「『ぁんっ』」
「…………」
「『ふぁ、んっあ、だめぇっ、そんな』」
「…………」
「『んぁ、そんなに激しくこすったら、でちゃうっ、って!』」
「…………」
「『ぜん、きちちゃぁん、あ、あ、あ』」
「…………」
「『も、あ、だめぇ、うぅ……はぁ、んぅ」






人吉善吉の振り回される一日・その2





「……楽しいか?」
「『いや全然』」

球磨川は普通の声色に戻ってそう切り捨てた。
「『ねぇ、つまらないんだけど』」
不満そうに頬を膨らませる。
「俺はすごく微妙な気分だった」
「『なんで!?少しは興奮してよ!」
「じゃあ聞くけどそんなに強く擦ったら何が出るんだ?え?背中を擦ったら何が出るんだお前は」
「『えっ?うーん……内臓?』」
「グロイわ!」

ジェスチャーを交えて突っ込むと『あうっ』と声を上げてさらに不満げな顔で俺を睨み付ける。


さて、状況説明。
風邪をひいた球磨川の家へに看病しに来た俺。めだかちゃんに「病人、しかも恋人を看病するのは義務だ!」と押し切られたためとはいえ真剣に看病しているというのに、球磨川は嫌がらせのように「据え膳」になろうとしてくる。
その「据え膳」行為の一つ――あのスーってして喉の痛みとか鼻づまりの症状を良くする例のあの塗る風邪薬を俺は球磨川に今塗らされているのだ。よく分からない流れで。詳しくは「その一」を読むことをオススメする。

「AVじゃねぇんだから……萎えるわ」
「『えー……てか本当に塗ってるだけじゃん……』」
「塗るだけって言っただろ」
俺は呆れたようにそう言って真剣に塗る。それでも息苦しさが軽減されたようで、球磨川はふぅ、と息をついた。
「『有言実行しなくていいよこんな時にまで』」
そして唇を尖らせて脱いだ寝間着を着ようとする。


……いや、正直こうやってふざけてくれてよかった、と俺は内心ほっとしていた。

もしあのままのテンション(「その一」を読もう!俺の苦労がわかるから)だったら本当に手をだしていた気がする。逆にああいう風にふざけてもらってこちらとしては万々歳だ。
それは敢えて言わず球磨川に話しかける。
「あ、首塗ってない」
「『ああ首も首も』」
ボタンを上までかけようとしていた球磨川は途中でやめた。声はやはり少し擦れている。きちんと塗っていた方がいいに違いない。

そう考えて、ぴたりと首筋に手を置くと、
「『っ………』」
球磨川はなぜか息を呑んだ。
あれ、驚いたかな。そのくらいに思って塗るのを続行させると、
「『……、ぁ、もういい。大丈夫。自分で塗る』」
顔を真っ赤にさせて球磨川は俺からヴェポ●ッブをいきなり奪い取った。

「どうした?」
「『いや、なんでもない。なんでもないよ』」
「いやどうしたんだよ」
明らかに何かあるだろその態度。思わず首を傾げて問いただすと、
「『あーもう!!君僕になんで手出さないの!!僕がここまで言ってるのに!!』」
「ちょ、どうしたんだって」
球磨川はキレた。……なんだか今日は理不尽に怒られたり責められたりばかりだな、と頭の隅で思う。
「『なんでそんなに紳士なの善吉ちゃん!ありえないよありえない……』」

球磨川は首をぶるんぶるんと振ってそう嘆く。こっちは褒められてるのか貶されてるのか分からなくてまた微妙な気分。
「だからどうしたんだよ!」

「『首!弱いんだよ!僕!知らなかったよ!今知りたくもなかったけど!バカ!いわせんな!!』」

顔を真っ赤にさせてそう叫んだ球磨川は次に泣き出してしまった。

「『もー……頭痛いし眠いし善吉ちゃん僕に手出さないとか言うくせに無意識でアレだし……』」

えっとつまり?俺が首塗ったらちょっとアレな気分みたいな?でも俺が何もしないからムカつく、と。

「『そうだね。そういうこと』」
球磨川はゴシゴシと目を拭って俺を睨む。顔が赤い。
「えっと……」
俺は俺で顔が赤くなるのを自覚した。
「ごめん?」
「『なんで疑問形なの?そしてなんで謝るの』」
球磨川はキッと俺を睨む。
「いや、なんか俺が悪いみたいだから」
「『君も僕も悪くない。悪いのは僕の風邪さ』」

