(現在閉鎖されていらっしゃいます「ミントの小さな世界」管理人スーラ様のご厚意にて、作品の転載許可をいただきましたので数点展示させて頂きます。スーラ様今までお疲れ様でした。)









考えたらよく解らないことだらけだった





きらいだ、球磨川禊はそう絞り出すように呟いた。
その呪いのような言葉に人吉善吉はそうか、とただ簡潔に返した。


「めだかちゃんの幼馴染みのきみがきらいだ。僕よりずっとずっと弱いくせに公然とめだかちゃんの側にいられるきみがきらいだ。めだかちゃんがきみのことを好きだからきらいだ。」


「そうか」


「……そうやって余裕ぶってなにも言い返さないきみがきらいだ。」


「………」


「どうしてそんなしょうがないなって顔で僕を見るの?きみは先輩の僕をばかにしてるの?心のなかではお前なんか相手にならないのにって見下してるの?……うっ……」


「………球磨川、たしかにお前はどうしよーもねぇやつだ。でも、ばかにしてなんかいねぇよ。お前が俺のことをきらいだなんてことはずっと前から知ってるしな。
心配しなくてもお前の気持ちはちゃんと俺に伝わってるよ」


「……やっぱり善吉ちゃんは全然わかってない。僕の言葉なんか譜面通りに受け取らないでよ。どうしてきみはいつもそうやって僕の気持ちをわかってくれないの?もっと僕をわかろうとしてよ……やっぱりきみなんか、だいきらいだ」









始まりの日と終わりの日






『………ちゃん』
『善吉ちゃん』
『善吉ちゃん』

自分の名を呼ばれる声に、はっと気が付いた。目の前には球磨川。
テーブル越しに、体をやや乗り出しながら俺の顔を不思議そうに覗き込んでいる。

『もう、どうしちゃったのさ善吉ちゃん』
『さっきから何回も呼んでるのにぼーっとしちゃって………』
『せっかくふたりで遊園地に遊びに来たってのにさ』

「あ、いや……」

『もしかして』
『これぐらいのことでもう疲れちゃった?』

球磨川はそう言って座り直すと目の前のパフェをロングスプーンでぐちゃぐちゃとかき混ぜ始めた。俯きながらそんな行為をする球磨川は何だか拗ねている子供のようにも見えて、不謹慎ながらも思わず吹き出してしまう。

「悪い球磨川。ほら、そのパフェ早く食べないと溶けちまうぞ」

『………もう溶けちゃってるし。善吉ちゃんも食べるの手伝ってよ』

そう言ってクリームを掬ったスプーンを、球磨川が目の前に差し出してきた。
俺は思わず反射的にそれを口に入れてしまったが、その瞬間席の後ろの方からかん高い女の子の悲鳴が聞こえた気がした。

『おいしい?』

そう首を傾げながら尋ねてくる球磨川に素直におう、と返すと球磨川は途端に笑顔になった。

『そう』
『よかった!』






それから俺たちは遊園地のアトラクションを片っ端から楽しんだ。実は遊園地にともだちと来るのが初めてなのだという球磨川をできるだけ楽しませてやろうと、球磨川が乗りたいといった乗り物には片っ端から一緒に乗った。
そういえば俺も遊園地に来るのは随分と久しぶりかもしれない。四月になってからというもの生徒会選挙やら通常業務やらに忙殺されていた日常を振り返り溜め息を吐く。
高校になってから初めて来る遊園地が球磨川と一緒というのも奇妙な話だが、こういうのもたまにはいいかもしれない。
しかしそう思った瞬間、なぜか頭の隅でちらりと違和感を感じた。

「………あれ?」

そういえば俺は、何かを忘れている気がする。それも多分重大なことだ。
その証拠に、こんなにも胸がもやもやする。

『………どうしたの?善吉ちゃん』

立ち止まった俺に、球磨川が不思議そうに振り返った。
球磨川の髪や瞳は、夕焼けの光をバックに浴びて虹色に染まり、どこか幻想的に見える。

「いや……何でもねぇよ。ただ…………」

俺は一瞬、自分の思いを口にするのを躊躇った。
それはただ単にこの楽しい時間を終わらせたくないという理由もあったが、それだけじゃなく………なんだか、口に出すのが酷く恐ろしいような気がしたのだ。

『何?言ってみなよ』

それでも球磨川はそんな俺の思いに気付かないのか、微笑んだまま慈愛に満ちた声で先を促した。俺はごくんと唾を飲み込む。

「……ただ、俺、ここにいていいのかなって思って……」

「………」

「だって俺とお前はたしかちょっと前まで敵同士だったはずだよな?それがこんな………これじゃまるで―――」

『―――うそだと思う?』

「え」

俺は球磨川を見た。球磨川は相変わらず、夕日をバックにやわらかく微笑んでいた。

『じゃあ、今日の思い出がうそだったかどうか』
『今から試してみようか!』












泣きたいくらいだった



黒神めだかは神に愛されていた。彼女は若く、美しく、才能に溢れ、運に恵まれ、そして何より謙虚であった。誰もが黒神めだかは神に愛されていると信じて疑わなかった。
彼女の存在を知った人間は皆驚き、感嘆し、羨望し、嫉妬したが、そうした渦の中心にいても彼女は変わらずすばらしかった。
黒神めだかは神によって選定された特別な人間であった。それは彼女自身がいくら否定しようとも決して覆ることのない紛れもない事実であり、残酷な現実だった。“天才”という簡素であり絶対的な言葉はまさしく彼女のためにあるようなものだった。

天才の特徴は凡人が引いたレールに自分の思想をのせないことだ、なんてどこかの偉人の言葉を引用しながら誇らしげに語る善吉ちゃんに、僕は苛々と眉根を寄せた。
自分のことでもないのに、よくもそんな。
めだかちゃんのすばらしさを朗々と語るその口を黙らせたくて、決死の覚悟で口を開く。

『自分のことでもないのに、よくもそんな風に自慢にできるよね』

しまったこれではさっきの思考の続きだ。口先八百、軽薄でありてきとうである自分にはあるまじき失態。
でもとりあえず目の前の善吉ちゃんの口を黙らせるという目的は達成したのでこの試みは成功と言えるだろう。
しかし彼が呼吸を止めたのはただの一瞬だった。

「自分のことじゃねーからだよ。だってめだかちゃんはすごい。事実だろ?」

完全に開き直っているかのように、そう繰り返す。その様子には後ろめたさや怖じ気づいたところなど微塵もない。
しょうがないので僕も少しだけ素直になって、彼に同意してみた。

『確かにめだかちゃんはすごいけど、わざわざきみがめだかちゃんのすばらしさを口に出さなくなってめだかちゃんのすごさは十分周りに伝わってるんだからいいじゃないか』

そう、つまりはそういうことなのだ。一人の人間のすばらしさを、わざわざ別の人間が強調することに意味はない。

「それもそうだな」

善吉ちゃんは一回頷き、そして。

「でも、必要だろ?」

めだかちゃんには。
そうあっけらかんと言い放つ彼は本当に自分の立場を心得ている。そのあまりの迷いのなさに、僕はそのあと言葉をなくしてしまった。
どうやら彼は、僕のちっぽけな嫉妬なんかで自分の愛を自重する気はないようだ。
………わかってる。僕はめだかちゃんにはなれない。


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