喜界島もがなは、悩んでいた。



バレンタインデー当日。
思いを寄せていたある人になんとかチョコを渡した。
義理チョコと思われてもいい、むしろ、その方が好都合とさえ思っていた。
それなのに、自ら義理であることを否定し、更に、告白までした。好きだと伝えた。


しかしこの一ヶ月もの間。
返事は未だにない。




夕焼白日





「……はぁ」
彼女は溜め息を漏らした。
次の日から、生徒会で会っても何の変化もない。いやむしろ避けられている気すらする。周りのみんなは気づいてないけど、それも時間の問題。
現にカンの良い阿久根やめだかは、何か気を遣ってすらいるような気がした。
――今日でちょうど一ヶ月。諦めるには、ちょうど良すぎた。

返事が来るとしたら今日しかない。


「……けれど」

夕焼けが彼女の頬をオレンジに照らす。もう、放課後。生徒会は、不幸なことに今日もない。
あの日もなかった。だからどうしようかずっと悩んで、靴箱に入れておこうと思ったら偶然八合わせたり、行こうと思うと先に向こうに気づかれてしまって緊張してしまった。
だけど、放課後に残ってないかと思って見に行けば、一人で帰る準備をしている彼を見つけたのだ。

「……帰ろう、かな」
あのひとじゃないけれど、なかったことにしよう。
好きだった。憧れていた。優しかった。隣にいてくれて安心できた。
どんな過去もどんな所業もどんな性格かも関係ない。
「……はぁ」
本日二度目のため息。
自分の味方になると柔らかく微笑まれた、ただそれだけが、充分な理由ではないのだろうか。
確かに初対面は最悪で。彼が自分たちにしたことはそう簡単に拭えることじゃないかもしれないし、今でも何考えてるかわからない不気味さはある。
でも、やっぱり優しかった。

弱い私に、弱くてもできる戦い方を、争い方でなく戦い方を――教えてくれた。



「……こんなことなら――」
こつこつと、聞き慣れたローファーの音が廊下から響いた。


「!!」
驚いて顔をあげると、複雑そうな笑顔の彼が、立っていた。











「『……告白しないほうがよかったでしょ?喜界島さん』」
「……禊ちゃん」
彼女は思わずそう呟いて、視線を落とした。手持ちぶさたなのか、机の上の自らのバッグを手で弄ぶ。

「そう、だね。こんなに苦しくなるなら、言わなかったほうがよかったかも知れない」
「『……』」
「だって、後悔したから」

球磨川は、一歩ずつ近づいていた。

「でも、好きだって伝えられてなくても、これくらい苦しかったと思う」

喜界島は、気づかない。

「人間って、難しいね。……どっち選んでも、苦しくなるの」
「『……』」
「……」
「『……喜界島さん、』」
声がすぐ横からしたことに気づいて、喜界島は驚いて顔を上げた。

「!」

「『……僕もね、苦しかったよ』」
「?」
「『貰ったチョコ、食べながらずっと考えてた』」

球磨川は、喜界島とは対照的に上を見上げていた。

「『ただでさえ、君は僕に優しすぎるんだ』」
「……」
「『僕はそんな君が好きだ。愛してると言っても過言じゃないだろう。僕は、優しい人は好きだ。明るい人は好きだ。一緒に幸せになってくれるかもしれない人と結婚したい。――けれど、だから。僕はせめて君には幸せになってほしいと思ってた。誰よりも優しすぎる君には、幸せになってほしいと』」
「――そんなこと、」
「『ない、と君はいうけど、そんなことないことはない。……ね?』」
「……」
「『……で、僕は思った。僕は残念なことに君を幸せにできない。だから、この一ヶ月間、無視をして、君を傷付けて生きてきた』」
「!」
「『でも――それで、さらに思った。彼女はきっと、僕の上辺だけの言葉に騙されて、僕の上辺だけの優しさに騙されてるんだろうと。じゃあ、彼女を傷付けている僕は、彼女が好きだという《優しい僕》なのか?』」

「『喜界島さん――僕は優しくない。現に、こうして君を傷付けている……それは、君が好きな、《球磨川禊》では、ないだろう?』」



ほんのすこしの沈黙が、二人を包んだ。
柔らかな西日が、彼らを温かく照らす。空は、美しいグラデーションを作っていた。
今日はとてもいい天気だったのだ。



「――ううん。私が好きになったのは、その、《球磨川禊》だよ」
きっぱりと、喜界島が言葉を紡いだ。
球磨川は驚いて隣を見たが、すぐに目を細める。
「『慰めは――』」
「ねぇ禊ちゃん」
それを遮るように、彼女は言葉を続けた。
「禊ちゃんも私を無視してたとき、苦しかったんでしょ?嫌だったんでしょ?」
「『……うん』」
いつもより少しだけ苦しそうな表情で、頷いた。
彼女はそれを見て、表情を固くする。

「じゃあ、禊ちゃんは私を優しすぎるというけれど、そんな私を、……好きだというけれど、禊ちゃんに無視させて、苦しませた《私》は、禊ちゃんが好きだという《喜界島もがな》なの?」
「禊ちゃんに嫌な思いをさせて、禊ちゃんにこんなことさせた《私》も、禊ちゃんにとっては《優しすぎる私》だというの?」

「……ちがう、でしょ?」

「そしてそれは、私も、禊ちゃんもだよ。ね?」

喜界島がそう言うと、球磨川は息を呑んだ。

「『ッ……君と僕とじゃ、違うんだよ!何もかも』」
「そんなことないよ!一緒だよ。私、禊ちゃんのこと好きだよ。とっても緊張したけど、伝えられてよかったと、やっぱり思ってる」
「禊ちゃんのまいなすも、例えばぷらすとか、あぶのーまるも、すぺしゃるも、全部――飾りではあっても、本質ではないって、みんなもう知ってるよ!」
「『……』」


「だから、禊ちゃん!私と、付き合ってください!」

そして、――喜界島は球磨川の手を取る。

「さっき言ってくれて、嬉しかった!……さ、流石に結婚はまだ早いと思うけど!!」
でも、考えるから。
そう真っ赤な顔で笑った彼女に、球磨川は言葉を失ったように黙っていた。

「『…………』」


そして逡巡したのちに、口を開く。


「『……喜界島さん』」
「『君には……負けたよ!』」


そう言って彼女に取られていない方の手で彼女自身を引き寄せた球磨川は、こつんとそのまま額を合わせた。

「!?!?ち、ちかっ――!!!」

真っ赤な顔で目を見開いた喜界島は、その奇行について行けず固まっていた。

「『断るつもりだったから、なんにも用意してないんだ。お返し』」

彼女の眼鏡をすっと取り上げて、彼は「した」。彼女の肩と腰に手を添えて。



「『――生涯懸けて大切にするから、許して頂戴』」

ただ甘ったるいお菓子のような言葉も添えて。


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