人吉善吉の振り回される1日




「あれ、球磨川は?」
俺は生徒会室に入ってそうそうにめだかちゃんに尋ねた。
めだかちゃんは書類から目を離さず、
「風邪引いてたから帰した」
と言った。
は、と思わずすっとんきょうな声を出すと、喜界島が、
「顔色悪いから保健室にいくように勧めたの。すぐ戻ってきたと思ったら熱あったって」
「だから帰ってください、って言ったんだよ」
阿久根先輩が続けた。
「ふーん……そうか」
俺が納得して仕事に取り掛かろうとすると、めだかちゃんは、
「善吉、庶務として命じる。球磨川副会長の看病をしてこい」
とにやりと口角を吊り上げて言った。
「そして直ちに生徒会を執行しろ。早く」
「ちょ、何いって」
「私から目安箱に投書してやろうか?」
めだかちゃんは紙を取り出してさらさらと何かを書こうとしだした。
や、卑怯だろそれは。めだかちゃんらしくもない。

「カッ!めだかちゃんらしくねーぞ!そんな卑怯な……」
「恋人が風邪を引いたら看病に行くのは義務だ。あと、お前は卑怯だと言うが善吉、これは逆に王道だ」
めだかちゃんは、二次創作的な意味で、という最強の殺し文句を使った。

それを言われたらおしまいだぜめだかちゃん。

俺は仕方なく来たばかりだというのに生徒会室を後にした。



球磨川の家についた。場所知らねーよと途方にくれた瞬間不知火からグーグルマップが送られてきたのはめだかちゃんの差し金か、むしろ不知火の先見の明か。

オートロックマンションの一室。ぴんぽーんとチャイムを鳴らすとカメラか何かで確認したのだろう、すんなりとドアは開いた。

「『……何しに来たの、っていいたいとこだけど。まぁ入れよ』」

球磨川は気だるそうに言った。喉が辛いのか、声は普段より擦れている。

球磨川の招きに従って俺は中に入る。すると球磨川はドアをがちゃり、と閉めていきなり抱きついた。

「く、球磨川!!?!」
「『ねぇ、分かる?熱いでしょ??熱あるんだぁ……驚いた?』」
今の一瞬でのキャラのかわり具合に驚いたわ!と突っ込もうとしてやめた。くすくすと楽しそうに笑う球磨川が言うとおり、すごく熱い。顔は赤いし。
思わず心配になって抱き抱える。
「『うぉ、わぁ、すご。僕軽いとは言え男子高校生だぜ?』」
「取り敢えず寝ろ」
俺はそう答えてずかずかと部屋に入った。球磨川は機嫌よさげにふんふん鼻歌を歌っている。

ベッドに下ろして布団をかけると球磨川は口を尖らせた。俺はそんな球磨川を見ながらベッドにもたれかかって床に引いてあるカーペットの上に座った。
部屋は意外と普通で、真ん中に丸いテーブルとソファー。下にカーペットが敷いてある。で本棚とテレビ。その向こうにベッド。

「『眠くない。あとこれくらいの熱僕は平気だよ?』」
確かに声が擦れていて顔が赤いことを除けば平常時と変わらない。しかし、そういう問題じゃねーだろ。

「ったく……あ、でもポカリとかは買ってるんだな」
机にあった1.5Lのポカリが目に入った。すでに三分の一は飲んでいる。
その横には風邪薬もちゃんとある。

「『僕だって風邪は嫌いだからね。早く治したいし』」
球磨川はそう言って俺を見つめてにやりと笑った。

「『ま、君に移したくないと思ってたんだけど……来たなら甘えちゃおうかなー』」
そう言って体を起こして俺に擦り寄る。
なんだよ、と思いながら抱き寄せるとふふふ、と球磨川は笑って俺の背中に手を回してきゅうっと抱きついた。
熱い。けど不快ではない。
「『ねぇちゅーしよちゅー』」
「……なんで」
「『理由がなきゃ出来ないのかよ』」
球磨川は不敵に笑って目をつぶり、んーと俺の唇に自分の唇を合わせた。

こいつはアホだと本気で思った。恋人が初めて自分の家に来ているというのになんだこの甘えた具合は。

でも、それが球磨川で。そんなとこが好きなんだよなぁ、と思いつつ球磨川の唇に噛み付くようにキスをした。

「『ん、ふっ……ん、……はぁ……ありがと』」
球磨川は鼻に抜けるような甘い声を出して礼を言った。
なんだこいつ。
「どーいたしまして。……てかなんでだよおい。今誤魔化しただろ」
「『別に理由なんかないよー……あるとしたら善吉ちゃんが恋しかっただけ』」
球磨川はふふんと笑ってまたベッドに戻った。破壊力のあるセリフをありがとう。俺から逆にお礼を言いたい。

「『ドキドキしたからお腹減った。おかゆ買ったから温めて』」
キッチンはそこだし、皿はそこの棚。レンジその棚の上だから。
球磨川はそう言ってばふんと毛布を頭からかぶった。つまり粥を用意しない限り起きませんと。

俺はわざとらしく、はぁ、とため息をついて準備をした。球磨川がそれを聞いてくすくす笑った。やけに機嫌がいい。


「おら起きろ、準備したぞ」
「『よしじゃあふーふーして食べさせて!』」
球磨川は勢いよく上体を起こしてそう注文をつけた。
「……やるかバカ。正気か?」
俺は冷静にスプーンを渡した。球磨川はオーバーリアクションでショックを受けてみせた。
「『えー!!してほしいのに……』」
そう言いながら球磨川はなんだかんだ言って俺からスプーンを受け取った。

