「『人って簡単に死んじゃうじゃん』」 だから、小さなことでも悔いを残さないようにしたいんだ、と球磨川は笑った。 君を友達と思ったことなんかない たまたま俺と球磨川以外の三人が生徒会室を離れていて、二人きりで時折談笑しながら作業をすすめていた。 もともと同じ中学で、今となって昔がなかったことになったみたいに精神的な距離は近かった。 それに意外なくらいに球磨川はテレビっ子で、昨日みたあのバラエティーのここが面白かった、つまらなかった……まぁ要するに、普通の男子高校生の友人同士のような会話ができた。 俺はなんていったんだっけ、あぁそうだ。 なんでそんなにテレビチェックしてんだ、みたいなことを言ったんだ。 当然の疑問じゃないか。 そしたら球磨川はそう言って笑ったのだ。 「『たまたまテレビを見逃して死んだら、あぁもしかしたら面白かったかも、とか思いながら死ぬ羽目になるじゃん』」 「……過負荷らしい、といえば過負荷らしいマイナス思考だな」 俺はそう返した。 「『お褒めあずかり大変ありがたいね』」 球磨川はふふんと鼻で笑った。 「別にバカにしたわけじゃない。ただ、お前らしいなと」 「『ま、今の僕にとってなにが僕かなんかよく解んないけどね。改心なんてするもんじゃなかった』」 球磨川はそう冗談めかした口調で言って、あ、とわざとらしいリアクションをした。 「『善吉ちゃんは今死んだら困る?あ、いや、いつだって死ぬのはヤだけど。未練みたいなの残りそう?』」 そんな当たり前みたいな質問に、当たり前みたいに返す。 「そりゃ未練はあるさ。好きな人と付き合いたいなーとか、気になるマンガの続きとか。あと死んだあとのこととか」 そう言うと、球磨川は目を丸くして驚いてみせた。 「『好きな人ってめだかちゃんだよね。泣いちゃうから、って理由はないんだ』」 俺にとってその質問はある意味想定の範囲内ではあったのですぐに答えた。 「好きな人っていうか、めだかちゃんと付き合うとか、そんなこと考えたことはないけど……まー確かにめだかちゃんを泣かせたって理由で未練はあるだろうな。けど死んだら泣くから死なない、はこの質問に関してはスルーする。実際死んだら、の話だろ」 「『確かに、本題とズレるか。……じゃあもっとズラそう。善吉ちゃんが付き合いたい好きな人って誰?』」 わくわく、と目を輝かせる球磨川を本当に殴りたくなった。 それくらい、怒りと呼ぶには身勝手すぎる怒りがふっと頭を熱くしたが、すぐにいつも通り冷えきった心がその頭をクールダウンさせた。 しかし、まだ熱は冷めきらなかったようだ。 なぜなら。お前、と言ったら球磨川はどんな顔をするだろうかという善くない考えが一瞬浮かんだからだ。 それは善くない。大変善くない。 それは球磨川が抱く俺という普通なイメージを打ち壊してしまう。 せっかく友達よりももう一つ、コマを進めそうな範囲に自分はいるのに。 善くない考えはつもりつもって心に沈殿する。そして凝り固まって俺の心の重しとなる。 いつになったらそれは取れるかな?そう思うたびに球磨川の首を絞めたくなる衝動に駆られた。 しない、けどな。 そしたら球磨川が死んでしまうから。 俺と友達になれた!って言って喜ぶ球磨川は可愛いかったし。 でもな、不知火は勝手に帰ったんじゃない。俺が遅くなるからってマイナス13組の連中と一緒に帰れって言ったんだよ。 そう。ただ可愛さ余って憎さ100倍なだけなんだからさ。 そんな気持ちを、宗像先輩に影響された、ということで自分を無理やり納得させた。 「……わかんねえ」 「『ったく、せっかく青春チックにコイバナでもしようと思ったのに。これだから恋を知らない子供は嫌いだよもう』」 「身勝手なことを言うなよな……」 「『ま、仕方ないね善吉ちゃんだし』」 球磨川はそう言って最初と同じように、いつもと同じように笑い顔にしては人を不愉快にさせる笑顔を浮かべた。 その笑顔は愛しく可愛らしくてとらえどころがなく気持ち悪い。球磨川自身と同じように。 俺はそんな笑顔が大好きだ。球磨川自身と同じように。 「じゃあ、お前は」 「『え?』」 球磨川に俺は一太刀浴びせたくてそう訊ねた。あぁ、一矢報いたかったっていうほうが正しいか? 「お前は恋を知っている大人なんだよな?球磨川先輩」 わざと挑発してみれば、球磨川はきょとんとしてそのあとすぐにあちゃーと頭を抱えた。 「『その返し予想してなかったなー……ま、たとえ言葉だとしても、君に勝てるわけないんだよね。僕が僕だから』」 球磨川はそう言うと少し考えこんだ。 「『安心院さんは好きだけど嫌い。めだかちゃんは愛してるけど好きじゃない。付き合うとか以前にそういうレベルの話じゃない。怒江ちゃんは好きだけど付き合いたいとは思わないなー……うーんやっぱいないかなー僕も』」 最近、俺が気付いた球磨川の悪癖がある。 それは、饒舌になるときは嘘を吐いているということだ。つまり、常に嘘吐きと言えるのだが。 だから俺は、本当に、何の気なしにこう言い放ったのだ。 それが球磨川の嘘という保護膜をズタズタに引き裂くとは気付かずに。 「嘘だろ?それ。本当は?」 気付いたら俺は球磨川に胸ぐらを掴まれていた。 痛い。 壁にいきなり押しつけられたせいで、ひどく肩が痛む。 なんのつもりだ、と言おうとして球磨川の顔を見ると、球磨川は、 「『本当?君を殺して僕も死ねたら幸せなんだろうねってこと?僕に関してはだけど未練も何もなく死ねそう。人って簡単に死んじゃうし。じゃあ悔いなく死にたいと僕は願うよ』」 と俺を射ぬかんばかりに鋭い目で見ていた。 その両目からは涙がこぼれている。気持ち悪い。けどすっごく可愛い。それがお前の本当か。 「『驚いた?軽蔑した?気持ち悪い?触られたくない?でも僕は驚かないし軽蔑しないし気持ちイイし触りたいよ』」 ぞくぞくと背筋に悪寒が走った。狂ってる。 なぜだか自然と笑いが零れた。 ふふ、という俺の笑い声が気に障ったのか、球磨川はぷっつんしたその表情をこれ以上ないってくらい俺への憎しみが籠もった表情にかえた。 「『なにがおかしいの?確かに全て可笑しいけど』」 「いや、前に似たようなこと言ったなぁと思って」 そして球磨川の耳元で囁いた。 嬉しくて嬉しくて。俺だけじゃなかった。何回お前を殺す想像をしたっけな。両の手では足りないかな。 お前はどうなんだ?友達だって俺に言われたとき、どうやって俺を殺してやろうと思った? どんな気持ちで、視力をなかったことにした過去が消えますようになんて心にもないことを祈ったんだ? なぁ教えてくれよ。 「お前とは友達じゃないから一緒に死んでやるよ。悔いなんて残らないように死んでやる」 球磨川がわっとさらに泣き出したのを見て、やっと終わったなと思った。と同時に胸の重しは消え去った。球磨川と自分を殺したからだろう。「今までの、嘘つきで頭がおかしい」球磨川と自分を。 そして俺の胸の中で泣いている球磨川はこう答えたのだ。 「君を友達と思ったことなんか一回もない、よ」 奇遇だな、俺もだ。 通常SS一覧に戻る Novel一覧に戻る topに戻る |