嘘つきの罰 いつもどおりのとある日の放課後。 黒神めだか率いる第99代生徒会執行部役員の一同は、いつもどおり何気なく、生徒会室で書類を作成したり話し合いに勤しんだりしていた。……ただし一名、球磨川を除いてではあるが。 しかしそれすらも特筆すべきことではなく、いつもどおりの範疇だった。 球磨川という男が遅れてやってくることは、そう珍しいことではない。 大体、ただでさえ不真面目が服を着たような男が、毎日学校に来て生徒会活動にそれなりに従事しているだけですら、本来奇跡のようなことだった。 だが、今日はそれにもまして少しだけ、遅かった。 ――がちゃり。 ドアが突然開き、生徒会役員の一同は一斉にドアへと注視する。 その視線を一心に受けたその人物――球磨川禊は、その視線に対して楽しそうに目を細めた。そして、がちゃりと後ろ手でドアを閉める。 「重役出勤のつもりか?球磨川」 その動作の始終を見届けためだかが開口一番、冗談か分からないような真面目腐った調子でそう言った。そして勿論、相手からの言い訳を聞くように無言で続きを促す。 特段おかしなところのない、普通の会話の一部だった。 しかし、球磨川は、 『……、……』 "回答"はしたものの、結果として"無言"を貫いたのだった。 いつもどおりの笑顔というよりも、いつもよりほんの少しいたずらっぽい笑顔で。 口をパクパクさせてみせたものの、その口元からはどんな音も漏れ出ない。 ただ、かすれた、紙と紙がこすれ合うような音が申し訳なさ程度に聞こえただけだった。 「??」 怪訝そうなめだかが、眉を潜めて球磨川を見つめる。 その珍妙な様子に、他の役員も思わず作業の手を休めてその二人を見やった。 「……?どうしたんだあの二人」 「……なんですかね……」 「あの二人が変なのはいつもどおりだけど……」 若干失礼な感想をこぼしている役員たちは、その二人のやりとりを追う。 『……、……、、』 「は?」 『……、……!!』 「窓を開けてた?」 球磨川のジェスチャーを見ながら、めだかは何らかの意図を読み取っている。 『……、…………、……!!』 「……馬鹿じゃないのか」 呆れたような声でめだかが言う。それを受けて球磨川が笑いながら何かまた言っている。 『…………、』 「風邪を引いて声が出ない程度のことで生徒の貴重な声を聞き逃してなるものか!」 『…………、……』 球磨川はまるで、『それとこれとは話が違うんじゃないのかな?めだかちゃん』とでも言うように、困ったように笑ってみせた。 ◆ 「えーっと要するに?風邪引いて声がでなくなったんですか?球磨川さん」 阿久根が呆れたようにそう言うと、球磨川は軽く頷いた。 どうやら筆談でなく口頭で意思疎通ができるめだかによると、 『昨日窓あけっぱで寝たら喉がもーイカれちゃって!』 ということで。遅れたのは保健室に寄ったからだ、だと。 赤保健委員長に頼んだら治してもらえないかと考えたらしいが、大量ののど飴を渡されただけで終わったらしい。体の良い追い払いだ。 現に球磨川はまるで不知火のように飴をガリガリと噛み砕いている。今何個目だ、そうめだかが聞くと素直に手のひらで数字を作る。どうやら、6個目のようだ。 (……こいつは舐めるということを知らないのかッ!) (のど飴って噛み砕いたら効果ないんじゃないのかなぁ禊ちゃん……) (この人お菓子の食べ方汚いなぁ……中学時代からだけど……) 人吉、喜界島、阿久根は飴を"咀嚼"する球磨川をドン引いたように眺めている。 そして更にその三人と一人の風邪人の様子を眺めているめだかに、 「なんでめだかちゃんは分かるんだ?」 球磨川が言ってること、と人吉は至極まっとうな疑問を呈した。すると、めだかはばさりと手にしていた扇を開き、 「私は生徒会長だぞ!」 