act.4 週明け。 彼は中腰になって僕の花をじっと見つめていた。どうしてだろう。君はどうしてそんな顔をしているのだろう。 苦虫を噛み潰したような、苦しいような表情に見えた。 僕はその様子を仕事を中断して見ていた。他の三人は目安箱の案件を解決しに行って暫く戻ってこないだろう。 「『どうしたの?』」 「いや……なんでもない」 彼は普段の顔には戻ったものの僕には目を合わせず、花をじっと見ていた。 黄色の花弁はすでにひらひらと落ちて行く。狂い咲きのような僕の思いと一緒に。 「『枯れてきてるね』」 「あぁ」 彼はそう答えてその枯れかけた花弁の一つ一つを摘んだ。あの本に書いてあったな、なんか枯れかけたら摘んでやるのがいいらしい。 「『もともと狂い咲きだったらしいけれど……綺麗な黄色だったのに、ずいぶんみずぼらしくなっちゃったね』」 「黄色が好きなのか?」 彼はそう尋ねた。 「『別にそういうわけではないよ?むしろ最初は紫を買うつもりだったし』」 「じゃあなんで黄色なんだ?」 「『……なんでだろうね。なんとなくかな』」 理由にすらならない理由を告げて、僕は前に向き直った。これ以上話す気にはなれなかった。 僕は嘘つきだけど、罪を重ねるのは何回嘘をついても慣れない。 彼は僕の方を振り返った。 「チューリップは色で花言葉が違うらしいぜ」 彼はそうつぶやいた。 どきり、と形容するにはあまりにも衝撃的な気持ちが僕を襲った。 「『そうなんだ。よく知ってるね』」 僕は嘘を吐き続けた。 「これも違うのかも知れないな」 彼はそう言って立ち上がった。僕はどうすればいいかためらった。 彼は続けた。 「このままじゃ枯れてしまうな。球根だからまた大丈夫だと思うか?」 「『……その花は生徒会にあげたんじゃないよ』」 「『君にあげたんだ』」 「『だから枯らすのも生かすのも、君次第だ』」 僕はそう答えることしかできなかった。彼はそうか、とだけ言って花をぶちりとちぎった。 摘む、と表現するには心が痛むような音だった。 act.5 季節が巡る前に、僕はあることを思いついた。 あの花をだめにしてしまうことだ。 彼はソレに甲斐甲斐しく世話を焼いていて、僕は最初の計画通りに枯れろ枯れろと念じていた。 だというのに実際枯れてしまって、球根だけの状態になったソレを僕は直視すらできない。 彼は困ったように様々な手段を施していたが、もともと狂い咲きで養分を使い果たしたソレは次の季節にきちんと花を付けるのかすら怪しかった。 しかし、また咲いてしまうのだろうか。 咲く前に殺さなければ。僕はそう思って、そして何を殺すのだろうと思い直した。 僕が殺すのは僕の心だろうか。花なのだろうか。 それは両方共同じ答えのような気がした。 僕は誰もまだ来ない生徒会室で、一人呆けたように座っていた。 あ、と思いついた。素晴らしい考えだった。 僕はなかなか花を殺すことはできなかった。罪悪感というものは、僕の心にも不思議なことだが存在しているらしい。 じゃあ、最初に僕が痛めつけられればいいじゃないか。 にっこりと微笑んで、大嘘憑きがなくなったというのに、僕は自分の手を螺子止めた。 痛みというより熱い感覚がだくだくと溢れていく。僕の視界も滲んでいく。溢れていく。 熱い。痛い。辛い。苦しい。恋しい。そういう心が僕から溢れていく。摘まれたヒヤシンスもそんな風に痛かったのだろうか。 僕はその真っ赤に染まった螺子を抜いた。ぐちゅり、と嫌な音がしてまた更に痛みがました。充分だ。この痛みになら、あの花に罪の意識を感じることもなく、すべてを終わらせられる。 それをヒヤシンスの植木鉢目掛けて、投げる。 そしたら、おしまい……―― それなのに、螺子はがちゃんと硬い音を立てて床に転がった。僕はばっと、不自然に軌道変更させた原因である人物を見た。 善吉ちゃんは呆然とした表情でドアに立っていた。手に持っていたバッグを投げたようだった。 「『善吉ちゃん、余計な真似だね』」 僕は軽薄に笑ってみせた。けど、体が震えた。 「おまえ、手は……」 「『利き手じゃないから何も支障はないさ』」 そう、何も支障はない。痛みも苦しみも悲しみも辛さも君に対する思いも、君にとって何一つ支障はないだろう。 彼は動揺したように僕の怪我をしていない方の手をとって僕を立たせた。 「とりあえず保健室いくぞ。今日はめだかちゃんたち遅いらしいからどうせ先に帰る予定だったんだ」 僕の手から血がぱらぱらと零れる。僕はまるで花弁が落ちて行くみたいだなぁなんて思いながら彼にひかれるまま保健室に行った。 「どうしてこんな真似したんだ」 「『どっちのこと』」 「どっちもだ」 彼はそう言って僕の手に包帯を巻いた。血は止まり、痛みも今では疼くようなむず痒いような痛みだ。 「『……』」 僕はどう言うべきか困って、困った挙句に無言を貫いた。 「……あの花、もう少し頑張ったら大丈夫そうだ」 彼は話題を変えた。でもそれは変えたと言えない、ということに彼は気づいていたようだった。 「『……そう』」 「お前はもう少し頑張ったら、大丈夫か?」 「『……わからない』」 彼は目線を包帯を巻く腕からそらさずに続ける。怖かった。どこまで分かられていて、分かられていないのか。それが分からなくて、怖い。 だから、 「『花言葉、しらべて欲しいんだ』」 初めて思った。僕は僕の気持ちを。 「『お願いだから』」 分かって欲しいんだ。分かってもらって理解してもらってそして好きと伝えたいんだ。 「……あの花の?」 「『そう、ちゃんと』」 「…………やっと、言ってくれた」 彼はそう言って笑った。伝わってないと思ったのは、僕だけだったのかもしれない、と僕は気づいた。 「ずっと待ってたんだ」 そうかぁ。結局僕より君の方が一枚上手だった。 僕は笑いたいような泣きたいような気持ちだった。 彼は「できた」と言って、僕の包帯を巻き終えた。 僕はぽたぽたと涙をこぼした。花弁が落ちてゆくように。 いつの間にか僕も咲いて、枯れて、また咲いていた。 そして今この瞬間、君が摘み取った。待っていたよと言って、僕の気持ちを掬い上げた。 「『あの花、咲いたら枯れて、死んでしまうと思ったんだ』」 「『でも、枯れたけど、なくならなかったね。球根だって忘れてたんだ』」 「『だから、僕も。でも』」 「『君に育ててもらいたかったんだ』」 一応キリリク……長い。豚足様ありがとうございました!そして意味不明ですみません。 狂い咲きとか小説で扱っていいのかと思いましたが一応…… ヒヤシンスは春の花です。夏の花じゃありません。どうしてもこの花言葉使いたくて…… 捧げ物一覧に戻る Novel一覧に戻る topに戻る |