『そうだよ』
『……それで、いい。』




カテキン味のやり取り

若干苦しそうな声で、球磨川が呻いた。
胸ぐらを捕まれ、壁に押し付けられている状態で。
苦しいはずだ。痛いはずだ。壁に押し付けた時に響いた鈍い音が、まだ俺の耳の奥にこびりついている。




生徒会室に二人で居た時だった。
もう球磨川に対して苛立ちも不愉快さもいだいていなかった俺は、仕事に一段落ついたところで
「球磨川先輩、お茶でもいれますけど飲みますか?」
と聞いた。
球磨川は驚いたように顔を上げたあと、柔らかく
『あーうん。お願い』
と言った。
だから用意したのだ。薄い湯呑みに薄緑色の綺麗な液体を注ぎ込んで。熱すぎるだろうと思ったから少しだけ冷ました。
そして、机の上に置いた。




だけれど。
――温いソレを突然、頭からぶっかけられて、俺は反射的にそいつの胸ぐらを掴んだ。




「……ってめぇ」
なんで笑ってんだよ。
ぼたぼたと冷えきったそれが頭から額へとつぅと伝っていく。
冷ましておいてよかった。もし淹れたてを振舞っていたら。
想像するだけで背中が凍る――まぁ正確に言えば火傷だろうか。


「……どういう了見だ」
どん、ともう一度押し付けた。
それなのに球磨川は答えずにうすく微笑んでいる。
カッと頭に血が上った俺は、球磨川を壁に押し付けたまま更に押し上げた。
足がつくか、つかないか。ぐぐ……と持ち上げてしまったのだ。

そんなことすれば勿論。

『っ、あ』


――何してんだよ俺っ!
ゲホッっと大きくむせた球磨川を見て、一瞬でそう思い我に返ってばっと手を離した。


どすん。


鈍い音と共に、球磨川が膝から落ちる。床に強打したと思う。青あざができている様子が目に浮かぶようだ。
白い肌に青いあざ。想像なのに網膜のスクリーンに浮かんだそれは気持ち悪いほど現実味を帯びている。


――なぁ、やり過ぎだろ。
そう心の中で冷静な自分が言って、罪悪感がちくりと胸に刺さった。


「……ちっ、大丈夫か球磨川!」
小さく舌打ちをしてしゃがみ、それと同時にポケットからハンカチを取り出して頭を拭った。くそ、意味がわかんねえ。なんで俺お茶なんかかけられたんだよ。こいつが絡むと本当にわけがわからねえ。イライラする。


すると球磨川は下を向いたままこう言った。
『今、君が思っていることを当ててあげよう』
「は?」
『君は今』
『「訳がわからない」と考えている』
そう呟いて、顔をあげる。ニッと笑ったその顔に一瞬気圧されて、でもすぐに、
「いや!当たり前だろ!!!!!」
いきなり茶かけられる意味がわかってたまるか!
『うんそうだね。……そうなんだよね』
分かったら簡単なのにね、と球磨川は拗ねたようにつぶやいた。
「……じゃあ、教えろよ」
返答次第によっちゃあ、ただじゃ置かねえからな。
さっきまでの罪悪感はどこかへ消え去り、俺は球磨川を睨みつけた。
球磨川は、
『……』
無言で拗ねたような顔をしているままである。

『……それでいいんだよ』
「は?」


『なんで変わっちゃうの?』

球磨川は困ったように苛ついたような顔で俺を見つめた。いや、睨んでいた。

『君が勝手に変わるのはどうでもいいんだよ』
『でも僕まで君に優しくしなきゃならないわけ?』
『そんなわけないよね?君が変わるのは自由だし君が僕を"先輩"と呼ぶのは全然マジで全く本当にすっかりきっぱり君の自由だけど』
『僕まで君に優しくあたかも友達のごとく仲良くしなきゃならないわけ?』
『そんなの死ぬほど嫌。』

