安心院さんに言われた通りに、僕は幾度と無く同じ事を繰り返した。 先程はあれだけの時間を過ごしたのに使ったのは現実では30秒だった。でも、今ふと我に帰ると既に一時間。 「『何回目か数えるスキルも借りればよかった……』」 そう愚痴ったところで何の意味もないくらいの回数を経たのに。 「『なんで、わかったんだろう安心院さんは』」 ――僕はさっぱり理解できないでいた。 例えば性別の違いかな、なんて思って僕や善吉ちゃんやいろんな人の性別を変えて試行した。 次に時期かななんて思って舞台を夏や冬に変えたりして試行した。 その次には学年が違うからかななんて適当に年齢を操作して試行した。 舞台を変えて、立場を変えて、少しずつ何か条件を変えて、それでもシミュレーションの中で善吉ちゃんとの関係性を無くすことはできなかった。ソレ以外の人との関係性は脆くも簡単に崩れ去るのに。僕と善吉ちゃんの絆だけ、酷く強固なもののように映る。 いや、そんなわけない! そんな風に考えて、あきらめられなくて――何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も、試行した。 その度毎に成果もなく、むしろただただ苦しくなっていった。だってこれがただのシミュレーションだなんて思えないくらい、全部現実めいている。 何回も可能性や現実を蹂躙した。何回も泣いて苦しくなって叫びだしたりして。 それすらも全部全部、仮想だっていうんだからもう死にたいくらいだった。 これが安心院さんが抱えているという苦しみなのだろうか。 安心院さんの抱えている懸念――「シミュレーテッドリアリティ」。 確かに、こんなことがいつでも出来るなんて気が狂いそうだけれど、それでも狂えないのは流石安心院さんとも言えるし、可哀想だとも言える。 「『……え?』」 はたと、気づいた。あれ、僕なんで安心院さんがそんなことを考えてるって知ってたんだっけ?あぁそうか、前教えてもらったんだった。いつ?めだかちゃんと一緒にいたときだったっけ。 「『……アレ?』」 そんなことを深く考え始めて、あぁ違うと首を横に振った。 そうやって現実逃避するのは僕の悪い癖だ。今考えるべきことは――思考すべきことは他にあるだろう。 「『あぁでも……めだかちゃんなら』」 何か分かるのかも知れない。そう思って、次はめだかちゃんと出会うことにしてみた。勿論――仮想だけれど。 「『……ここは?』」 「む、どうした球磨川?」 ……あれ? つい先刻まで僕は公園にいたはずだと思ったのに、僕ががばりと頭をあげると、そこは見慣れた生徒会室だった。 「『あれ……っ』」 自分の服装も、見慣れたあの学ラン。副会長の腕章のおまけ付きだ。 どうやら僕は自分の席に突っ伏していたらしい。なんでだろう。まさか夢?そんなことあるのか? 「……どうしたんだ?」 見慣れた子が、僕の様子を窺っている。どうやら僕と彼女しかいないココは、もう放課後になって大分経つみたいだった。 「『……めだかちゃん、僕ずっと寝てた?』」 「あぁ、疲れたって言って寝たな。まぁ、ちゃんと仕事は終わらせているようだったから咎めはしなかったが」 「『そういえば、そうだったかも』」 そういえばそうだったかもしれない。まさにそのとおりで、彼女からそう言われた瞬間いろいろなことを思い出した。 「『そうだ!めだかちゃんに相談したいことがあったんだよ!』」 「……ふむ」 彼女はかたりとペンを机上に置いて、改まって僕を見た。 僕はそんな彼女に好感を覚える。 「『めだかちゃんの書類は終わったの?』」 「もうちょっとだが、まぁ貴様の話を先に聞こうではないか」 「『ふぅん……』」 「で、どうしたのだ。私は勿論、副会長たる貴様からのどんな相談でも受け付けるぞ」 めだかちゃんが僕を鋭い目で見る。僕は、この目があまり得意でない。 何事も見通しているような彼女の目付きは、僕の中のいろんなところまで踏み込んできそうで怖い。勿論、ただの比喩だ。 「『…………あ、あれ』」 「どうした?」 