はふはふとお粥を食べている球磨川は、俺をちらりと見て、
「『善吉ちゃんは食べないの?てか今日何時に帰るつもり??』」
時刻は7時に差し掛かっていた。
「そうだな……――」
言い掛けたとたんに電子音。メールだ。
すまない、と一言詫びてチェックすると差出人は母と表示されている。
『今日帰ってきたら家にあげないから』
……マジですか。
球磨川は俺の様子を窺って、携帯をのぞき見た。そして、
「『……カップ麺くらいならあるよ』」
と俺に言った。

「……ありがとう」
俺はカップ麺をすする羽目になった。



**



「『お風呂入りたい』」
球磨川はいきなりそう言った。
「だめだ」
俺は切り捨てた。
「『汗かいて気持ち悪い』」
「我慢しろ」
「『……善吉ちゃんはどうするの?』」
言われて気付いたが、俺は寝間着は勿論下着すらない。
ちなみに一回家に帰ってみたがまじで入れてくれなかった。
「シャワー借りても着替えないしな……」
そうつぶやくと球磨川は、
「『いや、着替えならあるよ。ちなみに歯ブラシもある』」
いきなり立ち上がってタンスを開けた。

……いや、おかしいだろ。なんで新品のジャージとか下着とかあるんだよ。
「『ちゃんと善吉ちゃんサイズだよ、うん』」
球磨川はぽい、とそれらを俺に向かって放り投げた。
「……いやいや、これはさすがにスルーできない。理由を述べろ」
「『……まぁ、その、うん』」
球磨川はてへへと可愛く笑ってみせてこう言った。
「『出来心で!!』」


出来心なら仕方ないな。うん。俺はそれらを抱えながらシャワーを借りることにした。

明らかに雲行きが怪しくなってきた。据え膳なんて食ってたまるか。普段ならいざ知らず、相手は病人だ。俺は球磨川に負けない!……あれ、勝ち負けなのかコレ。
そんなことを考えていたらシャワーはすぐに終わった。



戻ると球磨川は俺の制服のジャケットを羽織って着ていた。袖が長いのかちょこんと指先だけだしてベッドの上に座りこんでいる。意味がわからない。
「……」

思わず固まった。
「『…………いや、出来心で』」
球磨川はそれを脱いですすっと畳んだ。顔が赤いのは熱のせいだなそうだろう。

俺は球磨川が座っているベッドにもたれるように座り込んだ。俺もういいや、寝たくない。明らかにだめだ。もうやばい。

「『……あの、善吉さん』」
「……」
「『リアクションが怖いです』」
球磨川はびくびくと俺を見つめていた。
俺はその顔をじぃっと見つめて、球磨川の顔が真っ赤になる様を観察した。
「べーってしてみろ」
「『は?』」
「ほら」
「『……?』」
顔を真っ赤にさせたまま、球磨川は不思議そうに俺をみたが、おずおずと舌を突き出した。
俺はその舌をからめとるように唇を合わせた。
「『っふぇ、ちょ、あ、や……っ、』」
舌をふにふにと歯で押したり唾液を送り込んだりすると、球磨川はごくんとそれを嚥下しながら懸命に息をした。他人の唾液を飲むのにこんなに抵抗がないもんか?、と思ったがよく考えたら俺もだ。

球磨川はなんで、と言ったふうにどんどんと俺の胸を叩いた。
「罰な、ん……罰」
キスの合間にそう答えると、球磨川は一瞬理解できない様子で眉を顰めたが、すぐにとろけたような顔に戻った。返事ができないほど乱されているようだ、と他人事のように観察した。


仕方なく解放してやると、球磨川は、はぁはぁと肩で息をしながら悩ましげに口を軽く拭った。多分、べとべとだからだろう。
「『本気、だすなよ、ばか……いちお、病、人』」
「だからだよ。だから罰だっつったろ」
「『っ、は?』」
「これ以上できねーじゃん」
球磨川は一瞬遅れて理解したらしく、さぁっと血の気の引いた顔をした。
「『前言撤回する!!まじこれで何も手出さないとかやめて!!!』」
「いやいや、出さない出さない」
俺はそう言って球磨川の手を振りほどいた。仕方ない、俺はソファーで寝るか。

球磨川はキョロキョロと辺りを見回して、そして顔を明るくさせて何かを手に取って俺に差し出した。

「『ねぇこれ!!これ塗るって名目……じゃなくてこれ塗って!!』」
差し出しされたのはヴィック●ヴェポ●ッブ。……バカかよ。
「『ねっ!声擦れてるし胸も苦しいし!ね!!』」
球磨川は蓋を開けて俺の手をいきなり掴んで突っ込んだ。べちゃ、という感触と冷感が襲う。

球磨川は俺の手を掴んだまま片方の手で器用に寝間着のボタンを外して胸を露にする。
そして俺の手を自分の胸にあてた。熱い球磨川の体温を感じる。球磨川は冷たかったらしく、ひゃっ、と声をあげた。

「『……だめ?これじゃ』」
俺は結局こいつには甘いな、と痛感した。
「……塗るだけ、だからな」
そう答えると顔をぱーっと輝かせて、球磨川は、
「『うんっ』」
とにっこり笑って頷いた。
俺こそ前言撤回。罰は俺に下るようだ。
俺はヴェポ●ッブがついてない方の腕で球磨川を抱き寄せて、そうため息をついた。




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