「……」 「……」 「……」 『……』 一斉にジト目でめだかを見つめる四人。 その完璧すぎるポーズと台詞のせいで生まれた、ほんの少しだけの寒い沈黙をごまかすように 「……多分、耳がいいんじゃないかな、俺らよりも」 阿久根が苦笑しなががらそう続けると、喜界島は 「私の声を受けて壁なんかから反響してくる声を聞き分けるくらいだから、相当なんじゃないかな!」 と。 それを聞いてふぅんと少しだけ納得した人吉は、ハッと何か思い出したかのように 「おいおいおい……今から会議だっていうのにお前がこんな調子じゃ困るんだよ!」 と叫んだ。それをみて、球磨川はクエスチョンマークを浮かべながら首をかしげる。え、なんかあったっけ?そんな声が聞こえてきそうだ。聞こえないが。 その様子に人吉はいきり立って反駁する。 「おま!その反応忘れてるだろ!!(俺も実は忘れてたけど)今日は5時から会議で、俺とお前が生徒会を代表して出席するって言ってただろ!二人で行事概要と、それを行う意義についての説明するって!」 あぁ、そういえば!そんな風にポンと手を叩いた球磨川に、困ったように人吉はしゃがみこむ。 「ったく……どうすんだよ!」 「まぁまぁ、そう落ち込むでないぞ、善吉」 ポンポン、としゃがみこんだ人吉の肩を叩きながら、めだかはそう励ました。 「なんだよめだかちゃん、俺一人で行事概要を説明する、なんて、できなくもないけどすごく嫌だ……」 確かにできなくはない。球磨川がいなくても、ちゃんと説明できるだろう。「理論上」は。 だが、自分よりも球磨川のほうが詳しいはずのこの案件において、球磨川なしでちゃんと正しい情報を他人に伝えられるのか。 どんなにわかりやすいプリントを作成して、口頭でいくら丁寧に言っても、伝えたいことの半分でも正しく伝わればいい方であると人吉は思う。「こんなこともあろうかと」というのが基本姿勢の彼にとって、それは弱気でもなんでもない、ただの事実である。 一人の人間が大勢の人間に向かって何かの情報を一度伝える際、その複雑な情報を正しく伝えることは、下手な伝言ゲームのよりよっぽど難しい。 人吉は何も、球磨川がいなくて不安というわけではない。むしろ彼の懸念は、自らのせいで他人に正しい情報が伝わらないこと。 それが彼のよいところであり、彼の優しさとも言えた。 それを理解しているだろうめだかは、神妙な面持ちで人吉を見つめた。 思わず居直る人吉に、めだかはいたわるように続ける。 「お前の心配も確かに分からないではない。しかしまぁ、お前にとって球磨川の声が出ないことはそう悪いことでもあるまいよ」 「?」 『?』 きょとん、とした顔でめだかを見つめる二人。 そんな二人に―― 「球磨川とお前は口を開けば喧嘩するし、正直言って仲が悪すぎて不愉快だ!」 「!!」 ばっさり!漫画ならそんな効果音が付きそうなそのセリフに、思わず人吉・阿久根・喜界島が固まる。(ただし球磨川はいつもどおりニコニコしている。) そんな様子を意にも介さないようにめだかはピシャッと扇を閉じ、そして人吉の鼻先に突きつけた。 「会議には当初の予定通り、お前と球磨川が出ろ!球磨川は横でニコニコしてるだけでいい」 これを機に、少しは仲良くできるかも知れないぞ。 そう言ってめだかは、自らの机に戻った。それを受け、人吉と球磨川以外の二人の役員もばたばたと自らの机に戻る。 机の上の時計は16:30を示していた。会議まであと、30分だ。 ◆ 「カッ、めだかちゃんも適当なこと言ってくれるぜ!」 人吉は球磨川と共に、コツコツとローファーを踏み鳴らしながら会議室へと向かっていた。 『……』 球磨川はいつもどおりの笑顔でニコニコしている。