「『やだな……僕としたことが、何を相談したかったのか忘れちゃったぜ』」 「…………」 「『あは!恥ずかしいな……ほんと、なんて相談するつもりだったんだっけ』」 「…………」 僕は本当にきまりが悪くて、顔を俯けた。 ほんと、何を相談するつもりだったんだっけ。本当に忘れてしまった。思い出さなきゃいけない大切なことのようだった気がするのに、忘れてしまった。仕方なく顔をあげて、こう言う。 「『……まぁ、忘れるってことは大切じゃないってことだろうし、思い出したらまた相談するよ』」 「……貴様がそれでも良いなら良いが」 めだかちゃんはこうやって話を締めたのにも関わらず、そのまま僕をしっかりと見据えていた。その視線に居心地が悪くなって、やっぱりその視線から逃れるように顔を俯ける。 「だが球磨川、ひとつ言わせてもらうと――忘れたことは大切じゃないってことはない。寧ろ逆なことが多い」 「『え?』」 「人は忘れる――自分を守るために、他人を守るために、志を守るために」 「忘れることは人間にとっての重要な"選択肢"だ」 「つまりお前はそういう選択肢を選んだのだろう。私に相談する、という選択肢ではなくその内容を"忘れる"という選択肢を」 「『……』」 「まぁ――その選択肢は残念ながら私には与えられてはいない選択肢だがな」 忘れたいものだよ、昔のことなんてのは。 彼女はそう自嘲気味に言って、僕の目を真っ直ぐに見つめて言う。いつのまにか、僕も彼女の顔をしっかりと見据えていた。 「不思議なことだ。現実を受け入れたくないお前を見たいと願っていたはずなのに――」 「どうしてこんなにも哀れに見えるのか」 ――防御力0。ダイレクトに受けたその刃は、僕の柔らかいところにざっくりと突き刺さった。 「『――っ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ』」 思わずシミュレーションを止めた。 酷い動悸と息切れに思わずベンチに寝転んで、空を見上げる。もう、宵の明星が煌めいていた。 「『……バレて、たな』」 大体このシミュレーションが出来ている仕組みすら僕にはよくわかっていないのだが、これはパラレルワールドでも創り出すようなものなのだろうか。あのめだかちゃんは、僕が繰り返していることを知っているような、足掻いていることを知っているような気さえした。被害妄想だろうか。いや――そんなことはない。 先ほどのめだかちゃんのセリフがまた、自分の耳の中でリフレインしている。 結局、僕は現実を受け入れることを恐れているだけに過ぎない。何回繰り返しても、一万回二万回三万回と繰り返しても――現実は一つしかない。本当なんてものは、たった一つしか存在しちゃくれないのだ。机上の空論を実際に試してみたところで、それはただの空想の域を抜け出ない。現実に、勝る真実などありはしない。 ――結局、いつまでも足掻いていたって何も始まらない。 もう、僕が感じる齟齬の原因がなにかという予想は――信じたくないがついていた。 僕は恐る恐る、その予想を確信に変えるため、震える指で携帯電話を取り出した。もう家に着いているだろうと、彼にコールする。 何回かして、見知った声が聞こえた。 《どうしたんだ、球磨川。突然電話なんかしてきて》 「『あは、ごめんね……ちょっとさ、会いたくなったんだ』」 そう甘えた声で言えば、電話の向こうで彼が息を呑むような音がする。当たり前だ、普段こんなことは言わない。みっともなくて恥ずかしかったから。でも、最初からこうしておけばよかった。 《……今どこにいるんだ?》 「『えっと、僕の家の近くの公園、分かる?』」 《あぁ。そこにいるのか?》 「『うん、来てくれると、嬉しいなぁ』」 《勿論いく!ちょうど晩飯食い終わって、母さんが居なくて暇してたところだったから》 「『ちょうどよかった……』」 それはあまりにもちょうど、良すぎた。 僕に、確信を与えるほど。 次へ 捧げ物一覧に戻る Novel一覧に戻る topに戻る |