「『……ったく……いったいなぁ』」 「大丈夫ですか?」 ……あれ? つい先刻まで僕は公園にいたはずだと思ったのに、僕ががばりと頭をあげると、そこは見慣れた生徒会室だった。 「『あれ……っ』」 自分の服装も、見慣れたあの学ラン。副会長の腕章のおまけ付きだ。 どうやら僕は自分の席に突っ伏していたらしい。なんでだろう。まさか夢?そんなわけない。だってまだ後頭部がズキズキと痛む。 「……どうしたんです?」 見慣れた子が、僕の様子を窺っている。どうやら僕と彼しかいないココは、もう放課後になって大分経つみたいだった。 「『……高貴ちゃん、僕ずっと寝てた?』」 「ええ。疲れたって言って突然……書類も終わってたみたいだしいいかなって思ったので止めませんでしたが」 「『そういえば、そうだったかも』」 そういえばそうだったかもしれない。まさにそのとおりで、彼からそう言われた瞬間いろいろなことを思い出した。 そうだ、彼と僕は―― 「で、今日は昨日言ってたみたいに放課後……」 「『うん……僕の家に来るんだったね』」 思わず熱くなる頬を隠すように、また俯いた。 付き合っているんだった。なんでこんな大切なことを忘れてしまっていたんだろう。 もう少しで二ヶ月ってくらいの、一番二人でいて楽しい時間。しかも、今日は家に彼を呼ぶんだった。そう思うといてもたってもいられなくて、彼の様子を見る。 「『高貴ちゃんの書類は終わった?』」 「あ、もうちょっとです。待っててくれますか?」 「『待つのは好きだぜ』」 「ならよかったです」 彼はふんわりと笑って、判子をぺたりと書類に押した。 「お邪魔します」 「『ぷっ、礼儀正しいね……どうぞ』」 僕の部屋に入ると同時に、そう行儀よく言った彼をそうからかう。 「変ですか?」 「『いいや、全然』」 むしろ高貴ちゃんらしいと思う。こういうところは、中学時代から全然変わってない。ちょっと抜けてて、それでいて格好いい。だけれどまだ、高貴ちゃんとこうやって穏やかに話が出来るなんて信じられなかった。 「『で、高貴ちゃん』」 「はい?」 僕と彼が隣り合って腰を下ろす。彼の髪は僕の家の安っぽい蛍光灯の下でさえ金色に輝く。それが綺麗で、思わず彼に近づいて彼の髪を梳いた。 「ん……」 「『取り敢えず、イチャイチャしようか』」 「……はい、そうですね」 彼の目が、ふっと濁ったのは見えないフリをした。 彼の好き、というのは単純なる依存だ。 それを知っていて、自分に依存させていた中学時代の僕は、彼を失って初めて自分も彼に依存しているということに気づいた。 ――共依存とでも、いうのだろうか。 僕が彼に対して全てを許し、全てを与え、全てを慰めることで僕も僕の価値を見出していたのかもしれない。だから、これは報いだ。 共依存というのはそういう関係性を呼ぶのだろう。 彼だけを悪いと、自分は悪くないと括弧つけていた罰に違いない。 そして今、またそれを性懲りもなく繰り返している。 「球磨川さん?何考えてるんですか?」 「『この状態で君のこと以外考えることが出来ると思うのかなぁ』」 彼の腕の中でそういうことを考えている。これもまた、彼に対する冒涜だ。 例えばめだかちゃんが高貴ちゃんのこういう性質に対して何かしらのアクションを起こせばいいのかもしれない。だけれど、彼女は自分から強いてはそういうことはしないだろう。なぜか?結局、この問題は彼自身が解決すべき問題だと思っているのだろう。 で、僕は彼がこの性質を変える必要なんかないと思っている。だって、こうやって頼ってもらえるからね。 だけれど彼が僕に落ちれば落ちるほど、ちょっとずつ、ちょっとずつ、彼の瞳が濁っていく。 それだけが気に食わなくて、目を瞑るように瞼にキスを落とす。彼は従順な犬のようにそれに従う。それが嬉しかった。 「『高貴ちゃんは僕の犬だね』」 「……違うと思いますが」 「『そう?僕のやることに嫌がらないじゃない』」 「犬は嫌がりますよ――いや、そうじゃなくて」 「『?』」 「球磨川さんは俺が嫌なことなんかひとつもしないじゃないですか」 彼が僕の頭を優しく撫でさすりながらそう言う。綺麗な指先が僕の髪を梳く。もう片方の手は僕の腰に回っている。彼があぐらをかいたところにちょこんと収まる自分の身体の華奢さが少しむかつくけれど、こうやって彼に甘えるのには便利だと思う。 「球磨川さんは俺が少しでも嫌に感じるようなことはしませんでした、いえ、してくれませんでした」 「『……だって高貴ちゃんが好きだから』」 「いいえ、違います」 「『じゃあ、なんだよ』」 「俺があなたから離れることをよしとしなかっただけですよね」 さっきから、すごく嫌な気持ちがする。 まるで高貴ちゃんが、マネキンのような人形のような機械のような。そんな硬質的で感情のない作り物のように感じてしまうのだ。笑ってよ高貴ちゃん。泣いてもいい。 そんな能面みたいな顔を僕に見せないで欲しい。なぜなら僕が君の無表情を、勝手に肯定的に解釈してしまうから。 だけれど高貴ちゃんは僕の嫌がることしかしない。 「『こ、高貴ちゃん』」 「別れましょう球磨川さん。これは――」 ただの傷の舐め合いですよ。 まるで夢でも見ているような脈絡のない意味不明なやりとりだった。だけれど、わかっていた。昨日、彼が僕の家に行きたいと言った瞬間から薄々感づいていたのだ。だから、躊躇いなく僕は答えた。 「『――関係性が変わるくらいなら無くなったほうがマシだ』」 最初から、こんな不毛な関係には嫌気が差していた。 次へ 捧げ物一覧に戻る Novel一覧に戻る topに戻る |