『なんで君のせいでこんなこと考えなきゃいけないの?』
『君の癖に。善吉ちゃんの癖に。お前の癖に』
『僕の心まで変えようなんてするなよ』
『変えていいのはめだかちゃんだけだ』
『お前みたいなのに変えられたくねーんだよ』
『いい加減ふざけてんじゃねーよ』
『友達ごっこがしたいならクラスメートとでもしてろよ』
『友達なんか"先輩"なんかお前にはいっぱいいるだろう?』
『なのになんで変わっちゃうの?』


球磨川はまた手にしていた湯呑みの中の液体を俺にびしゃりとぶっかけた。

『絶対に信じない。』
『変わることが絶対にいいことだなんて思わない!』




びちゃり、という水音だけが耳の奥で響いていた。
はぁ、はぁと球磨川は長台詞を言い切ったせいか息を荒くして、そして一瞬自分がしたことが信じられないとでもいうように目を見開いて俺を見て、そしてその目を伏せた。

『……謝らないよ』

『僕は、悪くない。』

球磨川からそんな口癖が飛び出して、俺は仕方なく手にしていたハンカチで更に被害が増えたところを拭った。
『……』
若干気まずい空気が流れた。それに耐え切れないように、
『帰る。さよなら』
「!」
すっと立ち上がった球磨川は酷い顔で、なぜだか俺が奴に乱暴を働いたような気がした。いや、実際そうなのだろう。よたよたと立ち上がる球磨川を、昔では心配なぞしなかった。打ち付けただろう足が心配だった。
それが悪いことだと奴は言う。変わることは、悪いことだと。

変わらないでいることが、どれくらい難しいのか。めだかちゃんの隣にずっと居た俺はわかっている。でもそれと同じくらい、変わることも難しい。それを、悪いことだとどうして誰かが断じることができる?

――アンタが一番わかってるだろう、球磨川禊!



「ッ!待て!!」

反射的に腕を掴んでそう叫ぶと、球磨川は不愉快そうに顔を顰める。
『なぁに?僕が大嫌いな変わっちゃった善吉ちゃん』

そのときの表情が、死ぬほど嫌で。


どうにかしてその顔を変えたかった俺は、近くのテーブルに置いていた自分の為に淹れた茶を、
「好き勝手、言ってんじゃ、ねーよッ!」
――ぶっかけた。



『――っ!!』
信じられないとでもいうように目を大きく見開いた球磨川は、唖然とした様子で俺の顔と、俺の手にある湯呑みを交互に見比べている。
『……うそ……信じらんない!』
額や髪の先からぼたぼたと雫と垂らしながら、球磨川はポケットからハンドタオルを取り出して急いで拭っている。その様子がさっきの真剣さに比べて酷く滑稽で、思わず。
「……っ、あは、あははははっ!!!」
『――!?』
「あははははっ!!ばっかじゃねーの!!!ひっでぇ顔!あはは、あはははは!!!」
「しかもお前が!『うそ……』なんて!すっげーおもしれえ!!あははは!!」

突然笑い出した俺についていけないように目をパチクリとさせた球磨川は、顔を赤くして呟いた。

『……善吉ちゃんだって、シャツが緑色で死ぬほどおかしいよ……』
「あははっ!じゃあさ、笑えばいいんじゃねーのか?」
『は?』
「変わるのが怖いなんて、俺は思わねーよ」
「こうやって笑いあえるのがおかしいなんて、思わねえ」
まぁでも、"先輩"と呼ぶようになったのはいきなりだったし、変わりすぎだったのかも知れないと今では思う。それは、反省する。球磨川が戸惑ったのも、分からないではない。

けれど、それとこれとは話が違う。

「取り敢えず、友達から始めようぜ」

『――』
『善吉ちゃん、』

それじゃあまるで告白後だよ、と言って、球磨川はふにゃりと笑った。


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