「ねぇ半纏」 「…………」 僕は答えない半纏に向かって話しかける。でもちゃんと言いたいことがわかっているのだから、それで何も問題はない。 「球磨川くんが善吉くんとの思い出を消せないのはズバリ――消したくないからだろうね」 そう、思った。 彼のシミュレーションは、僕も追体験に近いような形で(当然第三者的視点で傍観していただけだけど)見ていた。 だからあのまま回避されたルートを辿ることに危機感を感じ、ああやって"財部"にアクセスしたのだ。そして、"気づいた"二つの事実。 一つ目――あの回避は彼の願望に因るものだということ。 つまり、彼は善吉くんとの思い出、記憶、関係性、記念日――そういったものを無くしたいだなんて本当は思っていない。思っていないから、大嘘憑き《オールフィクション》も作動しない。考えてみれば当たり前のことだ。 「僕とは本当に正反対な子であること」 自分の抱える不安感と彼の抱える不安感を比べながらそう思った。 僕はこの世界がシミュレーションであるかも知れないと恐れている。 彼はシミュレーションをすることで自分の恐れを取り除こうとしている。 だが対偶が真であれば命題も真であるように、彼の気持ちは僕には理解できないが、苦しみは理解することができる。 それは、どちらがより苦しいとか、どちらが正しいとかそんな低次元の話ではない。 だからこそ力を貸して、スキルを貸して、そして、自分と同じ苦しみを課したのだ。 二つ目は、僕が最初から気づき、恐れていたこと。 だから何も感じない。そうであることを最初から知っていたし、今もそう思っていた。 でも、もし"本物"があるならば。"現実"がそこにあるのならば、 「僕達も、救われるのかも知れないね」 半纏はやっぱり返事をしなかった。 次へ 捧げ物一覧に戻る Novel一覧に戻る topに戻る |