煮詰めていたこの想いは、冷えることなく固まってゆく。
どうか、受け取って。





甘いかおり、苦い味





喜界島さんの様子がおかしい。

球磨川は朝から複雑な気持ちを抱えていた。原因は喜界島だ。ずっとびくびくしているような雰囲気で、やけに緊張しているような気がする。

例えば今朝。
偶然靴箱の前で見かけたから、ただ彼は単純にその偶然に嬉しくなって
「『おはよー喜界島さん!』」
と、ごく普通に手を挙げ声を掛けた。

きっと普段ならおはようと普通に返してくれるはず。
なのに、今日の彼女ときたら、

「!!お、おはよみみみみそぎちゃん!??!」

――思いっきり動揺して逃げるようにその場から足早に去ったのだ。

取り残された球磨川と彼自身の放った言葉は宙ぶらりんのまま。
「『……』」
球磨川は笑顔のまま凍りついて、上げていた右手を所在無さげに下ろした。

それだけではない。
何故か今日は沢山彼女を見かけるのに、会う度々声を掛ける度々そんな反応で。わざわざマイナス13組付近まで来たというのだから、用があるのかと期待してしまうようになった自分に球磨川は舌打ちしたい気分になった。

なんだか、微妙な気分だった。
彼女に偶然会えるのは嬉しい。だが、こんな態度を取られれば、面白くない。浮き立つ心も、あのときの右手のように所在なくウロウロしている。拒絶されるのは慣れている。だけれど、やっと仲良くなれたかも知れないと、思っていたのに。

(『そう、面白くない。……面白くないんだな』)

彼は自らの落胆に言い訳するようにそう内心で愚痴って、バッグを持った。今日はまた幸運なことに生徒会のない日で、特に居残る理由もない。

(『なんかしたかなぁ……』)

考えても理由は出ない。というか、逆に好かれる要因も見当たらない事実にげんなりした。逆に理由はないのかも、と彼が普通にネガティブな思考に支配された――その時。

「み、み、みそぎちゃん…!!!!」
がらり、と教室の引き戸が開く音が球磨川の鼓膜を震えさせた。

「『――喜界島さん』」
先程まで考えていた人物の登場に驚きを隠しきれない、という風に目を瞠る球磨川。そんな彼を確認し、普段より顔を朱に染め上げて固まる喜界島。

「……!」
「『!……』」

これを例えば人吉や阿久根、めだかが見ていれば何やってんだと言うだろう。
そんな滑稽な沈黙を破ったのは、球磨川だった。
「『――わざわざ、どうしたの、喜界島さん』」

一音一音噛み締めるような球磨川のそれを聞いて、はっと石化から解かれた喜界島は、後ろ手にしていた手を前につきだした。

「あああああの、あの、いつもお世話に、なってるから……受け取ってくれると、うれしい――」
差し出されたそれは、綺麗な赤い袋に入った、ラッピングも丁寧な可愛らしい箱。
真意を取りかねて球磨川が首をひねったのを見て、喜界島は追撃した。
「今日、その……ばれんたいん……だから」


――バレンタインデー。
今では義理の要素が強いが依然ピンク色なその行事も、球磨川は全くの無縁に過ごしてきたのは想像に難くない。目を丸くしてしばらく素直に球磨川は驚いてみせた。
「『……忘れてた。そういえば、そんなものもあるんだね』」
「忘れてたの!?!?」
次に驚いたのは喜界島だった。
「『だって、関係ないと思ってたから……』」
と口を尖らせた球磨川に、喜界島は顔は赤らめながらもくすりと笑う。

「『それで……僕、に?』」
ぶんぶんと首を縦に振る喜界島は、更に続けた。

「あ、あのね!!あんまりそういうの作ったことなかったし、材料とか黒神さんから貰ったりしたから素材はいいと思うんだけどあんまりなんだか上手くいったかわからないし、口に合わなかったら、――」
「『――そんなことないから、安心して』」

球磨川は喜界島の言葉を遮るようにその袋を受け取った。
「『……手作りなんだね』」
「……おいしいか、保証できないけど……」
「『おいしくなくたっておいしいから大丈夫。……嬉しいなぁ……』」
球磨川は先程が嘘のように満面の笑顔で、ぎゅうとそれを抱き締める。
喜界島はその様子を恥ずかしそうに困ったように笑った。
「『義理チョコすら初めてもらうからね』」
球磨川は『自慢にもならないけど、』と茶化すように言って、大事そうにバッグにそれをしまった。
喜界島はそれを聞いて、ほんのすこし――恐らく一秒にすら満たない刹那――躊躇して、決意した。


「――義理じゃ、ない」
「『え?』」
球磨川は思わずまた喜界島を見つめなおした。
唇を噛み締めて、酷く緊張に満ちた表情で、それでも――球磨川をまっすぐ見据えている。
「……禊ちゃんが誰にでも優しいっていうのは、知ってる」
「『……え?』」
「でも、私は…………」

彼女は、告げた。

「――好き、なの」
「『……!!!』」
「…………っ、ごめん!!さよなら!!」

朝と変わらず、逃げるようにその場を立ち去る喜界島。
残された球磨川は呆然として立ちすくんでいた。

「『…………え、ええええ』」
夢かと疑っても、確かにバッグにはその証拠のような綺麗な箱が収まっている。
「『…………どうしよう…………』」
勿論初めての経験に、思わず膝を抱えてうずくまった。
明日からどう話せばいいのか。どう接すればいいのか。
――知らない知らない、分からない。
苦しくなるようなこんな気持ちも、甘ったるいこんな気持ちも、『僕は知らない』と球磨川は目を閉じる。甘い匂いを漂わせるくせに仄かに苦い味が、口の中に広がった。まだ、その封すら開けていないのに。







確かに恋だった 様からタイトルお借りしました。
おそらくホワイトデーに続きます。



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