「じゃあ次はヒロインだね」
安心院なじみはそう言った。

………
……




主人公化だのなんの、夢や幻のような言葉を操る彼女にしては、ひどくわかりやすい言葉。しかし善吉は首を傾げた。

「ヒロイン?」
その一言に、背後の空気が固まる。主に、彼に懸想する二人の少女によって。
「そ!ヒロインだよ善吉くん」

安心院はその空気をものともせずに続けた。
「恋愛ものの鉄板でね、ヒロインにはライバルがいるだろ?確かにめだかちゃんはメインヒロインだ。でも、予定調和的にメインヒロインと主人公がくっつくとしても、それじゃあ話はつまらない。主人公はメインヒロインともう一人のサブヒロインの間で揺れる、葛藤する。そのおかげで得てして、サブヒロインはヒロインより人気が出たりするよね……それくらい恋に悩むキャラってのは面白いのさ。最初からくっついてるヒロインと主人公じゃあ、恋愛ものとしては魅力に欠けるぜ」

「……はぁ」
人吉が訝しげに眉をひそめるのとは対照的に、ファンタジー主体やバトル主体なら話は別なんだけどね、と安心院は笑顔で続けた。
「髪色は落ち着いた色がいい。ピンクや水色も……」
ぴくり、と背後が反応する。

「ないわけじゃあないが、王道ではないぜ」

がっくり。それに人吉は気付かない。
そんなもんか?と首を更に傾げる。
「ということで、ちゃんと見つけておいたんだ」
「は?」
「君の幼なじみ(多分)でツンデレでちょっとヤンデレ要素もある、落ち着いた髪色の可愛い子だよ。人気投票もなかなかよくって、本人もとても喜んでいたね」
誰だ?人吉は顎に手をあて考えこむ。
「幼なじみかどうかは微妙なところなんだよねぇ……一方的に向こうは君を見たみたいだから」

でもまぁ、ないよかマシだよね。

安心院はにっこり笑ってドアをあけた。


「さぁご対面ー!!」
安心院は外に出て何事かそのサブヒロインとやらに囁いたあと、人吉の目の前にその人物を押しやる。

――どんっと目の前に来た少女を、人吉は観察した。

……黒髪に黒目。成る程、よくある設定だ。
可愛い童顔と、困ったような表情。
めだかちゃんとは違う魅力で、確かに嫌いじゃあ……

「……ん?」
「ほら黙ってないで自己紹介!!!」

猿轡という不釣り合いなそれと、見慣れたクセのある黒髪に眉をひそめた。

「『んーっ!!!んーっ!!』」
「なんだって?自己紹介なんか出来るわけないだろって??」
「『!!!んーっ、』」
「取り敢えず外せよだなんて、嫌に決まってるだろう」
「少女」は苦しそうに唸る。
「『んーーっ!!』」
「ったく、仕方ないなぁ」
安心院は笑いながら猿轡に手を伸ばす。
「『っぷはぁ!!あんしんいんさんなにを「ってことで!球磨川くんを拉致ってきましたー!」

「いや、あの」
「元ラスボスで現サブヒロイン!我ながら君の発想に負けないくらいには斬新な案だと誉めたくなるぜ」

安心院は頬をわざとらしく赤く染め、球磨川の髪を引っ張った。
「『いでっ』」
「第三勢力なんて作っちゃってさぁ……ったくさ」
安心院がジト目で球磨川を睨んだのを見て、人吉は安心したように笑った。
「ああ、そういうことか安心院さん!あんたの冗談はわかりにくくて」
「ん?冗談」
きょとん、と安心院は可愛らしく目を丸くしてみせた。
「えっ」
「『えっ』」
「僕は生まれてこの方、冗談も嘘もついたことがないんだ」
安心院はえへっと笑って、素晴らしい案だろと同意を求める。
「いやいやいやいや……俺はだから」
めだかちゃんが好きだし、その前にこいつは……
「『そうだよ安心院さん!!僕はともかく、善吉ちゃんは僕のことなんか当たり前の如く嫌いなんだぜ?』」
球磨川は勝ち誇った表情でそう安心院を睨む。それに対して次に声を発したのは人吉だった。
「は?」
人吉はその発言で隣の球磨川を見る。
「いつ俺がお前のこと嫌いだなんて言ったんだよ」
「『えっ』」
「好きじゃないなんて言えないくらいにはお前のことも大好きだ」
人吉はきょとんとした顔でそう言う。安心院はじとりと笑って球磨川を見た。

「どう?僕らの主人公人吉くんの真骨頂その@、天然タラシの味は」
「えっなんですかその不名誉な真骨頂!!!ん、おい、球磨川?」

ぷるぷると身体を震わせる球磨川を、人吉は不思議そうに見つめて、その頬に手を伸ばし
「ははっ!顔真っ赤」

その様子には思わず人吉隊も身震いする。
「『……この、』」

「『一級フラグ建築士!!!!うわあああ邪魔してやる!』」

勿論、された本人はそんな身震いどころではなくて。顔を真っ赤に染め上げるどころか涙をポロポロ流しながら、自分が入ってきた扉に駆け寄りそのまま走り去ってしまった。

「なんだよ……」
「フェイズA『主人公要素(天然タラシ)の強化』コンプリート!」
安心院はじとりと笑ったまま、
「さてさて、主人公(きみ)らしく罪作りな男になってきたね」
人吉はわけもわからずただクエスチョンマークを頭上に飛ばしている。

「さて次は誰を……」
「「もうさせるか!!」」
人吉隊全員がそう叫んだのを見て、安心院はちっと舌打ちした。


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