そう言ってしゅん、とする球磨川が無性に可愛くて抱きしめる。そして寝間着をきちんと着せてあげた。

「『風邪ってこんなにつまらなかったっけなぁ……』」
球磨川は拗ねたような顔をして俺のなされるままになっている。
「『いっつも一人でごろごろ寝て治してたからなぁ』」
球磨川は俺を抱きしめ返してつぶやいた。熱い。やっぱり熱があるんだな、と思った。
無理させるわけにはいかない。恥ずかしいけど、球磨川を甘やかすのも「そーいうコト」をするのも俺だってそりゃ楽しい、さ。でも、身体の方が大切なんだって。

そんなこと伝わってるわけないんだろうけど、球磨川はなんだかんだ言って俺の看病を喜んでいるような気がした。俺の自己満足、と言われたらそれまでだが。



「熱、上がってないか?」
「『……かも』」
球磨川は自分の額に手を当てて顔を顰める。
「もう寝るか」
「『うん』」
こくりと頷く。よし素直。頭を撫でると調子に乗るなと怒られた。


俺は球磨川に薬を飲ませて、ベッドに横にさせる。ふんわりと毛布をかけるとぽぉっとした顔で球磨川は俺をみていた。
「なんか苦しいとかきついとかあるか?ポカリはまだあるし……」
「『ん、平気。もう薬も飲んだし、大分楽。……それより、ね』」
「?」
「『僕におやすみって言って』」
どうして、と聞こうかと思ってやめた。きっと風邪で気が弱くなってるに違いない。だからこんなに泣きそうな顔をしているに違いない。

「おやすみ、球磨川。ちゃんと寝て、ちゃんと休んで、ちゃんと風邪治せよ」
「『うん。おやすみ。……ねぇ、愛してるよ善吉ちゃん』」
きっと熱のせいで潤んだ瞳がまっすぐに俺を見ていた。不意討ちな言葉に胸がきゅんとなる。

「俺も大好きだ。愛してる。好きだ。くまが、……禊」
「『……ありがとう。ね、本当にありがとう。僕、君に出会えてよかったよ。幸せ。風邪引いてる時に看病してくれる人がいるってこんなに幸せなんだね。おやすみ』」


そう言って球磨川はぱふん、と毛布を頭から被った。
幸せ。そう言って球磨川は眠りにつく。

俺は涙が出そうになるのを隠すために電気を消した。そしてそんな球磨川が完全に寝たのを確認した後、ソファで横になる。

(あー反則だろ……)

あんなこと言われたら甘やかさずにいられない。ぐちゃぐちゃにしてしまいたくなる。多分一番俺が弱い「据え膳」。


ねぇ本当に愛してるんです。何回言えば貴方の心の奥底の芯のところまで伝わりますか。俺より二歳も上な可愛い先輩。


***



苦しげな声で目が覚めた。

「球磨川っ!?」
ばさりと起き上がってベッドに駆け寄る。

顔が暗闇でもわかるくらいに真っ赤だ。思わずどきりと嫌な汗が滲む。
夜になって薬が切れたのだろうか、熱があがっているみたいだった。
悪い夢でも見ているようで顔を歪ませて呻いている。

