お前とじゃなきゃ、幸せになんてなれない。そしてお前にも、幸せになりたいって思って欲しいんだ」 『僕、は……』 「過負荷だとかそんな事は関係ない。俺は、そんな事関係なしに球磨川禊が好きなんだ。……だから」 『……』 「だから。……あー、くそ……上手く言えねぇ」 言葉の代わりと言わんばかりに腕の力が強まる。 恐る恐る、顔を上げて目に入ったのは薄い金色の髪とほんのりと赤い頬。意外に柔らかい、綺麗で優しい色の髪を撫でる。 温かいなぁ、なんて。そう思いながら、そうして自分よりも少し大きいその背に腕を回す。 ああなんだ。なんだ。結局のところ僕は、一つの言葉でこんなにも簡単にほだされてしまう。 ただ不安だっただけなんだ。 優しい善吉ちゃんがただ僕の好意を切り捨てられないだけじゃないか。幸せになった事がない僕の幸せなんて所詮は泡沫のようなものじゃないか。 そんな事ばかりを考えていた。 けれども、なんて単純。その体温に、言葉に胸を覆っていたものが霧散していく。 そうして、代わりにじんわりと染み込んでいくものの心地よさに思わず目を細める。 現金なものでいつの間にか、涙はすっかり止まっていた。 『……善吉ちゃん。それってプロポーズ?』 「なっ! え、あ」 『あは、耳まで真っ赤』 「う、うるせぇ……」 『……ねぇ、ちょっとこっち向いて』 真っ赤だと茶化したからか、若干躊躇いがちに善吉ちゃんが僕へと顔を上げた。 少し眉間に皺を寄せ恥ずかしそうな表情。君もあからさまな言葉にするのは苦手だろうから、きっと無理したんだね。変な顔。 ああでも今の僕は、君を笑えない。 「なんだよ……」 「……僕も、善吉ちゃんと幸せになりたいよ」 「え、球磨が」 『ちょっと、黙ってて』 善吉ちゃんの首に腕を回し、その半開きの唇に口付ける。 瞬間驚いたようにし、けれどもすぐ受け入れるかのようにさっきよりも強く抱き締められた。 誰とでも友達になれて鈍感なんて本当に質が悪いよ。君が友達だと思っていても、相手の感情が同じ友愛だと限らないのに。 未だ自覚がない彼に後でたっぷり文句を言ってやろう。 そして好きって、もう1回言ってもらおう。それから大嫌いなんて言った事、訂正させて。 言いたい事は山ほどある。けれど、今はただ体温を感じていたいな、なんて。そんな甘ったれた事を思いながら、目を閉じた。 幸せになる為の絶対条件 一万打本当におめでとうございます!嘘つきホリデーの凛子さまのご厚意で転載許可を頂けましたので展示いたします。 「球磨川さんが嫉妬して喧嘩→仲直り」というリクエストをさせて頂きました。凛子さま本当にありがとうございました! 頂きもの一覧に戻る Novel一覧に戻る topに戻る |