はなしたくない







部屋には僕しかいない。
最近買ったクーラーのおかげでちょうどよい空調。涼しくも暑くもなく、外出する気力もなく。
ただ1日中近くにあるマンガを読んではなんともいいようのない感情を持て余す。

要するに暇なんだろうと僕は思い込むようにした。

連休なんか嬉しいと思うのは最初の数日かで、少し経てば学校が始まるという恐怖にがくがくと震えながら、吐き気がするように1日を無駄に費やす。

気持ち悪い。

ここ数日ろくに誰とも会話をしてない。敢えてしないようにしてた。

携帯は沢山持ってるからと、彼専用の携帯を作ってみたのはつい最近。メールボックスも、着信履歴も、アドレス帳も、彼だけ。
まるで僕が彼に支配されたみたいに錯覚して嬉しくなっていた。
その携帯電話も、他の携帯電話と一緒に連休直前から電源を入れてない。
話したくないんだ誰とも。

連休の直前に僕は彼と喧嘩した。
だってさ、可笑しいじゃないか。めだかちゃんに好かれて、高貴ちゃんに好かれて、喜界島さんに好かれて。

だからいいのかな、と思った。僕が君のそばにいたら、君もダメになっちゃうんじゃないかって急に怖くなったんだ。

最近ふっと怖くなる。改心しても僕の過負荷は消えてはくれない。僕は僕の意志に関わらず過負荷という猛毒を振りまいて生きている。

昔に比べたらそりゃ大分ましかも知れないけど、でも過負荷はやっぱり過負荷で、君の隣には居られない。
君の隣はある人がいたほうがいい。ない人がいちゃダメだ。

そんなことを考えてしまって、君に別れようって言った。『もう君と話したくないんだ』って言った。

彼は嘘だと言ったし、僕になんでと何度も声を荒げて聞いた。僕は曖昧な返事でその場をしのいで、あとは家に引きこもった。



あれから何日過ぎたのか。昼夜は逆転するし1日ずっと寝てたりするからわからない。
思い立ってテレビをつけたら日付が載ってた。もう明日は、学校にいかなくちゃいけない日付だった。


身体はこの数日間の自堕落な生活のせいで悲しいくらいに眠りを欲していて、なんだか眠くなってきていた。まだ夕方。日は高い。

寝る前に、さすがに携帯電話をみようと思った。

とりあえず普段使っているやつの電源をつけると、いくつかのメール。
めだかちゃんから連休明けの予定を書いたメールが来ていたので適当に紙に書き写した。
喜界島さんからは連休中に水泳の大会があったから皆さんにお土産配ります、という旨のメールだった。

あとは特にどうでもいい迷惑メール。

何を期待してたんだろう。まさか彼がこっちのメールアドレスをめだかちゃんとかに聞いてメールしてるとでも?ばっかみたいだ。

なのに僕は苦しくなって、息苦しさを軽減させるようにもう1つの携帯電話の電源を思わずつけてしまった。

彼専用。彼と僕を今つなげられる、唯一のもの。


直視できずにすぐ画面を閉じて、メールの受信を待った。
が、携帯は震えも光りもしない。想定してたけど辛くなって、画面を開くと、不在着信6件、の文字。

全部彼からだった。1日1回、必ず決まった時間に電話。


……なんて偶然なんだろう。あと、三分後。必ず彼から電話がくる。


電源を切りたかった。でも切れなくて、近くに放り投げた。

あぁ、忘れられてなかったと安心したと同時に視界が滲んだ。僕はやっぱり弱い。一人でぐちゃぐちゃ考えて、君に迷惑かけて、君を傷つけてる。でも、頬に伝う涙のせいで自分も傷ついてるんじゃないかって錯覚してしまう。




突然、バイブレーションの音が響いた。びくりと身体も震える。携帯を手にとると彼の名前が表示されていた。

君ともう話したくないんだと僕が言ったのに、僕は結局淋しさに負けて電話に出た。自分に勝つこともできない自分に嫌気がさした。

「……ぜんきち、ちゃん」
声は擦れていたし、括弧つける余裕もない。最低な自分だった。

『球磨川、か?』
電話の向こうの彼は戸惑ったように、おそるおそると言ったように僕に呼び掛けた。
「……ん」
僕もおそるおそる返事した。彼が息を吸って吐く音に、恥ずかしいくらいどきどきした。好きすぎてつらい。君が大切すぎて君の隣にいたら君をいつかもっと傷つけてしまいそうで怖い。

そんな強迫観念にがんじがらめになった自分に、久々に聞く彼の声は余りにも優しく染み入った。

『まだ話したくないか?俺と』
彼は単刀直入に訊ねた。

「……はなしたくない」
『そっ、か』

ごめんなさい。やっぱり無理だった。

「はなしたくないよ、君を」
『!』
「今すぐ来て抱き締めて離さないで」

もうこんな怖い考えに支配されて泣きそうになるなんてやだよ。
抱き締めて安心させてよ。一瞬だって離さないでよ。
僕は君を離したくないんだよ。気付いてよ。身勝手だってわかってるけど、気付いてよ。
君と違ってプラス思考なんかできないんだよ。
好きなんだよ。君が大切なんだよ。僕のせいでいつか傷ついちゃうんじゃないかって不安に怯えるくらいに。それなのに、はなしたくないんだよ。弱くてごめん、身勝手でごめん、君が好きでごめん。だけど。

「はなしたくないよ……」
『今から行くから、待っててくれるか?』
彼の声は震えていた。
「電話、切らないで」
『わかってる。俺もはなしたくないから』

「ごめんね、ごめんね、……せっかく、離れようとしたのに」
『こっちこそ、気付かなくてごめんな』
彼はどこまでわかったのかわからない。けれどなんだか、僕はその一言に救われてしまったのだ。

『不安で当たり前なのに、今普通に居られるのが奇跡なのに。球磨川が俺を好きになったのも、俺が球磨川を好きになったのも、ただただ奇跡みたいなことなのにさ。ずっと当たり前みたいに球磨川が隣にいると思ってた』
「はなしたくなかったんだ、本当は、こわくて、さびしい。でも君の隣に僕がいたら君がダメになる気がするんだ」

そんなことないから、大丈夫だから、安心してくれよって彼は言った。


心がまだぽっかり開いてるから、君で埋めてほしい。寂しいなんて怖いなんて、今まで知らなかったんだ。安心なんて信頼なんて知らなかったんだ。
だから教えてほしい。

そう泣きじゃくったら、彼は僕にもう離さないからって囁いた。

離したくないから今度からちゃんと話してくれ、と彼は続けて、僕は彼の胸で泣いた。


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