あいつにはいつどこであろうが、そんな事はただ些細な問題でしかないのだ。

『善吉ちゃーん! エロ本読まない?』
「何を学校に持って来てんだお前はあああ!」

球磨川はさも健全な本の貸し借りをするかのように、鞄から不健全なそれを取り出した。にこにこと可愛らしく手には可愛らしくない物を持ち、あまつさえ見せつけるかのように手をひらひらと振っている。
そんな物を振るな! 球磨川の手からそれを取り上げそして元通り、バックの中へと乱雑に押し込む。
すると球磨川は頬を膨らませ、不満気な声を洩らした。え〜、じゃないだろ馬鹿。

『何するんだよ、善吉ちゃん!』
「こっちの台詞だ! あんなもん持って来るんじゃねぇ!」

再び本を鞄から取り出そうとする球磨川の手を押さえる。
なんでここで読もうとするんだよ。学校だぞ? 分かってるよな? ましてや生徒会のお前が風紀を乱してどうするんだ。それに辺りに人が少ないとはいえ、全くいない訳じゃないんだぞ。
人目を考えろだの大人しくしまえだの暫く押し問答を繰り返した後、じゃあ、と球磨川が口を開く。

『善吉ちゃんが、ちゅーしてくれたら大人しくしてあげる』
「……は? ちゅー?」
『ほら、早く』
「ちょ、ちょっと待て!」

話の展開について行けない俺を他所に、球磨川はどんどん話を進めていく。
いやいやこんな人目のあるところで、と。思いながら球磨川見ると、目を閉じ軽く顔をこちらに上げている。準備万端なその姿に思考が停止し、そして声も出せない。
何がどうしたらこうなるんだろうな。なんて考えながら少しの間固まっていると、球磨川がねぇと口を開く。

『……してくれないの?』

少し遠慮がちな物言い。目を閉じたまま、けれども少し寂しそうな表情にくらくらとする。
それが嘘か本当かなんて、とてもじゃないが俺には見極められない。ただ心臓が酷くうるさくてうるさくて。
少しは落ち着け、と。自分に言い聞かせるように深く深く息を吸い、吐き出した。

とりあえず、嘘か本当かなんてのはこの際置いておく。
そしてよく考えろ、球磨川にここまでさせてるんだ。それなのに、ここでやらないだなんて男じゃないよな。
混乱しつつも、なんとか思考をまとめ上げる。そうして左手で軽く握り拳を作り、気合いの意味も込めて小さくよし、と1人呟いた。

『なーんてね! 勿論う、そ……って、え』

何かを言いかけた球磨川の後頭部、柔らかい黒髪に触れそしてその頭を引き寄せる。
そうして半開きの唇、ではなく前髪を少しかき分け、額に軽く口付けた。本当に一瞬だけ。こんな所でそんなには長く出来ないし、ましてや唇になんて出来る訳がない。
額にするだけで、ほらこんなにも顔が熱くなるし鼓動が強すぎて死にそうなんだ。

照れ隠しに、目を反らしながら頬を掻く。


「……これで、勘弁してくれ」

小さく呟いて、それからちらりと球磨川へと視線を向ける。どんな表情をしているだろう、きっと不適な笑みだとかそんな風に人を馬鹿にするかのように笑っているんだろうな、とそう思っていた。
けれども視線を向けた先の球磨川の表情。むしろ俺が驚くくらいに真っ赤に染まり上がり、半開きの唇は何かを言いたげに微かに動いている。
揺れる瞳と視線が交差し、思わず驚きから目を見開いた。

「く、球磨川?」
『え、あ……』

恐る恐る声を掛けるが、珍しく動揺した様子でそして何も言わずに俯いてしまう。
少し前までの球磨川はどこに行ったんだけどと思える程に予想外な姿に、言葉が出せない。思考がまとまらない。
ただ例えば、率直な言葉で表すとするならば。いつも以上に、可愛くて可愛くて仕方がない。
ああ、どうしようか。顔の熱さも鼓動も、到底治まりそうにない。



例えばのはなし
(今すぐにキスしたいぐらい! )




嘘つきホリデーの凛子様より誕生日のお祝いとして頂きました!
本当に嬉しいですありがとうございました!!



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