「『や、だ……』」

熱に浮かされ苦しんでいる表情にテンパってしまう。
どうすればいい?一回起こして薬を……いや、一応寝る前に飲ませたから……


思考があちらこちらと動き回る。球磨川の苦しむ声は止むことはなかった。

額にそっと手を当てると熱い。よし、取り敢えず濡らしたタオルをおこう。すこしはマシになるかも知れない。


ぎゅぅっと絞ったタオルで顔を軽く拭いて額に当てた。くそっ冷えピタくらい買っとけばよかった。
そんなふうに後悔しつつ球磨川の様子を窺う。
「『っ、やだ……』」
首をぶんぶんと横に振って、
「『たす、けて』」

そして目尻から涙がつう、と伝う。それ見て思わずこっちも辛くなった。体調悪いときってなんで嫌な夢を見るんだろう。俺は球磨川の手を握った。ひどく熱かった。
俺は球磨川に囁いた。

「いるから。俺がいるから」


いるからなんだ、って思うかも知れない。俺だってそう思う。でも、それでも、球磨川の力になれるなら俺はなんだってする。


そう考えているとぎゅう、と握り返された。
少しは落ち着いてくれるといいのに、とハラハラしながら見ていると、
「『…………あり、がと』」

球磨川はそう呟いてまた深い夢の世界に入った。

「……」
手は握りしめられたままだった。落ち着いてきたみたいだ、と判断してほっとする。

だけどまだ、球磨川は苦しそうに呻いていた。ぎゅうと手は握り締められた。

俺はそのまま球磨川の手を掴んだまま、ベッドにもたれかかる。

(少しは、落ちつい、て……――)

そしていつのまにか、俺は睡魔に意識を手放していた。








「『…、…ちゃん!』」
うるせえな。誰だよ。
「『……、善吉ちゃん!!』」
耳元で名前を呼ばれ、思わず飛び起きた。

「うわぁ!!……っていたたた……あれ?」
起きた瞬間感じたのは鈍い頭の痛み。手で頭をおさえるが、ずきずきという痛みは止む気配もない。
「『……やっぱり』」
球磨川はそうため息をついた。
「『風邪、移しちゃったみたいだね。ちなみに僕は全快したよ』」
ほら、と額に手を導かれる。あ、もう普通だ。
「あー昨日変なとこで……」
そうだ、とぼんやりする頭に昨日の記憶が蘇ってきた。
「『……朝起きたら君がもたれかかったまま寝てるからびっくりした』」
球磨川はそう言って顔を赤く染めた。
「『……手』」
あ、そうだった。球磨川は俺の様子を見て恥ずかしそうに笑った。

「『……久々にいやな夢だったよ。昔の夢。でも、君が僕を救ってくれた』」
「俺、が?」
すると球磨川はふふと笑って、
「『うん。君だった。手を握って、ここにいるって。……嬉しかったよ。まるで』」

球磨川は頬を手でおさえて目を細めた。
「『夢を現実に書き換えてくれるような、そんな、気が……――』」


俺が抱き締めたせいで、球磨川は最後まで言葉を紡ぐことができなかった。

「『やだなぁもう。風邪引いてるんだからさ』」
だってそんなこと言われたら俺はお前を抱き締めて大好きだってキスするくらいしかできない。
今からもっといい夢が見れるようにしていこう。いや、夢に怯えないで暮らせる1日にしよう。

「『……善吉ちゃん』」
「……」
「『なんだか今日1日振り回してごめんね』」
幸せだったよ、と球磨川はつぶやく。こんなに幸せなら、もっと風邪引いてたいな。球磨川は切なく笑う。

俺は迷わず答えた。

「幸せだったよ、じゃねーよ。今度は俺がお前を振り回してやるから」
だから、覚悟してろよ。俺の風邪はいつも長引くんだ。1週間は俺の為に振り回されてもらうからな。


そうぶっきらぼうに言い放つと、
「『っ、……そうだね、うん。僕頑張る。看病ってしたことないから、わからないことばかりだろうけど』」

そう言って球磨川は小さくまたありがとうと呟く。俺は頭痛に顔を顰めたフリをして涙を我慢した。





5000HIT記念小説。
なんて長いんだ……スーラ様リクありがとうございました!



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