幸せというものは目に見える形がなく不安定で不確かだ。
だから球磨川は「形」にこだわるんだろうな、なんて思いながら俺は球磨川を抱き寄せた。
それは今までの球磨川の過去がそうさせるにしても、その気持ちが俺に向けられているという事実が愛しくて嬉しくて……幸せで仕方ない。


だから、次はお前が幸せになってほしい。






次は指輪を






いつも通り、俺は帰りのHRが終わるとすぐに荷物をまとめて教室を出た。
もう習慣になったその行為は無意識に行われ、意識は生徒会室に向かう。

教室を出て廊下を歩く。帰る人の波に逆らって歩くのは一苦労だ。

そしてしばらく歩くと生徒会室が見える。しかし電気がついてないのも同時に見えて俺は少しがっかりした。

でも、たまにこういうことがある。全員違うクラスだし。時にはコマ数が違うときもある。俺だけがいわゆる普通科だから、と納得した。

だから何ということもなく、部屋の電気をつけて、軽く花の水やりをし、自分の指定席に座った。
誰か来なければ自分の仕事もままならない。
仕方なく先ほどまとめた荷物から適当な課題を取り出して、暇潰しを兼ねてそれをすることにした。

国語の課題だった。教科書の意味調べ、というよくある課題。しかし今日に限ってそれは大変だった。最近、電子辞書の調子が悪い。だから仕方なく紙の辞書を携帯しているのだが、これが重い。

だが、課題は真面目にしなければ、と俺は思い直してし始めた。

しばらくその課題と格闘していると、扉ががちゃりと開いた。
「『ん、善吉ちゃん早いね』」
球磨川がやってきた。眠そうな顔をしてるから、どうせ教室で惰眠を貪ってから来たのだろう。
目を擦りながら来た球磨川はいつもより幼く見えた。普段から二個上とは思えないが。

「今日は普通クラスだけ一コマ少ないみたいだな……結構前から居た」
「『ふーんそっかぁ……あれ、なにしてんのー?』」
球磨川が俺の横に座った。
「課題。国語の意味調べ」
「『ふーん……』」
球磨川はぼんやりと俺が紙の辞書をめくるのを見ていた。多分眠いんだろう、目がしょぼしょぼしている。
俺はそんな球磨川を少し可愛いな、とか思いつつもたいして意識せずに課題を進めていた。あとすこしで終わるから、終わったら構ってやろう。
そんなことを考えていたら辞書の、とある項目が目に留まった。


み‐そぎ【×禊】

1 身に罪や穢(けが)れのある者、また神事に従事しようとする者が、川や海の水でからだを洗い清めること。
2 陰暦6月晦日(みそか)、諸社で行う夏越(なごし)の祓(はらえ)の行事。《季 夏》




ふんふんと眺めていると、球磨川がそれに気付いたみたいで、
「『……やだなぁもう……善吉ちゃん勉強に集中しなよ……』」
と恥ずかしそうに俺に注意した。
「『僕が恥ずかしいじゃないか……』」
ふにゃふにゃと笑った球磨川の額をこづいた。
「別に息抜きくらいいいだろ。てか、お前こそ勉強は?進学か就職か知らないけど」
と俺が照れ隠しに言うと、球磨川はそういえば、なんて言ってしばらく考えたあと真面目な顔でこんなことを言った。
「『善吉ちゃんに永久就職するよ』」
「アホか」
俺がそう返すと球磨川はふふふと笑って腕を机の上に組んで伏せた。目線はちょうど俺の手元に向けられている。
「『ひどいなぁ……冗談なんかじゃないよ?』」
球磨川は上目遣いで俺をちらりと見て、すぐに視線を戻した。
「『アパートを借りるんだ。そこで一緒に暮らすの。人吉先生ならきっと許してくれるね。……そこで君のために家事をするよ。料理は嫌いじゃないし、洗濯や掃除もどうせ今一人暮らしだから自分でしてるし、一人増えたってあんまりかわらない……』」
球磨川は目を細めた。
「『めだかちゃんがきっと、お祝いにお皿とか鍋とか送ってくれるね。高貴ちゃんは家具とかくれないかなぁ……喜界島さんに家計簿のつけかたでも教わろうかな……蛾々丸ちゃんや飛沫ちゃん、怒江ちゃんを呼んでみてもいいね……安心院さんに邪魔されたらムカつくなぁ……なんだかんだ言って一番喜びそうだけど』」
球磨川はくすくすと笑って続けた。
俺は何も言えずに球磨川を見つめていた。ほんのり頬を染めて微笑みながら話す球磨川は、すごく可愛くて幸せそうだった。

「『君は当然、僕を毎日愛してくれるよね?そうじゃなきゃ僕寂しいなーきっと……ふふっ』」

球磨川はちろり、とまた俺を上目遣いで見つめて笑った。どきり、とした。内容含め、視線含め。
その顔が笑いを誘ったのだろう、球磨川は
「『もう、なんて顔してるんだよ……幸せすぎて死にそう、みたいな顔しちゃってさ』」
とけらけら笑って、『ま、冗談だけどさ』と括弧付けた。

「……冗談で終わらせてたまるかよ」
そう言った瞬間の寂しそうな目に気付かない俺じゃなかった。

球磨川は瞬間、きょとんと首を傾げた。そしてそのあとみるみる頬を赤くして、
「『……それプロポーズしてるのと一緒だからね?』」
「もちろんそのつもりだ」
俺は頷いて笑ってみせた。球磨川は泣きそうな顔をした。でもすぐに怒ったような顔になった。

「『……っもう!勉強したら?』」
「はいはい」
「『大体どのマンガも大抵サザエさん方式なんだから!年なんかとらないんだから!!』」
「はいはい」
「『〜っ!君なんかキライだ!』」
「ウソつき」
こう言うと球磨川はしゅんとなって、
「『……うん。嘘。ごめん』」
なんて言うから、可愛くて困る。
仕方ないな、課題まだ終わってないのに。
そんなことを言い訳のように思いながら抱き寄せてやると、球磨川は納得がいかない様子でしぶしぶ俺の腕の中におさまった。
形にこだわる球磨川が愛しかった。そんな、新婚生活みたいことがしたいなんて、嬉しくないわけがない。
球磨川は冗談めかしたけど、俺は違う。
そういう気持ちで言った言葉は、予想外に球磨川を動揺させてしまったようだった。

「『大体、なんで辞書で僕の名前調べたんだよ……』」

そこから脱線したじゃん、と球磨川はぼやいた。
バカだなぁ墓穴ほって。と他人事のように思いながら答えた。

「なんでってそりゃ……人吉、とくっつけたときにどんな感じになるのかなぁーって思ってさ。字のバランス的に」
と俺が澄ました顔で言うと、球磨川はしばらく唖然とした表情で俺を見つめて、

「『ばっかじゃねーの……』」
と言って顔を隠すように俺に抱きついた。

珍しい。本気で恥ずかしがってる。
次は割と本気で、指輪なんて贈ってみようかな、と呟いたら、
「『これ以上からかったら螺子伏せてやる』」
と言われたからやめた。

でもしばらくたって、
「『あの、ね……やっぱり欲しい、かも』」
と言われたので、本当に贈ってみようと思う。

球磨川は案外普通に憧れてる、と気付いたのはこれが初めてだった。


安心してくれよ、全部冗談なんかですませてたまるか。
球磨川が今きゅっと俺を掴んだ腕の強さと震えに誓って、幸せにしてやるよ。

そう思いながら、いまだに照れているその人に似合いそうな指輪を探すために、今日放課後お店に寄らなきゃな、なんてことを頭の隅で漠然と考えていた。


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