「『……ったく……いったいなぁ』」
「は?」

……あれ?
つい先刻まで僕は公園にいたはずだと思ったのに、僕ががばりと頭をあげると、そこは見慣れた生徒会室だった。
「『あれ……っ』」
自分の服装も、見慣れたあの学ラン。副会長の腕章のおまけ付きだ。
どうやら僕は自分の席に突っ伏していたらしい。なんでだろう。まさか夢?そんなわけない。だってまだ後頭部がズキズキと痛む。
「……どうしたんだ?」
見慣れた子が、僕の様子を窺っている。どうやら僕と彼しかいないココは、もう放課後になって大分経つみたいだった。
「『……善吉ちゃん、僕ずっと寝てた?』」
「ああ。疲れたって言って突然……書類も終わってたみたいだしいいかなって思ったから別に止めなかったけど、お前、俺が書類やってんのに……」
不満そうに口を尖らせた彼が僕を睨む。
「『そういえば、そうだったかも』」

そういえばそうだったかもしれない。まさにそのとおりで、彼からそう言われた瞬間いろいろなことを思い出した。

そうだ、彼と僕は――………

あれ、おかしい。何かがおかしい。っていうか。

このままだと"ヤバイ"。


「『善吉ちゃん、』」
「ん?あ、まだ俺書類終わってねーから待ってくれるか?」
「『あ、うん、じゃなくて。今日なんか約束してたよね』」
「あぁ、なんか帰りに本屋に寄ろうって……どうした?」
「『ごめん。なんか具合悪くなってきて……今日ちょっと無理かも』」
息を吐くように嘘を吐く。
「え!?大丈夫か球磨川!」
「『あぁ大丈夫大丈夫。ちょっと頭痛いだけだからさ……風邪のひきはじめだったら用心しなくちゃかなぁと思って』」
わかりやすく胸を撫で下ろした彼に、僕はほっと安心する。

「『この埋め合わせは今度するね』」

ばいばい、と告げてガタリと席を立つ。
彼は気をつけろよ、と適当に相槌を打って手を上げた。



ドアをガラリとあげて、やけに安心している自分に驚く。
このまま彼と一緒にいたら何かが起きるような気がした。何か、最悪な何かが起きると思っていた。だから、別に具合が悪いわけでもないのにそんな嘘をついてしまった。

自分でもなぜかはわからない。なんだか気持ち悪いな、なんて思って昇降口へと降りていくと、

「『あれ、財部ちゃん?』」

見習い研修中の彼女がやってくる。あれ、どうして見習いに来てるんだっけ……そうか、めだかちゃんが箱庭学園の学校見学会で彼女たちを見初めたからだった。……あれ、そうだったっけ?

でも、詳しいことはどうでもいい。今は彼女がここに居ることのほうが不思議だ。

だから僕は珍しい、だなんて言いながら彼女に近寄っていく。
彼女は困ったような顔で僕を見上げた。

「球磨川せんぱい、ですよね」
「『?うん』」
「今日は"財部依真"ではなく悪平等《ノットイコール》の"端末"《ぼく》としてお話があります」
緊張したような、戸惑ったようなそんな表情で、彼女はぎゅっと自分の制服の袖を掴んでいる。それに只ならぬ重要性を感じて、僕は思わず顔を凍らせる。


「『……きこうか』」


「はい……安心院さんからの伝言です。いや、なんていえばいいかわからないんですが、ここの"安心院さん"ではなくて……違う"安心院さん"からの伝言なのですが……」

――ぞくり、と嫌な予感が駆け巡る。
あ、ヤバイ。これは、ヤバイ。焦燥感が体中の血液を沸騰させるように駆け巡る。やらかした。終わらせた。

「『……何言ってるかわかんねーぜ』」
震える声を隠しながらそうふざけてみせたが、
「うっせー私も解んねーんだよ黙れ」「まぁ、聞いてくださいよ」
彼女は真剣な口調で続けた。
「<球磨川くんへ。そっち側はダメ。ちゃんと同じ条件で繰り返さないとダメだろう?>……だそうです」


それを聞いた瞬間、僕は"目を開けた"。













「いやーできないかと思ったけど、シミュレーションの世界のなかの端末《ぼく》にもちゃんとアクセスできるものなんだね!よかったよかった」
「『あ、安心院さん……?』」
「はい安心院さんだよー」

ぱちぱちと目をしばたたかせると、目の前のぼんやりとした風景がクリアになる。と同時に自分が涙を流していることに気づいてすぐに拭った。

「『……今、どれくらい経ったの?』」
「時間にして30秒ってところかな」
「『……まるで邯鄲の夢だね』」
――またの名を一炊の夢。僕が体験したのは人生の栄枯盛衰ってわけじゃないけど、まぁ似たようなものだろう。
そう自嘲するように言ってみれば、安心院さんは、

「…………」

少しだけ表情を固くしてみせた。珍しい様子ではあるが、こっちはそれどころじゃない。


「『人選を変えてみたんだけど、結局善吉ちゃんのときだけは回避するようなルートになっていたよ。ソレ以外の人では……ちゃんと無くせたみたいだった』」
胸がずきりと痛んだ。なくした関係性が、たとえ偽りのものであったとしてもそれを失ったことは確かに辛かった。その痛みはバーチャルではなく現実だった。

「……回避、ねぇ」

「『? どうしたの?』」

「いや、僕が干渉しなかったらあのまま回避したルートに進んでいたんだろうとは思うんだけども、もしそのままだったら、と思ってね」
「『どういうこと?』」

「つまりは、あのまま終わりが無かったんじゃないかと思ったんだよ」
彼女は真剣に眉を顰めてみせた。

「『終わりが、ない?』」
「あのまま永遠に、無かったことすらできずにシミュレーションを続ける。それはほぼ昏睡状態に近いものだよ。バーチャルに囚われて、偽りの世界で生き続ける――恐ろしくって仕方ない」
もしかしたら、これは相当危ないところまで踏み込んでいるのかもしれない――彼女はそうつぶやいて少し考えるように顎に手をやった。


「『……そうだね』」

そう俯いていると、彼女ははぁ、と困ったようにため息をついた。
「よし正直に言おう。僕は――君が善吉くんとの思い出を無くせない理由を分かった」
「『!!!』」

思わず目を見開いて彼女を見つめる。しかし、彼女は無表情で僕を見つめている。

「だけど、それは僕が教えていいことじゃない」
「『……僕が、自分で気づくべきだと?』」
「そーゆーコト」



「暫く君に僕のスキルを貸しておいてあげるよ。必要なくなったら自動返却されるようにしておいたから大丈夫だと思う。TSUTAYAより親切なのが悪平等《ノットイコール》だぜ」

彼女はひらり、と踵を返して僕に背中を向けた。

「気が済むまで、何回でも繰り返せばいいよ」


僕は彼女の背中に向かってありがとうと言って、彼女がいなくなるのを見守った。彼女はほんの少しだけ気遣うように僕を振り返ったが、すぐに消えた。

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