じん、と指先から伝わる熱。
とろけそうな痺れが僕を苛む。
ねぇ、お願いだから僕に触れないで。



痺れを伴う恋愛感情



最初はたった少し、指先が触れただけでした。
書類を渡すときに、ほんの少しです。

「『はい』」
「せんきゅ」

刹那的に温かい、と思ったのを覚えています。


彼は気にしていないみたいで、だけど僕は内心とても動揺していました。

だって、僕に触っても何も言わないし気持ち悪い素振りを見せない彼が?嘘みたいだと我ながら自分らしくない考えにとらわれたものだと思います。

あんなに僕が大嫌いで見るたびに震えていた彼が。
<普通>の彼が。



戸惑いと微かな喜びとで、僕は真面目に書類に取り組むフリをして俯きました。
指先がじん、と微かな痺れを伴って僕にその存在を伝えたのも気のせいだと思って。




次は手首を握られました。
生徒会の仕事でゴミ捨て場を整理していたときです。
不燃物の袋が破けていたことに気付かなかった僕は、それからはみ出た凶器になりうる輝きを持ったガラスに指先を切ってしまいました。

「『っ!……ん、ガラスか』」
「どうした!?」
「『ガラスが入ってたみたい。指切っちゃった』」
ひらひらと彼に手を振ってみせると、彼はむっとした顔になった後に心配そうな表情を作りました。
「危険物には危険物ってちゃんと書いとけって言ってるのにな……大丈夫か?」
「『んー絆創膏持ってたりする?』」
「持ってたりする。見せてみろ」
そう彼は言って僕の手を掴みました。
あ、と僕は呟いたかもしれません。できれば心の中だけで呟いていて欲しいなぁなんて思います。

彼の手が僕の手首をしっかりと掴んで、そのつかんだところから、彼の熱が伝わってくるようでした。

「『……』」
だから僕は無言を貫きました。

指先からぷくりと玉のように赤い血が膨らんでいるのを見て、彼は顔をほっとした顔をしました。
「ちょっと切っただけみたいだな」

彼はよかった、と呟いて、でも血がまだ出てるから取り敢えず水道で洗うか、なんて提案しました。
僕は傷口より彼に掴まれた手首の方が熱くて返事が出来ず、ただ曖昧に笑って頷きました。




その次の日が今日です。
僕はたまたま彼と二人で並んで歩いていました。
雨がざかざかと降る暗い放課後です。
殆どの生徒が帰宅していて廊下には誰もいません。
教室は電気が落とされ、廊下の蛍光灯が白々と照らします。
ふと、窓に写った自分の顔を見ました。白い肌に黒々とした眼と髪がおかしなコントラストを作っていて、ひどく不吉な印象を与えます。



「『暗いね』」
「……あぁ」
彼は陰鬱な返事をしました。雨は嫌いだ、とさっき言っていたのを思い出しました。
仕事は済ませて、あとは帰るだけ。生徒会室に向かえばおしまい。
そしたら、もうお別れ。それはひどく勿体無いことのように思えて、僕は会話を続けようと努力しました。


「『……ひどい雨だ』」
僕は呟きました。雨が降っていると頭が無意味に痛み出します。気圧の関係とかなんとか。
詳しくは知りません。雨は嫌いではないですが、それだけはイヤでした。

でもそれ以上に嫌いなのはこの不愉快な痺れでした。
昨日の指先のケガよりも手首の方がまだじんじんと痺れているようなのです。
その痺れはもう暫くしたら身体中に毒のように回るに違いないと勝手に確信していました。回りきったら僕は死ぬのかな。初めての感覚に僕は恐れすら抱き始めていました。

「……おい、大丈夫か」
「『っ、え?』」
「顔、真っ白だ」
彼の心配そうな顔が目の前いっぱいに広がりました。
くらり、としそうなほどの熱視線。次は頭の中まで痺れてしまう。

「『……心配してくれるの』」

優しいね、なんて言葉に思いの外元気がなくて、彼は驚いたみたいに僕の額に手を添えました。

「……つめたっ」
あぁ、と思いました。痺れがじんじんと伝わっていくのがわかります。頭が痛いはずなのに、痺れてもうそれすら分からない。

そして目の前に彼の顔がありました。行動に移すのは簡単でした。

ほんの少し顔を近付けて、その身体を開いてる両手で引き寄せて、ちゅ、っと音をわざとらしく立てて唇と唇をあわせました。すぐに離したけれど。

そしてもういいや、と彼に抱きついてみることにしました。
「っちょ、え!?」

彼も動揺していましたがそれ以上に僕の方が動揺していて、でも思考は案外クリアで。
嫌われてもいーや、という考えが胸の奥に水のように溜まっていきました。それはおかしなくらいに冷たいはずの僕の心に温かく染み入るので、多分比喩としては水よりお湯とでも表現した方がよかったかな。


「『ごめんね』」
と謝ると、彼は何故か首を横に振ります。
「『割と前から君のこと好きだったんだよね。嘘みたいでしょ。恐ろしいことに本当なんだ』」
「『なんかもう我慢するの面倒だったから嫌われたいなと思ってさ』」

どうして彼は僕を抱き締めたままなんだろうと不思議に感じながら適当に言葉を紡ぎます。

「『だから君には申し訳ないけど思い切らせてもらったんだ。僕は普段あんまり自分が悪いとは思わないけどこればかりは君に悪かったと思う。だから、』」

いい加減離せよ、と続けようとした瞬間ぐいと彼の方を向かされて唇を奪われました。

「『ん、ぅっ!!ん、ん……っ』」

僕が耐え切れず目を瞑ると、彼は僕の頬を撫でました。

暫くしてからやっと解放されると、彼は怒ったような泣きそうな顔をしました。ああ嫌われたかな。でも、そうだとするとさっきの彼の行為はなんだったんだろう、と痺れた頭で考えました。
彼は呆然とする僕に向かって言いました。

「うるさい。喋りすぎ。あと、」

泣くな。

そう怒られて僕は初めて自分が泣いていたのに気付いたのでした。馬鹿みたいなことにです。

「『ぁ、……ぁあ、』」
自覚した瞬間涙が溢れて、その涙が伝った場所も唇も全て温かさで痺れたようになっていて背筋がぞくぞくと震えました。

それを僕がまるで寒くて震えたみたいに受け取ったのか、彼は僕をさらに温かく包み込むように抱き締めました。

それからまた暫く経って、

「『ふふっ』」
「何笑ってんだよ……」
「『いや、好きだなぁと思って』」
そう思わず顔を綻ばせて囁くと、彼は
「……俺も、」
好きだ、と吐息を含んだ声で耳元に囁かれて、僕はまた痺れが体を襲うのを感じました。

そういえば、冷たいところから熱いお風呂に入ったときって、指先とかすごく痺れるあの感覚ににているような。急速に解凍された僕の心?

でも残念なことにきっといつか、この痺れを感じなくなるときがくる。さっきまで不快だと不愉快だと思っていたこの痺れが今ではもう愛おしくて。
だから、僕のこの痺れもしばらくしたら慣れてしまうのかもしれないけれど、でも僕はこの感覚を一生忘れたくないので、君をもっと好きになりたくて仕方ないので。


「『もう少しだけ、このままでいさせてね』」


この甘い痺れに酔っていたいのです。



4444HIT記念で、豚足様よりリクエスト「禊ちゃんが善吉ちゃんに泣きながら告白」です。
……お風呂に入ると指先が痺れる季節になりましたね。
キリバン報告&リクエストありがとうございました!



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