喋れない、ということもまたひとつの遊びとでも思っているような表情だった。 「……まぁでも、なんか調子狂うな」 人吉は少し困ったかのように球磨川を見やった。球磨川はきょとん、と不思議そうに首を傾げて見せる。 「………黙ってたらなんとやらって言うけどな」 ひとりごとのようにぼそりと呟いた人吉の袖を、球磨川はくいっと引っ張る。 「?なんだ??」 手を貸せ、とでもいうようなジェスチャーをされて、手のひらを差し出す。 「?」 球磨川は人差し指でつつ、と人吉の手のひらに何やら書き出し始めた。 (……擽ったいんだが) 眉を顰めながら、善吉はもう片方の手でぽりぽりと自らの頬を掻いた。 擽ったい――それは物理的にも、そして心理的にもである。 まるで仲の良い友人が、何かゲームをしているかのような風景。 だけれど不思議と嫌な気持ちではなくて、むしろ、何故だか最初からこうあるべきだったような気すらする。 球磨川と自分は友人であるかと聞かれれば自分ははっきりと「ぜっっったいに違う!!!」と言うだろう。 ライバル。好敵手。 そのような関係性かもしれないし、じつは違うのかもしれない。 人吉はそんな思考を頭の隅に追いやり、球磨川が書く文字を追った。 「………"かわいい?"……か?」 『……!!』 ぶんぶんと首を大きく縦に振って肯定の意を伝える球磨川を、人吉は呆れ返ったように 見つめた。 「何いってんだ……つーか聞こえてたのか!!」 また頷いてみせた球磨川に、人吉はめんどくさそうに、そして少しだけバツの悪そうな顔で返す。 「ま、黙ってたら可愛い顔してるんじゃねーのか?」 お前って奴は本当に「台無し」が得意な奴だよ。 そう言って、指折り数えだす。 「……ん、まぁ……俺が知ってる顔が綺麗な連中はみんなそんな感じだけどな……」 例えば、と。 めだかや阿久根、雲仙冥利などの名前を出した人吉に、球磨川は先ほどまでニコニコしていたのが嘘のように、面白くなさそうに口を尖らせてみせた。それを見て思わず笑った人吉の手にまた、何かしら書き込んでゆく。 「"ぼく だけって"……んー……"いえよ" か?……えっと、"それだから" "モテない"……は!?喧嘩売ってんのかてめぇ!!!」 それを受けてまさか!とでも言うようにパッと人吉の手首から手を離した球磨川は、自ら両腕をホールドアップしてみせゆっくりとバックする。 そして人吉がにじり寄り、二人の距離が縮まった次の瞬間。 ――バッと走り出し前へと逃げだした。 「まてっ!!」 その声に球磨川は走りながらも後ろの人吉を振り返る。そして怒っている人吉を一瞥すると前へ向き直り、小さく呟いた 。 『……、……』 ほぼ口パクに近い状況。だからこそ、素直に言えた言葉。人吉からすれば、普段からそうしろ!とでも言うのだろう。だけれど、嘘つきな球磨川がそんなこと出来るわけもない。 (『……普段嘘つきだから、ちゃんと言わなきゃいけないときに限って、何も喋れなくなるのかなぁ?』) (『――そういうこと、誤解するから僕以外の人に言ったらダメだよ?』) 追いかけた人吉は、球磨川が呟いたのには気づかない。いや、たとえ気づいたとしても聞こえないのだから意味はないのだろう。それを球磨川はわかっていて、それでいて不愉快がっている。 (『自分で言うのもなんだけど、面倒くさいなぁ……』) そう思い顔を俯けると、ふと腕時計が目に入る。 15:50。 あと10分じゃん!そう驚いた球磨川は、立ち止まり、すぐに追いついた人吉に時計を見せる。 慌てた二人は今までのやり取りをすっかり忘れて急いで会議室に向かう。 その姿は、たとえ二人がどんなに否定しようが仲の良い友人のようであり、めだかの思惑通り、といったところであった。 通常SS一覧に戻る Novel一覧に戻る topに戻る |