「『……ったく……いったいなぁ』」
「えっ?大丈夫っ?」

……あれ?
つい先刻まで僕は公園にいたはずだと思ったのに、僕ががばりと頭をあげると、そこは見慣れた生徒会室だった。
「『あれ……っ』」
自分の服装も、見慣れたあの学ラン。副会長の腕章のおまけ付きだ。
どうやら僕は自分の席に突っ伏していたらしい。なんでだろう。まさか夢?そんなわけない。だってまだ後頭部がズキズキと痛む。
「……どうしたの?」
見慣れた子が、僕の様子を窺っている。どうやら僕と彼女しかいないココは、もう放課後になって大分経つみたいだった。
「『……喜界島さん、僕ずっと寝てた?』」
「うん!なんだかつかれた〜っていって……書類も終わってたみたいだしいいかなって思ったけど」
「『そういえば、そうだったかも』」

そういえばそうだったかもしれない。まさにそのとおりで、彼女からそう言われた瞬間いろいろなことを思い出した。

そうだ、彼女と僕は――

「で、今日は昨日言ってたみたいに放課後……」
「『うん。デートだって言ってたね』」
顔を赤らめた彼女に、僕はそう答えた。


付き合っているんだった。なんでこんな大切なことを忘れてしまっていたんだろう。
もう少しで二ヶ月ってくらいの、一番二人でいて楽しい時間。そう思うといてもたってもいられなくて、彼女の様子を見る。
「『喜界島さんの書類は終わった?』」
「あ、もうちょっとかかるから待っててくれる……?」
「『勿論。待つのは好きだぜ』」
「もう、禊ちゃんったら……」
彼女はふんわりと笑って、判子をぺたりと書類に押した。




「『昨日言ってたケーキ屋さんって駅前なの?』」
「うん!あと少しだよ!イートインスペースもあるから、そこで買ったケーキはすぐに食べられるだって!」
「『それはよかった。もう僕お腹空きすぎて辛いや……』」
「……実は私もお腹ペコペコなの。いそがなくっちゃね!えっと、この交差点の向かいで……」

彼女と僕は他愛無い会話をしながら大通りを歩いていた。夕焼けを一心にうける彼女は、それはそれは可愛らしく見える。だけれど、それがなんだかすごく変な気分に思えてくる。なんだかおかしいような気がしてくる。お腹が減ってるから、気分がわるいだけに違いない。そう思っていた。


それは――いわゆる嫌な予感のひとつだったに違いない。


赤い信号、白と黒の横断歩道。カラフルでコントラストの効いた色合いの中で、柔らかな色彩の彼女が飛び込んでゆく。きらきらと彼女の色素の薄い髪の一本一本がオレンジ色に光っている。光って、光って――


「あ、信号が青になったよ!」



はじけ飛ぶ。






「『……喜界島、さん?』」




ただ、嫌な音がした。
「――きゅ、救急車!きみ、君は大丈夫かい!?」
「警察も呼べ!!!!」
「早く!早くするんだ!」
周りにいた人達が騒ぎ出す。僕の肩を揺らす。目の前で、綺麗な彼女の長い髪がぐったりと道路に伏している。嫌な匂いがする。しかし、慣れ親しんだ匂い。鉄と、何かが焼けるような、焦げるような。嘘だ、こんなことあるはずがない。ギュルギュルと車が音を立てている。唸るようなその声に、殺意が湧いた。クラクションの音や雑踏が遠く耳の中にくぐもって聞こえたような気がする。嫌だ、嫌だ、嫌だ。酷く恐ろしいものを見てしまった。自分が対象者になるならまだしも、目の前で、親愛なる君が。どうして僕じゃなかったんだろう。あと、あと一歩の違いだった。僕が先に立っていれば。最悪だ、最低だ。


今更思っても仕方のないことばかり考えていた僕は、ただ目の前の光景をぼんやりと立ち尽くして眺めている。


だが――救急車が彼女を連れて行くのをみて、僕はハッと気づいてそれに乗り込んだ。

「……っ、……」

痛みに呻いている彼女にはすぐに応急処置が行われ、いろんな器具やら薬やらが所狭しと並べられた狭い車内に押し込められていた。なんだか棺桶みたいで嫌だった。僕も多分動揺していたからだろう、腕に機械を嵌められて何らかのデータを取られている。救急隊員の人に言われるがままに、学校名や彼女の名前、彼女の両親の名前や電話番号を告げていく。また、現場の様子も聞かれる。

対向車線からやってきた普通自動車が、彼女を轢いた。青になったばかりだったから、だろう。仕方ない。きっと急いでいたのだから、仕方ない。けど、僕達も急いでいた。だから、僕たちは本当に、全然、悪くない。



でも、幸運にも彼女は素早い処置と彼女持ち前の体力、精神力のお陰で一命をとりとめ、腕や足を折るという重傷ではあったが僕はほっと一安心したのだ。轢いた人はまだ夕暮れだというのに飲酒運転だったそうだ。厳罰に処せられることを聞いて、よかったと心底思った。僕の大嘘憑き《オールフィクション》は彼女の傷を治したいという気持ちに応じて上手く動くかわからなかった、っていうか自信がなかったので彼女の骨折が治ってから、その傷跡を治すという形で使った。すっかり傷跡もなくなり、綺麗になった彼女を見て僕は本当に、本当によかったと思った。







だけど、本当に悪いのは僕だった。なぜなら、コレは始まりだったのだ。






――彼女は、毎日のように何かしらの怪我を負った。
擦り傷、切り傷、裂傷、火傷、打撲、捻挫、骨折、脳挫傷、脳溢血。
小さなものから、今回の事故のように大きなものまで。それも必ず――僕と一緒にいるときに。少しずつ、傷が治るスピードよりも傷が増えるスピードの方が勝ってきている。もうすぐ、間に合わなくなる。



「『彼女は因果関係はないといっていたけれども、そんなわけないと思うんだよね』」
「……そう、かもしれませんね」
マイナス十三組の教室で、偶然残っていた怒江ちゃんにそう相談する。
「『僕の過負荷は他人にまで影響を与えうるのかもしれない――勿論、仮定の話だけど』」
「自分の不幸さが、他人に伝染する、って意味ですか?」
「『うん……』」
今までこんなに長い時間、一緒にいた普通《ノーマル》の子はいなかった。勿論、彼女は特別《スペシャル》だから少し違うかもしれないけれど、それでも異常《アブノーマル》には到底及ばない。そして、及ぶ必要はない。高貴ちゃんや善吉ちゃんと違って戦えるタイプじゃない彼女には、僕の毒がしっかりと及んでいるのかもしれない。

「『僕と一緒にいるときに、小さな怪我ぐらいだったら僕が無くしてあげる。けど、またあのときみたいに大きな事故がずっと続くようになったら――』」
「……辛い、ですね」
怒江ちゃんが言ったように、漫画や小説じゃないんだから、怪我してもなくせば問題ないなんて僕ももう思えない。彼女が苦しむようなら――

「『もう、僕と彼女の関係性をなかったことに――』」

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