僕は帰る彼の背中を確認しながら、安心院さんに電話を掛けた。安心院さんならそこら辺に向かって名前を呼ぶだけで出てきてくれそうな、そんな恐ろしさすらあるが、一番確実な方法をとった。彼女は今、箱庭学園で楽しそうに学生生活を謳歌している。艶やかな黒髪と、箱庭学園の制服は不思議なくらいに似合っていた。同い年の彼女がそうやって普通の女子高校生として過ごしているのをみるとおかしい気がしたっていいはずなのに、なんだかそれを普通のこととして受け入れている僕も僕だろう。


そんな風に彼女に思いを馳せながら自宅へと歩みを進め、僕は携帯を耳に当てる。少しのコール音のあと、すぐに馴染みのあるあの声がした。


《やぁ球磨川くん、久しぶり》
「『うん、久しぶり』」
《どういう要件だい?君が僕に電話してくるなんて珍しい》
くつくつと彼女が電話越しに笑った声がして、なんとなくむっとした気分になる。だけれどそのとおり正論なので反論もせずに僕は素直に続ける。
「『いや、スキルに詳しい人っていったら安心院さんが思い浮かんだからさ』」
《スキル?確かに、保有スキルが二京に達した女子高生なんてなかなかいないかもしれないね》
「『その素敵で無敵な安心院さんに聞きたいことがあるんだよ』」
《なんだい?》
「『僕の大嘘憑き《オールフィクション》についてなんだけどさ、』」
無かった事にできないものの、特徴について知りたいんだ。

そう告げると、途端に静かになった彼女に不安になる。電話はやっぱり嫌いだ。電話の向こうの彼女がどんな表情をしているのかわからない。窺えない。

《確かに、ね――君のそのスキルは僕のスキルがひな形だからね》
「『……分かるかい?』」
《今は分からないけれど、分かろうとは出来るよ》
「『どういう、こと?』」
《あ、ちょっと待って。そっちにいくから》

――そう彼女が言った瞬間。少しだけ風が吹いて、背後からコツンとローファーの音がする。

「あ、球磨川くん、偶然だねぇ」
「『安心院さん……』」


携帯と生身のステレオに若干酔いながら、僕は耳に当てていた携帯の電源ボタンを押した。

「『脅かさないでよ。びっくりした』」
「やぁそれはごめんごめん」
彼女と付き合いの長い僕でさえ、まだこの神出鬼没さには慣れはしない。だけれど「どうしたか」はわかっているのだから、ここは「どうしてか」を尋ねるべきであろう。
「『どうして――わざわざ?』」
「君があまりにも面白いことを聞いてくるからさ」
「『……』」

「ぶっちゃけると僕が貸したあのスキルと君のスキルはちょっと別物だからね。正直僕の専門外になるとは思う」
二京も持ってるのにできないことがあるなんてね――彼女はそんな殊勝な言葉の割にはにやついてみせる。
「でも――手伝うことは出来るよ」
「『手伝う?』」
彼女は見慣れた箱庭学園の制服を翻しながら僕の隣に並ぶ。仕方なく近くの公園に入ると、彼女はブランコに座って軽く漕ぎ始めた。
ぶらんぶらんと、彼女の髪の毛も規則正しく揺れている。僕は手持ち無沙汰になって、仕方なくベンチに腰を下ろした。時刻がもう七時に差し掛かっているからだからだろうか、子供も誰もいない。ただ寂れた公園だ。この公園の名前は、なんといっただろうか。もうこの近所に住みだして暫く経つのに、一向に覚えていない。


「まず――君が無くしたいものの想像はつくよ」
「『……じゃあ、なんだと思う?』」
「善吉くんとの思い出、ってとこかな」

図星をさされたのに、なぜか清々しいくらいだった。

「『……あーあ。昔から安心院さんには隠し事が出来なかったなぁ』」
「これはスキルとかじゃなくて、ただの女の勘ってところだけどね」
「『……あっそ』」
少し照れくさくてぶっきらぼうにいったのに、彼女は気にも留めない様子で言葉を続けた。

「さっきもいったように、なぜかはわからない。だけど何が無くせて、何が無くせないか――つまり、条件を変えて試すってことをすればその傾向ぐらいはつかめるかもしれないぜ」
「『試す……ね』」
「あくまで机上の空論の域を出ない話だけれど」
彼女はブランコを座り漕ぎから立ち漕ぎに変えてゆらゆらと揺れて始めた。僕はその様子をぼんやりみていることしかできない。

「ただ僕なら――そんな机上の空論も現実にしてあげられる」
ぞくり、と背筋が凍るような凄艶な笑顔を彼女は浮かべた。

「歴史的かなり違い《イニシャライズヒストリー》――歴史を変えるスキル、」
「思いやりなおせ《フォールリテイカー》――リテイクを出すスキル、」
「質問を繰り返す《リセットクエスチョン》――最初からやり直すスキル、」
「現実がちな少女《ワーストドリマイズ》――夢オチにするスキル、」
「有限実行《ネクストオネスト》――言葉が実現するスキル、」
「――どれにしようか?」
まぁ、どれでも変わらないと思うから全部貸してあげてもいいかな。


そう、彼女は比喩でもなんでもなく――二京のスキル使い。逸脱した能力とそれを操りながら自分を保つ唯一無二、インフレ甚だしい女子高校生。パワーバランスが崩れてしまう、そんな扱いにくすぎるキャラクター。

「僕にとっては大切なスキルだけど、他の誰でもない球磨川くんがそんなに困っているというならこれ幸いと貸し出しちゃう、ぜっ!」

彼女はぶんっとブランコから飛び降りて、僕の前にすとん、と着地する。10点つけたいくらいの美しい跳躍だった。圧倒させる気なんて感じさせないような可憐な笑顔で、彼女は笑う。
「口写し《リップサービス》は善吉くんにバレたら怒られそうだしね――違う方法で貸してあげるよ」
「『えっ?』」
にやり――そう笑った彼女がすぅと綺麗な右足を高く上にあげ――そして、
(『あっ、パンツ見え……』)
――そんな下世話なことを思った瞬間、ドスンと僕の頭に衝撃が走る。

ってか、そんなことより――
「『ぐぇっ……スパッツかよ……』」
そう呻きながら、ぐらりと傾く視界で彼女を見たが、彼女はにやにやと笑っているだけだった。
「ごめんね、球磨川くん」
その踵落としという行為についてなのか、それともスパッツについてなのか――それはわからないまま、僕は仕方なく頷いて意識を完全に放棄した。

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